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人知れず、夜泣き。  作者: 中め
2/8

潤む。


「あっのクソ女‼」


 木内にタクシーで一緒に帰るのを拒否られた。


 人が親切に『送ってやる』って言ってんのになんなんだよ。訳わかんねぇ。


 そんなに俺と帰りたくねぇのかよ。どいつもこいつも、俺を腫れ物扱いしやがって。


 アイツ、ちゃんと彼氏を呼んだんだよな?


 貧乏臭い女だから、タクシー代ケチって歩いてたりしないよな。


 何かあったら完全に俺の責任じゃん。


 あぁー‼ 腹立つ‼ めんどくせー‼


「ワンメーターでスイマセン。あの角で降ろして下さい」


 歩いて帰ってたりしたら、今度こそタクシーにぶち込んでやる。


 タクシーを降り、店へと引き返す。


「あの女、あっちに向かってったよな?」


 木内が走って行った方向に足を進める。


 暫く辺りを探していると、コンビ二から出てくる木内が見えた。


 袋から買ったばかりのチューハイを出すと、勢い良く飲み出す木内。


 そして、それを持ったまま歩き出した。


 おっさんか、あの女。


「木う……」


 呼び止めようとした時、突然木内が立ち止まった。


「ぐすっ」と鼻を啜る音がした。


「ひっく、ひっく」と木内の肩が上下に動いている。


 木内が泣いていた。


 声を掛けることが出来なかった。


 きっと彼女は、1人になって泣きたかったのだと思うから。


 彼女に、何があったのだろう。


 チューハイを飲み、泣きながら歩く木内の後ろを、木内に見つからない様に追う。


 だって、さすがに心配。


 夜道を一人で歩いてるってだけで心配なのに、アイツは酒飲んでるし泣いている。


 変なヤツに捕まれば、簡単にヤられるし、殺られる。



 

 ……にしても、遠すぎだろ。


 歩きすぎだろ。かれこれ2時間は歩いている。


 あの女の家、どこなんだよ。


 若干尾行したことを後悔していると、木内の足が止まった。


 アパートの電気の点いている部屋を見上げる木内。


 多分、あそこが木内の部屋。


 でも、彼女は入ろうとしなくて。


 近くの街灯の下に座っては、また泣いた。



 部屋の電気が消えたのが5:00過ぎ。


 夜が明けようとしていた。


 -----まじ、ふざけんなよ。


 なんで俺がこんな目に……って、俺が勝手にしてる訳だけど、『俺がちゃんと送らなかったばっかりに、大変なことになりました』みたいなことになっても迷惑だし。


 あのクソ女。まじで超絶うぜぇ。


 結局木内が部屋に入って行ったのは、それから30分経ってからだった。


 さっさと入れよ、何やってんだよ。


 ……彼氏と何かあったな、あの女。


 ------あぁ‼ 俺今日、早番じゃん‼


 寝る時間ねぇじゃん‼ つーか、即刻帰らねぇと風呂に入る時間もない。


 クソ‼ あの女、まじ厄介。超嫌い。


 もう関わりたくねぇわ。




 ------家に帰り、なんとか風呂には入って出勤。


 死ぬほど眠い。それもこれも全部木内のせいだ。


『瞼の目ん玉の絵でも書いて寝てやろうかな』というアホな考えが過ぎる程の眠気と戦っていると、 


「おはようございまーす」


 木内が出勤して来た。木内も早番だったのか…。


「おは……どうしたの? 目、腫れてるよ?」


 木内と仲良しの妊婦、野沢さんが木内に近づき、木内の顔を見て驚いていた。


 まぁ、あんだけ泣けば腫れるのは当然だろう。


「昨日映画見て……イヤ。悟と別れようかと……」


 木内は一瞬嘘を吐こうとしたが、バレバレにも程があると自分で気付いたのだろう。本当のことを口にした。


「……なんで?」


「他に、好きな人がいるみたいだから」


 痛々しく「まぁ、仕方ないよね」と笑う木内に、野沢さんもまた苦笑いを返した。


 木内のことは可哀想だなとは思うけど、昨日の仕打ちを思い出すと、同情しようとも思えない。


 どうでもいいけど、眠すぎるわい‼



 朝礼を終え、開店時間を迎えた。


 今日も客入りは上々。


 忙しければ眠気も飛ぶかと思ったが、全然眠い。


 立ちながら眠れる。勝手に瞼が落ちてくる。気合で瞼を持ち上げようとすると、白目を剥いてしまう。


「えらっしゃいましー」


 そして呂律も回らない。


 そろそろ店長に注意されそうなレベルだ。


「……あの、昨日あんまり寝られなかったんですか?」


 そんな俺の様子が目に入ったのか、木内が近くに寄って来た。


 俺の天敵・木内の持ち場は俺と同じアクセ部門。


 もう、この女とは関わりたくないのによー。


 つーか俺が今、瀕死状態で眠いのは、全部お前のせいだし。


「……まぁ」


『どっか行け』とばかりに適当な返事を返す。


「実は私も昨日はあまり寝てなくて……多めに買ってきたのでおすそ分けです」


 木内がそう言いながら、ジュエリーケースの下でエナジードリンクを手渡してきた。


「1本でダメならもう1本あるので言って下さい。トイレに行くフリでもして飲んできて下さい」


 そう言うと木内は、そそくさと俺から離れて行った。


 木内の事は嫌いだが、今は木内がくれたこれに頼るしかない。


 有難く頂きにトイレに向かう。


「くーッ‼」


 エナジードリンクを飲み干して気合を入れ直す。



『お金のことはキッチリしなさいと親に言われて育てられたもので』。


 ふと木内の言葉が頭を過ぎった。


 え? これの分もキッチリ返すべきなの?


 とりあえず、目は覚めた。


 持ち場に戻って仕事再開。


 斜め前では、木内が指輪を見に来たカップルを接客していた。


 今のアイツには辛いだろうなー。


 お客様の方も、目の周りを腫らせた木内に若干引いちゃってるし。


 ……代わってやろうかな。


 接客を交代すべく木内に近付くと、


「すみません。私の目、気になりますよね。アレルギーなんです。移らないので大丈夫です」


 お客様の視線に気付いた木内が、開店前に考えただろう言い訳を笑いながら話していた。


 俺の心配は無用だったらしい。


「そうですか。早く治ると良いですね」


 お客様も木内に笑顔を返す。


「お気遣い有難う御座います。私の目なんてどうでも良いんですよ。そんなことより、お客様のお気に召す指輪を探しましょう。気になるものが御座いましたら、ケースからお出し致しますので遠慮なく申し付けて下さい」


 お客様の優しい一言に、木内が表情を明るくさせた。


 調子付いた木内は、カップルに指輪をご購入頂く事に成功。



 遅番チームが出勤して来て、手の空いた早番のヤツらが順番に昼休憩に入る。


 俺は木内に5分遅れて休憩に入った。


 ……エナジードリンク代、返すか。


 休憩室に行ってみるも、木内は居なかった。


 めんどくせぇな。どこ行ったよ、アイツ。屋上か?


 エレベーターで最上階まで行き、階段を上って屋上へ。


 屋上のドアを開けると、木内がベンチに座り、1人で弁当を食っていた。


「木内さん」


 名前を呼ぶと、木内が箸を止めて俺の方を見た。


「橘さん? どうしたんですか?」


「エナジードリンク代、返しにきた」


 財布から1000円札を引き抜き、木内に渡す。


「あ、お釣り……細かいの、あったかな?」


 木内は俺の1000円を受け取らず、弁当箱をベンチに置くと、自分の財布を取り出し、小銭を確認し始めた。


 どこまでもケチくさい女。


「お釣りとかいらねぇから。じゃあ」


 風で飛ばないように、弁当箱の下に1000円札を挟み込み、その場を去ろうとすると、


「あれ、1000円もしないです」


 貧乏女が俺を呼び止めた。


 -----しつこい。


「昨日、結局木内さんお茶しか飲んでないですよね? あのお茶、1000円もしないんで」


「あ……そっか。わざわざありがとうございました」


 やっと受け取る気になった木内が、弁当箱の下に挟まっている1000円を財布にしまった。


 ……にしても、木内の弁当、美味そう。


 -----ぐうぅぅう。


 まだ昼メシ食ってないし、なんなら朝メシも食う時間なかったしで、空腹のあまり物凄くデカイ音で腹が鳴ってしまった。


「……」


 そんな俺に、木内の大人な対処。無言で聞こえないフリをしている。


「つーか、『良かったらどうぞ』とか言っておかず一口くれたりしません?」


 何、自分の弁当死守しようとしてんだ、木内。可愛げねぇな、差し出せよ、その弁当。


「……イヤ。どうせ自分しか食べないお弁当だから、かなり適当なんですよ。人様に食べさせられる様な代物じゃないないんですよ」


 急に恥ずかしがって、弁当を蓋で隠そうとする木内。


 なんだコイツ。可愛いとこあんじゃん。


 つーか、隠さなくても上手に出来てんじゃん。


「その卵焼きちょうだい」


 蓋の隙間から見える、ウインナーの隣に並んでいた卵焼きを指差す。


 木内の卵焼きは、焦げ目のないタイプの綺麗な黄色をしていた。


「私の卵焼き、甘くないですよ?」


「ふーん。木内家は塩味なんだ?」


「塩も入れてないです。白だしとマヨネーズです」


「マヨネーズ?」


 何それ。ますます食いたい。


「マヨネーズを入れるとふわっとするんで……あ」


 木内がごちゃごちゃうるさいので、勝手に食ってやった。

 

「うま‼」


 やばい。美味い。 


 木内、料理得意なのかな。


 あぁ‼ アルミのカップに収まっている、ほうれん草のバター炒めも食いたい。


 木内の弁当を凝視していると、


「お口に合いそうなものだけ食べてください。あ、でも箸がない……」


 木内は俺に弁当を差し出すと、「洗ってきます」とさっきまで自分が使っていた箸を持って屋上を下りようとした。


 そんな木内の腕を掴んで、箸を奪う。


「俺、『間接キッスー』とか言って大騒ぎする様な歳じゃないんで」


 早く食わせろ、ばかやろう。俺の腹が大合唱だっつーの。


 早速狙ったバター炒めを口に放り込む。


 美味いなー。ほうれん草も美味いし、横にあった胡麻和えも美味い。てゆーか……。


「弁当ちっさ」


 全然足りねぇし。


「あとはグミしか持ってません」


 木内は、俺の膝の上に乗っていた空の弁当を手に取ると、代わりのグミのパックを俺の膝に乗せた。


「つーか、ゴメン。これまで食っちゃったら、木内さんが食べるものがなくなっちゃうじゃん」


「別にいいですよ。今日はそんなに食欲もなかったし。橘さんが美味しそうに食べてくれて、嬉しかった」


 木内が、少し悲しそうに笑った。


 -----彼氏が原因だろうな。


 木内の弁当食っちゃったし、愚痴の相手くらいしてやろうかな。


「彼氏と上手くいってないんだ? ごめん。朝、野沢さんとの会話、聞こえた」


「……そっか」


 そう言ったきり、俯いて何も話そうとしない木内。


 気まず。何か喋れよ、木内ー。やっぱコイツ、苦手。


「木内さんは、いつも屋上で休憩してるんですか?」


 とりあえず、話題を変えてみる。


「……イヤ。ウチの会社って、噂回るの早いじゃないですか。

今日私、酷い顔で出勤しちゃったし、噂になってると思うんですよ。休憩室だと聞こえてきちゃうじゃないですか。『あの歳で捨てられちゃったんだ、可哀想ー』とか。小声の悪口って、なんであんなに通るんでしょうね」


 木内が「ははは」と完全なる空笑いをして見せた。


 ひとが折角話題を変えてやったというのに……。


 でも、木内の言ったことには共感した。だって、


「俺も、休憩室嫌い。陰で『コネ入社』って散々言われて。未だに言ってる奴もいるし。飽きないのかねー」


 昨日今日居心地悪くなった木内とは、訳が違う。


「……知ってたんですか」


「そりゃね」


 この会社に、俺の味方はいない。


「あの、前から不思議だったんですけど、なんで橘さんは販売員をしているんですか? 次期社長でしょ? 社長の元で社長業務の補佐とかしなくていいんですか?」


 微妙な空気を断ち切るように、今度は木内が話を変えた。

 

 確かに木内の言う通り、俺は販売員をする必要がない。なのにやるのは、


「『コネ入社で宝飾の1つも売ったことないくせに』とか言われたくねぇから。成績を上げて、陰口叩いてる奴らを黙らせたいんだよね」


 ただの意地。


「だからか。棚卸しをラストまで引き受けたのも、みんなに陰口叩かせない様にか……。でも、良かった」


 木内が何故かニッコリ笑った。


 良かったって何が? いちいちいちいちわけの分からん女だな、木内。だから振られるんだよ。


 眉間に皺を寄せる俺に、木内が嬉しそうに口を開いた。


「橘さんが、次期社長で良かった。私より年下だけど、尊敬出来ます」


 木内の言葉が、素直に嬉しかった。初めて認めてもらえた様な気がした。


 なんとなくほっこりしていた俺に、


「橘さん、今月の売り上げトップですよね。どんなセールストークをしているんですか?」


 木内が、「新入社員なのにスゴイです‼ パクらせて下さい‼」と、興味津々に仕事の仕方を聞いてきた。


 申し訳ないが、木内に伝授する技などない。と言うのも、


「セールストーク……してないよね」


 新入社員だからこそ、そんな上等スキルは持っていない。


「……は?」


 今度は木内の方が、『何を訳の分からないことを言ってるんだ、コイツ』的な目をしている。


 だって、まじでそんな高度なトークしてないし。


「連れにさ、『お前は黙ってニコニコしていれば、女の客がそこそこ買ってくれる』って言われてさ。黙ってニコニコしてたら、まじでそこそこ売れるんだよね」


 さっき『陰口叩いてる奴らを黙らせる』などと大口を叩いていたくせに、たいした事は何もしていないというビッグマウスぶり。だっさ。 


「だからか。女性客が来店するといち早く飛びつくのは。確かに橘さん、モテ顔ですもんね」


 木内が「ふふッ」と笑った。


 コイツ、俺を馬鹿にしてんのか? つーか、


「飛びついてない」


 人聞きが悪いんだよ、木内‼


「飛びついてますよ」


「ない」


「……じゃあ、そういうことでいいですよ」


 木内がしぶしぶ折れた。


「何? 俺の売り方に問題でも?」


 木内のしぶしぶ感が若干イラっとする為、開き直ってみせる。

 

 俺も大概タチが悪い。


「全然」


「嘘吐け。本当は軽蔑してるくせに」


 更に絡む。今日の俺は、なかなかウザイ。寝不足だからかな。


「してませんよ、本当に。歌が上手いから歌手になる。スタイルが良いからモデルになる。綺麗な顔をフル活用して販売をする。同じことだと思うんですけど、違いますかね?」

 

 木内の言うことは何かちょっと違う気もするが…。


 木内はサラっと俺の顔を綺麗と言ってくれた。


 木内は貧乏臭い女だけど、俺に嬉しい言葉をたくさんくれる。


 ……嫌いじゃないかも。むしろ、居心地が良い。


「つーか、だいたい俺はコネ入社じゃねぇっつーの」


 居心地が良いから、木内に愚痴りたくなってきた。


 最初は木内の愚痴を聞いてやるつもりだったのに……。本末転倒。


「……と、言いますと?」


 だって、木内は聞いてくれるから。


「社長の息子が弁護士になりたいって言って、会社を継げなくなったから、社長に頼まれてこの会社に入ったんだっつーの。俺は別にやりたいこともなかったから『じゃあ、入ります』ってなっただけだっつーの。俺から『入れてくれ』って言ったわけじゃねぇのに。息子だったら『コネ入社』って言われなくて済んだだろうに、俺が従兄弟だったばっかりにこの扱い。納得出来ねーっつーの‼」


 屋上なのを良いことに、大きい声を上げる。


 あ、なんかちょっとスッとする。


「みんなの前でもそのキャラをさらけ出せばいいのに。きっとみんな、橘さんのことを好きになりますよ。誰も『コネ入社』なんて言わなくなりますから」


 雄叫ぶ俺を見て木内が笑った。


 ほらね。


 やっぱり、木内は俺が喜ぶ言葉をくれる。


 木内には何でも話せる気がする。つか、聞いて欲しい。


 やっと会社で1人、心を開ける人を見つけた。


「木内さん木内さん、明日は何番ですか?」


 だからどんどん木内に絡む。


「遅番ですけど?」


「俺も遅番。明日は唐揚げが食いたいですね。ちなみに明日も晴れらしいですよ。屋上日和ですね」


「……了解です」


 俺の言わんとすることが伝わったのか、木内は快く了承してくれた。


 明日は木内のお手製唐揚げが待っている。


 翌日仕事に行くのが楽しみだと思った事なんて、初めてだ。


 しかし、唐揚げごときでテンション上げるとか……俺ってまだまだお子ちゃまなのかも。






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