おじいちゃんといっしょ
おはようございます。
「うーむ・・・・これは・・・」
鏡を見て、儂は思わず言葉を失う。
美しい白髪の青い目をした天使がそこにいた。
儂は二歳になった。
鏡を見て思う、これは美しい、と。
肌は白く、髪はもっと白い。
しかしながら、美しい艶と毛先。
そして母親譲りであろう、青い瞳。
中性的な顔立ちが、幼さゆえにさらに男女の区別を危うくしておる。
(ミリィが天使と言って、みんな頷くのが納得じゃわい・・・。)
儂はこのまま髪を伸ばせば、自分自身すら女だ、と確信するであろう。
いや正直、見てみたいの。
髪が伸びた儂。
事の始まりは母アリアネが女物の服を持ち出してきたことじゃ。
着てみればこれが屋敷中の人間に大評判での。
「可愛いー!!」だの「天使ですね」だの歯も浮くような褒め言葉に、儂は自分の姿を見てみたくなった。
二歳にもなって、自分の姿を見たことがない、と驚かれてしまうかもしれないが、この家は鏡というものがあまりなかった。
あるにはあるんじゃが、それは大人の身長で届くところに、だった。
とまあ、それは建前で他にするべきことがあったため、自分の姿に興味を抱く暇がなかった、というのが本音じゃな。
そうこうしていると、声が聞こえてくる。
「メルティー?どこに行ったのかしら?出ておいでー?」
いかん!母上がくる!
この一年でわかったことじゃが、母上は普段おとなしくしっかりした性格じゃが、タガが外れると・・・。
ギィ・・っと部屋の扉が開く。
「まぁ!可愛い!天使かと思ったらメルティだわ!」
満面の笑みの母上に見つかってしまった。
逃げ出そうとする儂は、脇からすくい上げるようにだっこされ、逃げ場を失う。
「ママー!いーーーやーーー!」
母の腕の中から逃げようとするも、二歳児には無理なことであった。
哀れ、儂・・・。
「うふふ、もう少し我慢しましょうねー?」
このように母上はモンスターになることがある。
儂は力なく項垂れ、そのまま広場に連れ戻される。
広場には10着を超えるであろう洋服と、儂のよく知る3名がいた。
父であるイヴァン、その側近の執事セバスチャン、メイドのミリィ。
ほかにも数人お手伝いさんがいるのだが、彼らは皆屋敷の掃除など、仕事中でここにはいない。
逆にこやつらは、仕事もせずに何をしとるんじゃ、と儂は叱ってやりたい。
「メルティ・・・とても似合ってますよ。」
ほっこりした顔で儂の頭を撫でてくるミリィ。
そりゃ・・・そうなんじゃが、さすがに数時間もファッションショーを強制されると、嫌気がさすもじゃよ・・ミリィ・・・。
普段ミリィは歯止めの利かなくなったモンスターを止める役なのじゃが、今日に限ってミイラ取りがミイラになってしもうた。
その理由はわかる。
これだけの素材があれば、たとえ自分じゃなくても、着飾ってみたくなろうて。
しかしじゃ、儂にも限度がある。
普段のミリィは優しくて、儂の面倒をよく見てくれ、遊んでくれる。短く言えば大好きなのじゃが、今日のミリィは嫌いじゃ!
「・・・・・(ぷいっ)」
そっぽむく儂。
その姿に、心痛めたのか、あうあうといった様子で儂に話しかけてくるミリィ。
「ああ・・!メルティはぶてないでください。ほら、飴ちゃんあげますから・・!」
そういって儂の目の前に飴を出す。
「・・・・・・(ぷいっ)」
そんなもんで儂が釣れるかい。
ハッカ飴にしろ!ハッカに!
「あぅ・・・。」
見るからにしゅん、と元気をなくすミリィ。
見ればしっぽと、耳も力なく垂れさがっている。
可愛い。萌えた。許す。
「・・・しっぽ」
儂はそっぽ向いたままミリィに話しかける。
ぴくっとミリィの耳が動く。
「しっぽ触らせてくれたら・・・いーよ・・?」
これは打算じゃった。
ミリィたんのあの綺麗なしっぽには常々触れてみたいと思っておった。
「しっぽですか?構いませんよ?」
そういうとミリィは、床に座る儂の前にぽふっとしっぽを置いた。
なんと!
こうも簡単に夢は叶うものなのか!
儂はおずおずとしかし、優しくしっぽを握る。
こ・・これは・・想像してやまなかった何とも言えぬ感覚!
例えるならいつも気まぐれで逃げる野良猫に初めて触れた時のような・・・!!
と儂が、幸せに浸って上機嫌なっているうちに、執事のセバスチャンがものすごい勢いで儂を脱がしていく。
儂を、脱がしていく。
今の一瞬のうちにすでに3着もの服を着せ替えられている。
母上と父上は何をしているかというと、儂の着せ替えを見て、あーでもない、こーでもない、とセバスチャンに指示をしている。
これはまた長い時間拘束されるな、と思うと同時に、ミリィたんのしっぽを握れるなら安いもんかと考える。
にぎにぎ。
にぎにぎ。
ああ・・・それにしてもこの感触。昔を思い出す。
そうして儂は、長い記憶の渦に身を任せた。
1度目の人生、儂の妹は黒猫を飼っておった。
綺麗な黒猫じゃが、どこか不気味であった。
その黒猫がたまに撫でさせてくれると、なんともいえぬ安らぎを感じたものじゃ。
あの黒猫ときたら・・妹にはなついておるのに、儂には気まぐれでしか近づいてこんかった。
まぁ、嫌いじゃなかったがの。
それも、儂の未熟ゆえ、妹を死なせてしまい、儂も死んだ。あの黒猫を最後まで面倒見てやることはできなかった。
その後は、儂は力の無さを嘆き、幾重にも及ぶ人生を剣に捧げたため、動物を飼うことは無かった。
生きることと、転生をしている事実を受け止めるのに必死な毎日じゃった。
悔しさ、不安、憎しみ、後悔、迷い・・・とても言葉では表せない感情から逃げるように、刀を振るった。
気が付けば他の追随を許さぬ存在になっておった。
周りからは剣豪・剣神といろいろ呼ばれたの。
国が刀を取り上げても儂は刀を捨てなかった。
しかし、国が平和になり、争いがなくなったころ気が付いた。
もう刀はいらないのだと。
ふと、自分がしてきたことは無意味だったんじゃないかと思えた。
そうこう悩んでいるうちに、その人生では寿命を迎えて死んだ。
気が付けば何人目かの母がいた。
平和な世には平和な世の争いがある。
そのひとは、儂をまもろうとした。
権力、金、そんな争いから守ろうとしてくれた。
結果としては、守り切れなかった。
儂は幼かったし、母も争いに勝てなかった。
儂は守られたのはいつぶりだろうと思った。
心が温かくなるのを感じた。
胸の奥が今まで凍っていたかのように、溶け出す、
それと同時にとてつもない痛みが胸に走る。
気づいてしまった。
私は今まで自分勝手に生きてきた。
生まれてくるはずであった誰かの命まで使って。
他人の生を勝手に生きてしまったのではないか。
親も。
生まれてくる子が私でなければ、もっと親孝行できたのではないか。
親にしてみれは、他人を面倒見ているようなものでないか。
勝手に我が子に乗り移り、勝手に我が子のふりをして。
一人で生きていける年になると、一人勝手に剣の道に赴く。
親の気も知らずに。親に気にされずに。
そうして死んで、生まれてを繰り返し・・・。
悪魔だと思った。
私が生きることで、私の周りは不幸になる。
不幸になったものは不幸になったことすら気が付かないのだ。
そして初めて、自殺ということをしてしまった。
しかし、私は変わらず、生まれる。
生まれた私を見て、母は私に「ありがとう」というのだ。
涙がでた。
赤子ながら、本気で泣いた。
胸が痛かった。
張り裂けそうだった。
生きようと思った。
生まれるはずだったこの子に恥じないように。
幸せにしようと思った。
私を生んでくれた母を悲しませないよう、全力で。
誓った。
生まれる限り、生きて、幸せにしてみせると。
私の周りの者を、幸せに。
決して今までのようにないがしろにしない。
親を騙すことになるかもしれない。
我が子の顔をして生まれた私は悪魔かもしれない。
それでも、それでも・・・。
私は、幸せにしなければならない。
そこからはいろいろなことをした。
権力というのが脅威になると知って、政界に生きた。
幸せにするためには、楽しいことがいると思って道化になった。
楽しいことはたくさんあると思って、趣味に生きた。
二人でやると幸せは大きくなると知って、会話と言葉を研究した。
甘いものは笑顔になるとわかったので、パティシエになった。
どれだけのことをしただろうか、思えばあの時から、儂はずっと何かをしている。
そして今回、何の因果か異世界にきた。
まだまだやることはある。
目先の目標としては、儂を生んでくれた両親に恩を返すことかの。
返しても、返しきれない恩を。
と、2歳児ながらに自分の信念を確認する儂じゃったが・・・・。
じゃからの、儂もの、幼いながらに両親を大切にしたいと思っとるんじゃ。
そして思い出作りのために両親の趣味(我が子のファッションショー)に付き合うのもやぶさかではないんじゃ。
ないんじゃが。
一体何時間たっとると思っとるんじゃ!?
並みの子供なら30分と耐えられまいて!
それを朝から初めて、もう日が暮れておるわ!!
あほか!?あほなんか!?親ばかにもほどがあるぞい!!
椅子に腰かけながら、ふぅ、とため息をつく母上。
「駄目ねイヴァン・・・メルティが可愛すぎて、どの服も似合ってしまうわ・・・。」
そんなことを言う母上。
あほか、うんち漏らすぞ。
「ああ・・アリアネ・・やっぱりメルティは天使だったみたいだ・・・。また明日服を買いに行こう。」
!?
まつんじゃ父上?今儂明日って聞こえた気がするんじゃが?
「そうしましょう、でも・・・男物と女物どちらにしましょう?」
まてまてまて!そこじゃないじゃろう!?
「うーん・・・そればっかりは・・・」
そこで、一番動いているはずなのに息一つ切らしてないセバスチャンが口を挟む。
「こういうのはどうでございましょう?毎日日替わりで、男物と女物をメルティア様にお召いただくというのは。」
そこで全員がハッとする。
「そうしましょう。」
「それがいい。」
「そうするしかありません。」
儂は自分の家族のモンスターぶりに恐怖しながら、セバスチャンを見る。
セバスチャンは「ほっほ」という声が聞こえてきそうな顔でニコニコしている。
セバスチャン・・・それはもっと早く言ってほしかったなぁ、儂・・・。
ミリィはとてもかわいい子です。