気力
去年の今頃はなにをしていたでしょうか。
さて、儂が二歳になるまで鏡も見ずになにをしておったか、というと。
気を練っておった。
文字通り、「気」じゃ。
「気」または「気力」ともよんでおる。
これこそが数多くの人生を剣の道に捧げ、儂を剣豪などと言わせしめた一因。
誰しもが持っており、しかし誰しもがその存在に気がつかず生涯を閉じる。
それが、「気力」じゃ。
今まで気力を操ることのできた人間を、儂は10人も見たことがない。
一人は戦国の世で景虎、と呼ばれておった。
貪欲で、燃えるような気を纏う、惚れ惚れするような男じゃったわい。
あれにかなう人間はそうそうおるまいて。
気力を纏った者の前では、人間は紙切れに等しい。
思えば、一度目の人生で儂は気力の一端を垣間見ていた。
常人では気力を感じることも見ることもできぬ。
しかし、気力は命の力、といっても過言ではない。
気力を覚醒したてのものは、ただ殴るだけで岩を破壊し、鉄を砕く。
しかし、それは言うてみれば気力に目覚めたばかりの赤子。
気力を真に極めしものは、赤子などとるにたらん存在となる。
逆を言えば、気力に覚醒するだけで常人の域を超える、ということじゃ。
そのことを知っている儂は、立つことができるようになった一歳を区切りに、気の鍛錬を開始した。
言わずもがな、これはめっちゃきつい。
気は、肉体に依存するため、最初はストローでプリンを吸っているようなもんじゃ。
要は、気の量も少なければ、気が通る道も狭い。
儂が、一歳という年で気力を体に通せるのは、その感覚を知っておるからじゃ。
なぜ一歳か、というと以前生後三日で気を通そうとしたことがあった。
鼻と、耳から血がめっちゃでた。
それはもうドバドバと。
儂死ぬかと思った。
つまり、ある程度体ができなければ、肉体の方が気に耐えることができんのじゃ。
正直一歳というのは速すぎる。
しかしそこは経験じゃて。
なんとか死にはしないが、気を通すことができる。
そのぎりぎりのラインが一歳であると、検証した結果じゃ。
難しく言ったが用は筋肉と同じじゃ。
限界を超えて使えば、気力の量が増え。
繰り返し気を通すことで、道が広がる。
細かい作業をすることで、コントロールが身につく。
ほらの?筋肉とそっくりじゃ。
そうして普段から体内で気を練り、一日の終わりには使い果たし、遊んどるように見えても、修行を欠かさない日々を送ったある日のこと。
その時儂は二歳をちょっと過ぎた頃で走ることもできたので、屋敷の庭でミリィと母上と鬼ごっこをしておった。
ミリィは本来メイドじゃが、母上の火の消し忘れを防いだ日から、母と仲良くなり、またミリィ自身儂と仲が良かったので、母のお付き、という形になった。
イヴァンでいうセバスチャン的ポジションじゃな。
「メルティ、捕まったらメルティが鬼ですよ。」
鬼であるミリィが息を切らしながら儂を追いかけてくる。
「うきゃーー!ままー!たすけてーー!」
儂はきゃっきゃと笑いながら母上の足にひしっとしがみつく。
ほっほ!楽しいの!
「ああ!メルティ!!なんてかわいいの!食べちゃいたい!」
ギラリ、と目を光らせ今にもよだれが出そうな母上。
あ、これあかんやつじゃ。
儂はすぐさま母上から離れると、足に気を巡らせ走り出す。
一年しか修行してないが、それでも並みの大人と同じくらいの速さは出るわい。
ふぉっふぉっ!母上よ!儂とていつまでも食われる身じゃないんじゃよ!!
果たしてこの儂に追いつけるかの!?
年甲斐もなく本気を出す儂。
しかしその儂についてくる母上。
なんじゃ、ただのバケモノじゃの。
いつの間にか鬼が二人になった鬼ごっこは唐突に終わりを告げた。
「おっとぉ!嬢ちゃん足が速いんだな!」
ひょいっと持ち上げられ、足だけがバタバタと空を駆ける!
はなせ!こちとら命がかかっとるんじゃ!!
「はっはっは!さすがランスロッド家のお子さんだ!噂にたがわぬ可愛らしい子じゃないか!」
見れば身長は180㎝はあるであろう肉付きのいい男が箒と帽子を身に着け、立っていた。
その姿はまるで。
まるで魔法少女のコスプレをした中年の男に見えて。
儂は泣き出した。
「う・・うえぇぇぇええええええええん!!」
なんじゃろう。
儂こんなことで泣く男ではないんじゃがの。
なんか自然に泣き叫んでしまうんじゃが。
これが本能ってやつかの。
「おいおい・・・怖がらせてしまったかい?まいったなぁ・・・。」
そういいつつ儂を抱えたままの男。
いいから早く下ろせ。
「う゛えぇぇええええん!ぇぇえ゛え゛えええん!!」
「ほ~ら、おにぃちゅぁんでよぉ~!べろべろ~・・・ばぁ!!」
この世界に来て初めて殺意というのを覚えた。
あまりの恐怖に儂は気力のこもった腕で全力で男の腕から逃れる。
「あら?ボブソンさんじゃありませんか。お勤めご苦労様です。」
すっかり頭の冷えた母上が追いついてきた。見れば横に息の切れたミリィがいる。
「みーりぃぃい゛い゛い゛い゛!!!」
儂は泣きながらミリィに駆け寄る。
一刻もはやくこの悪夢を忘れたかった。
「よしよし、メルティ大丈夫ですよ、ボブソンさんです。」
ミリィあいつめっちゃキモイ。
あとすっごい唾ちった・・。
おじいちゃん慰めてほしいんじゃ。
儂を遠目に語りだすボブソンという男。
「ランスロット婦人、申し訳ありません、お嬢様を怖がらせてしまったようで・・・。」
「あら、大丈夫ですわ。メルティは家の者以外と会うのは初めてだったでしょうから・・ちょっと驚いただけですわ。それに、お嬢さん、ではなくて、お子さんですわね。」
「なんと!それは失礼いたした!これほど可愛く、しかも・・その・・白いワンピースを着ていらしたもので、てっきりお嬢様かと。」
言われ、儂は思い出す。
ああ、そういえば今日は女の子の日じゃったな。
「いえ、いいんですのよ。親のわがままで着せているものですから、勘違いなさるのも無理ありませんわ。」
「いえいえ、お気持ちはわかります。可愛い時期でしょうからな!」
「ええ、それはもう・・!」
「今日は怖がらせてしまったみたいなので、また今度仲良くなりに来ます!」
もうこんでええ。
「はい、お待ちしていますわ。」
その後、ボブソンと名乗る男は母とひとしきり話すと、カバンから何通かの手紙を取り出して母に渡す。
どうやら、配達にきたらしい。
「メルティ君!驚かしてすまない!またくるよ!」
もうこんでええ。
男はそういうと、ミリィの陰に隠れる儂にウィンクして、
箒にまたがり空へ飛んで行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほ?
何事もなかったようにミリィも母上も屋敷に戻ろうとする。
え?ちょっとまってミリィたん。
「ミリィ!?ミリィ!?」
「はい、メルティ。どうしました?」
いつもと変わらぬ声でわしに答えるミリィ。
「そら!そら!飛んでる!!」
そこで、「ああ」と、何かに納得したように笑顔をむけるミリィ。
「あれは、魔法ですよ。」
ふふん、とミリィは誇らしげに答えるのであった。
改めて、文字だけで伝えるということの難しさを感じます。