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人知れず、夜泣き。  作者: 中め
3/8

溢れる。



 「お金持ちのお坊ちゃまの食べる唐揚げって……何味?」


 仕事帰り、スーパーにて鶏肉を物色。


 と言うか、どうせ揉み込めば柔らかくなるしと思って、いつも通り安物の鶏肉をカゴに入れてしまっているけど、お高いヤツに換えた方がいいの?


 ……換えよう。下手に安物を食わせて、『腹壊した』とか言われても嫌だし。

 

 お坊ちゃまだから、安物のお肉に免疫がないに決まってる。


 私もそうだし。まぁ、私の場合は逆で、高級肉を食べると胃がビックリしてしまうんだけど。


 あーあ、橘さんのせいで余計な出費だよ。


 でも、嬉しかったんだよなー。橘さんが私のお弁当を、『美味しい』って食べてくれたこと。


 それに、思った程嫌な人じゃなかったし。


 だからって何を浮かれて『了解です』とか言っちゃうかなー、私。


 振られたショックで、頭がおかしくなったのかも。



 ……そうだ。鶏肉選びより、他にしなきゃいけない事が私にはある。



 買い物を済ませてアパートに帰る。


 いつまでも逃げていたって仕方がない。


 ちゃんと話して、しっかり振られよう。


「ただいま」


 玄関で靴を脱ぎ、部屋に入ると、悟がソファーで寛ぎながらゲームをしていた。


 今日はあのコと会わなかったのだろうか。


「おかえり」


 悟はゲームに釘付けで、私の顔を見てもくれない。


 仕方がない。悟はもう、私になど興味がない。


 その事実が悲しくて、やっぱり涙が押し寄せる。


「……すぐご飯作るね」


 涙を見せぬ様、キッチンへ逃げる。


 料理をしながら気持ちを落ち着けよう。


 泣いたってきっと、悟の気持ちは戻ってこない。


 浮気をされたカッコ悪い女。だけど、最後くらいカッコ良く終わりたい。泣くもんか。


 今日は悟の好きなロールキャベツにしよう。


 あ、ついでに明日の唐揚げの下準備もしなきゃな。


 悟に喜んでもらえるように。橘さんにまた『美味しい』って言ってもらえるように。


 集中して料理をしよう。


 振られるのは、晩ご飯を食べてからにしよう。


 せっせと料理を作り、出来たものから悟のいる部屋のテーブルに運ぶ。


 上手に出来たのに、美味しそうな匂いもしているのに、悟はテーブルに並ぶ料理に見向きもしないでゲームに夢中だ。


 ……うん。いつものことだ。


 私や私の作った料理に無関心なのは、今に始まったことじゃない。


 いちいちガッカリするな、自分。泣きそうになるなよ、私。


 作った料理を全て運び終え、私もいつもの場所に座った。


「悟、ご飯出来たから食べようよ」


 悟の肩を軽く揺すると、


「今、いいとこだから先に食ってて」


 悟にその手を払われてしまった。


 いつものこと、いつものこと。自分に言い聞かせ、悟のゲームの終了を待つ。


 まだ泣くな。泣くのは1人になってから。




 暫くすると、悟がコントローラーを床に置き、代わりに箸を持った。


「先に食ってろって言ったのに」


『いただきます』も言わずにロールキャベツを口に入れる悟。


 ……ちょっと冷めちゃったかな?


「……おいしい?」


「うん」


 かろうじて無視はせず、返事だけはしてくれる悟。


 橘さんだったら、もっと喜んでくれたかな。


『美味しい』って言ってくれたかな。


 2人、ただテレビを見ながら黙々と食べる。



 晩ご飯を済ませ、食器を洗い終わると、悟の近くに腰を掛ける。


 あの話を、しよう。



「悟……他に好きな人、いるよね?」


 冷静に、冷静に。 


 だって、今の私は怒っても悲しんでも涙が出る。


「は? 何言ってんの?」


 悟が顔を顰めた。


 私には、驚いていると言うよりは、ただただ面倒臭そうに見える。

 

 だったら、白を切る必要なんてないのに。


 悟の嘘は、無駄でしかない。


「昨日、悟と可愛い女のコがデートしてるの……見た」


「人違いじゃね?」


 この話を続けるのがうっとうしいのか、私から責められるのが嫌なのか、悟は認めようとしない。


「私は、悟と誰かを間違えることなんて、ないよ」


「……」


  少しの沈黙の後、『ふぅ』と悟が1つ、溜息を吐いた。そして、


「桜はどうしたいの?」


 悟が、私たちの関係の終わりを、私に委ねた。


 ズルイよ、悟。


 別れたくないに決まってるじゃん。


 だって、好きだったもん。一方的に私だけが考えていたことだけど、結婚だって悟とするんだって思ってたもん。


 でも、もう無理じゃん。


 私だけが好きでいてもしょうがないじゃん。


 わに言わせるなんて……悟は悪魔だ。



「……別れよう」


「……うん」


 私たちの3年は、こんなにもあっさりと、終わった。



 別れたって往く場所なんかない。


 次の住処が見つかるまでは、このアパートに住まなければならない。


 でも、今は一刻も早くここから出たい。


「……コンビニに行って来る」


 財布だけ持って部屋を飛び出した。


 早く1人になりたい。1人になって泣きたい。


 ちゃんと終わらせた。


 泣かなかった私は、カッコ良かったのだろうか。


 コンビニで強めのお酒を買って、近くの街灯の下で飲む。


 そして、泣いた。




 ひとしきり泣くと、アパートの部屋の電気が消えている事を確認して帰宅。


 お風呂に入って、髪を乾かして。


 あとは寝るだけ。


 でも、悟と一緒のベッドでは寝ない。


 元々レスだった。


 悟の隣で寝た所で、何も起こらない。


 でも、嫌だった。


 悟は、あのベッドであの女のコと寝たかもしれない。


 どうにもならない悲しみが、また涙となって形になる。


 1人、リビングのソファーに転がり、飽きもせず泣く。




 翌朝、お弁当を作るべく早めに起きる。


 ……普段通り悟の分も作ろうか。


 別れてしまったけれど、引っ越すまではいつも通りに過ごすのが自然なのかもしれない。


 お互いに嫌いになって、いがみ合って別れたわけじゃない。


 ただ、悟に好きな人が出来ただけ。ただ、それだけ。



「よし‼ 作るぞ‼」


 朝から沈む気持ちを奮い立たせて、いざ調理開始。


 ……しかし、お金持ちに食べさせる為に作るお弁当は、いちいちいちいち気を遣う。


 いつもならピーマンで作る肉詰めも、パプリカにしてみたり。


 アルミのカップに入れるポテサラを、トマトの器にしてみたり。


 正直、もうこれっきりにして頂きたい。はっきり言って、めんどくさい。



『弁当、ちっさ』


 ふいに橘さんの言葉が脳裏に蘇った。


 あぁぁぁああ‼ しまった‼ おっきいお弁当箱、買うの忘れた‼


 ……悟のヤツを拝借する?


 イヤイヤイヤイヤ。さっき、悟の分も作るって決めたじゃん。


 うーん。そうすると、最早タッパーしかありませんけど……。


 ……うん。仕方がない。


 こんなにオシャレ感を重視して作ったというのに、結局タッパーになるなんて……。



「……おはよ」


 あくせくお弁当を詰めていると、悟が起きてきた。


 昨日別れ話をしたというのに、悟は至って普通だった。


 気まずいのも、悲しいのも、未練があるのも、私だけ。


「…【おはよ。お弁当、カバンに入れとくね」


 悟のカバンにお弁当を入れる。


 毎朝の変わらない習慣。


「朝ご飯も出来てるよ」


 お弁当作りと同時進行で作った朝ご飯を、当たり前の様にテーブルに並べる。


 あと何回かで終わってしまう日常。


 ずっと続いて行くものだと思っていた日常。



「……弁当、作ってくれたんだ。朝メシも」


 いつもの場所に座った悟が、私の作った朝ご飯をぼんやり眺めた。


「うん。引っ越すまでは、いつも通りでいたいなと思って。なるべく早く部屋を見つけて出て行くので、それまでの間、宜しくお願いします」


 無理矢理笑顔を作って頭を下げると、悟は『うん』とだけ言ってお味噌汁を啜った。


 ……それだけか。他に言うこと、ないんだろうな。


 悟にとって、やっぱり私はただの同居人にすぎなかったんだ。


 私がいなくなることに、淋しさも悲しさもないのだろう。


 私はなんて憐れなのだろう。


 早く新しい部屋を見つけよう。


 仕事に行く悟を見送って、出勤時間まで携帯で物件情報を検索する。


 早く引っ越したい。ここにいるのが辛くて仕方がない。


 出勤途中、電車を待つわずかな時間も携帯をガン見。


 お昼休み、屋上で橘さんを待つ間も携帯を凝視。


 ------していたら、後ろに橘さんがいることに暫く全く気が付かなかった。


「木内さん、引っ越すんだ?」


 私の背後から携帯を覗き込む橘さん。


「あ‼ ……昨日、正式に別れまして……早急に引っ越さなきゃいけないので。あの、おっきいお弁当箱が無かったのでタッパーで申し訳ないんですが……どうぞ」


 橘さんにお弁当を渡し、携帯チェック再開。


「彼氏の浮気でしょ? 出てくのは彼氏の方でしょ、普通。つーか、唐揚げ超絶美味いんですけど」


 そんな私の隣で、今日も橘くんが美味しそうにお弁当を食べてくれる。


 やっぱり、『美味しい』って言われると嬉しい。


「そうだけど、あの部屋には思い出が多すぎて……あそこで暮らし続けるのは辛い」


 出来ることなら早く忘れたい。辛くて辛くて仕方がない。


「そっか。良い部屋、見つかるといいね」


「うん」


 イヤ、最早多少のことは目を瞑る。一刻も早く引っ越したい。


「あ、これ。お弁当代」

 

 携帯に夢中の私に、橘さんが1000円札を手渡して来た。


「このお弁当、1000円もしません」


「手間賃と感謝込み込みの1000円。黙って受け取って」


 受け取ろうとしない私に、橘さんが強引に1000円札を握らせた。


 ……感謝込み。


 悟は私が料理を作っても、『美味しい』とも『ありがとう』とも言わなかったのに。


 面倒臭かったけど、橘さんの為にお弁当作って良かった。


「……でもさぁ」


 橘さんが不満そうな声を出した。


 でもさぁ? 何? 私、今いい感じにほっこりしてますけど⁉


「今日のもめっさ美味かったんだけど、俺は昨日みたいな弁当が良いんだよね。木内さんさぁ、今日ちょっと無理矢理オシャレに作ったっしょ?」


 今日の私の努力を見透かした橘さんが、苦笑いを浮かべた。


 バレてたかー‼ 恥ずかし‼


「だって、次期社長のお弁当ですよ⁉ 私と育ちの違うお金持ちさんが食べるお弁当ですよ⁉ そりゃあ、気だって遣いますよ」


「そういう気遣い、まじいらない」


 そして、私の言い分をバッサリ否定する橘さん。


 ショックだ。めっさ頑張って作ったのに。


「で、次はいつお弁当作ってくれる? 俺らのシフトが被る日、いつだろ?」


 橘さんが携帯でスケジュールを確認し出した。


 なんだかんだ橘さんは、私の努力はどうでも良いが、私の作るお弁当は好きでいてくれている様だ。


「別にシフトが被ってなくても、私がお休みの日じゃなければ作ってきますよ。あんなお弁当で良いって言うなら」


 普通のお弁当でいいなら、いくらでも作りますよ。


「イヤ、一緒に休憩入れる日じゃないと感想言えないじゃん」


 橘さんはそう言うが、『一味足りない』とか『これを加えた方が美味しくなる』とか言うわけでもないくせに。


 橘さんが言いたいのは感想じゃない。


「感想じゃなくてダメ出しを言いたいんですよね?」


「卑屈‼ 木内さん、彼氏に振られて卑屈になっちゃってるよ‼」


 橘さんに、出来たばかりの傷口を明るく抉られた。

 

 でもまぁ、しんみりされるよりいいか。


 なんか、誤解してたかも。橘さん、話し易い。


「ねぇ、木内さん。連絡先交換しようよ」


 橘さんが『木内さんも携帯出して』と促す。


 2人で連絡先を教え合う。


 私のアドレスに、橘さんが加わった。


「たまにだったら、愚痴聞くから遠慮なくかけて」


 橘さんがそう言いながら、携帯をスーツのポケットにしまった。


「『遠慮なく』のわりには『たまに』なんですね」


 橘さんの言葉が、なんかちょっと引っかかって、ツッコむと、


「さすがに毎日愚痴聞かされるのは無理。木内さん、昨日も泣いたっしょ? 今日も目、腫れてるし。そんなになるまで泣かないとやりきれない時とかは、聞いてあげる」


 暗に『限界な時だけ付き合ってあげる』的な言い方で返された。


「聞いてあげる……上からですね」


「後々上司になるからね、俺」


 確かにそうだが、『後々』とは言うものの、既に私を先輩扱いしていない様に思える橘さん。


「でも、今は私と同じ平社員じゃないですか。そして、私の方が先輩です」


 ちょっと胸を張ってはみたが、先輩と言っても、ただ年上で橘さんより先に入社したってだけで、橘さんより何かが優れているわけではないのだけれど。

 

「じゃあ、なんで俺に『さん』付けなの? なんで敬語で話すの? 木内さん、先輩なんでしょ? 俺の同期の男のことはみんな『くん』付けなのに、なんで全員俺だけ『さん』付けで呼ぶわけ?」


 橘さんが、少し苛立った様な、でもどこか悲しそうな表情で私に詰め寄ってきた。

 

「後々上司になる人だからですよ。ずっと『くん』で呼んでいた人を、上司になった途端に『さん』に変えるのって結構難しいじゃないですか。だからみんな、橘さんのことは最初から『さん』付けなんですよ」


 私の返答に、橘さんがますます顔を顰めた。


 が、橘さんが何かを思いつたかの様に、少し口角を上げた。


 確実に何かを企んでいる顔だ。


「社長命令って絶対だよね? じゃあ、次期社長命令だって絶対なはずだよね?」


「社長命令って、絶対ってわけじゃなくないですか? 横暴が過ぎると会議で辞任に追いやられることだってあるじゃないですか」


 橘さんの言う事に首を傾げながら反論すると、


「俺を辞任に追いやろうとする奴なんて、そうなる前にクビを切る」


 橘さんが『斬首‼』と言いながら、刀を振り下ろす真似をした。


 ……コワイ。何で突然恐ろしいことを言い出してるの? この人。キレやすいの? と思ったら、


「木内さん、これから敬語禁止。あと、俺のことは『くん』付けで呼んで。俺が社長になっても呼び方は変えちゃダメ。次期社長命令です」


 橘さんが少年みたいに『ニカッ』と笑った。


 かわいい顔で笑うもんだ。……ていうか、


「今更無理ですよ」


 もう『橘さん』で慣れちゃってるし。


「木内さん、クビ切られたいの?」


 橘さんが、今度は『断頭‼』と言いながら、刀を横から振り切る仕草をした。


 かわいい顔で笑う橘さんは、若干ワガママお坊ちゃまだ。


「ワンマン社長め」


 不満たっぷりな視線を橘さんに送ると、


「何とでも」


 橘さんが楽しそうに笑った。


 その笑顔につられて、こちらも笑ってしまう。


 何だかんだ、橘さんといると辛い気持ちが和らぐ。


「あ、時間だ‼」


 ふと腕時計を見ると、あと5分で休憩が終わる時間だった。


「先に戻るね」


 空のタッパーを小脇に抱え、屋上を出ようとした時、


「次はえびフライが食べたいでーす」


 橘さんが手を振りながら、次回のお弁当のリクエストをした。


 ……また朝から面倒なものを作らせようとしやがって。


 でも、橘さんなら喜んで食べてくれるだろう。


「うん‼ 分かった‼」


 何を調子良く返事してんだ、私。


「やった♪」


 だって、橘さんがこんなにも嬉しそうにしてくれるから。


 だから、橘さんに食べて欲しいと思ったんだ。




 ------翌日は休日だった為、昨日ネットで内見予約した物件を見に行くことにした。


 朝から3件巡る。


 その内の1件が、お手頃な家賃で、駅まで徒歩10分、職場まで電車で30分のなかなかの好物件だった。


 近くにスーパーもあるし、築浅だし。


 一刻も早く引っ越したい私は、その物件に即決定。


 よし‼ 部屋は決まった。次は家電だ。


 電気屋さんに行こうとした時、ポケットの中で携帯が震えた。


 携帯を取り出し、画面をタップする。


〔木内さん、今日お休みだったんだね。おかげで今日の昼メシはコンビニ弁当でした。木内さんはお昼、何食べたの?〕


 橘くんからのLINEメッセージだった。


 何だこの、『お前のせいでコンビニ弁当食うハメになりました』的な文章は。


 コンビニ弁当、美味しいじゃん。安いし。


 てか私、お昼まだ食べてないし。


 内見予約を詰め込みすぎて、お昼ご飯食べる時間なかったし。


〔内見ばっかりしてて、お昼まだ食べてない〕


 立ち止まり、返事を送る。


〔そっか。いいとこあった?〕


 橘くんからすぐに返信が来た。


 今日はお店、暇なのだろうか。橘くん、LINEなんかしてていいの? 次期社長だから大丈夫なの?


〔おかげさまで。即入居OKらしいので、次のお休みに引っ越す予定。今から電気屋さんに行って来ます〕


 とりあえず、返信すると、


〔次の休み、被ってるから引越し手伝ってあげる〕


 速攻で返事を返してくる橘くん。仕事しなさいよ。


 そして、またしても上からの『手伝ってあげる』。


〔荷物少ないから1人で大丈夫〕


 上から目線がイラっときたわけではなく、本当に手伝ってもらうほどではない為、お断りの返信をする。


 だって、悟と暮らした部屋から持ち出すのは衣類だけだ。


 後は持って行かない。


 思い出は、極力持ち出さない。


 すると、今度は長めに携帯が震えた。


 ん? 着信?


 画面に映る【橘くん】の文字。


 何故掛けてきた、橘くん‼ 仕事中でしょうが‼


「もしも……」


『手伝ってあげるって言ってんじゃん』


 出た瞬間に遮られた。


 何なんだ、この押し付けがましい電話は。


「イヤ、だから1人で出来るからだいじょ……」


『手伝ってあげるって言ってんじゃん』


 橘くんは、私の話を聞く気がないらしい。


 ていうか、何? この人、日本語それしか話せないの?


『手伝ってあげるって言ってんじゃん。手伝ってあげるって言ってんじゃん』


 そして橘くんの謎の連呼。


 ……めんどくさい。


「橘くん、今仕事中だよね?」


『手伝ってあげるって言ってんじゃん。腹痛いって言って便所にいるに決まってんじゃん。手伝ってあげるって言ってんじゃん。木内さんのせいでウンコしまくってるって思われんじゃん。手伝ってあげるって言ってんじゃん』


 橘くんが、昔の壊れた機械の様に同じ言葉を繰り返す。


 ……てか、オイ。


「うっとうしいな‼ 何でそんなに手伝いたいの⁉」


『手伝ったご褒美にあったかいご飯を作って欲しいからに決まってんじゃん。手伝ってあげるって言ってんじゃん』


 橘くんは、こうして女心を掴んできたのだろう。


 可愛くて、人を喜ばせる様な言葉を急に挟んでくるから、


「……手伝ってくださいな 」


 橘くんに、冷めたお弁当じゃなくて、あったかいままの料理を食べて欲しいと思ってしまうではないか。


『うん。手伝ってあげる』


 橘くんが、満足した様に連呼をやめた。

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