一歳
今年ももう終わりますね。
儂が生まれて半年がたった。
結論から言おう、ここは異世界じゃ。
正直、太陽が二つあるのを見たときから、もしや・・・とは思っておったのじゃが。
この家は裕福なのか、おつきのメイドさんが何人かおる。
決定的じゃったのは、その中の一人に、猫耳としっぽが生えておったのじゃ。
萌えたわい。
じとっとした目つきに少女のような体つき。
前世では空想の生き物だった「猫耳少女」というやつじゃな。
儂はまだベットから動くことができないので一日中寝てるだけなのじゃが、このメイドさんは毎日この部屋を掃除しに来てくれる。
そしてきょろきょろと部屋に誰もいないのを確認すると、儂のところへやってきて、すっと人差し指を出してくる。
その指を儂が赤子ながらに、ぎゅっとにぎってやると、相変わらずじとっとした表情が、目だけ爛々と輝くのがわかる。
萌えたわい。
(ほほぅ・・この子、赤ん坊が好きじゃな?)
気持ちはわからんでもない。
儂の親・・・まだ名前はわからんが、母方はかなり美人じゃ。
その子である儂が醜いということはないじゃろう。いや、ないと思いたいんじゃな、儂は。
まあ容姿どうこうはたいして関係ない。
赤子というのはただそれだけで癒される、可愛い存在じゃ。
かくいう儂も前世では子供大好きじゃったしの。
そうこうしていると儂の頬っぺたをつんつんと優しくつついてくる。
かまってもらえると儂、年甲斐もなく嬉しくなっちゃう。
「きゃっきゃ!」
思わず、心まで赤子に戻ってしまう儂。
メイドさんはそのあと小一時間ほど、儂、もとい赤子を愛でて掃除に戻った。
そんな日が半年ほど流れた。
儂が生まれて一年になる。
このころになると、何とかこの世界の言葉がわかるようになってきた。
父の名前はイヴァン・ランスロッド。
イヴァンは茶髪で、背も高い。
なかなか渋い顔つきをしておる。
もうあと十年もすれば貫禄もでるじゃろう。
日中は出かけているが、日暮れ前には帰ってくる。
ただ、一日中家にいることが十日に一回ほどある。
まあ、働いておるんじゃろ。
儂、親がニートとか嫌じゃ。
母の名前はアリアネ・ランスロッド。
金髪で毛先が内側に向いてパーマがかかっておる。
美しい顔で、イヴァンがアリアネにべた惚れなのがわかる。
アリアネもまんざらでもなさそうじゃ。
そして、儂の名前はメルティア。
メルティア・ランスロッド。
母は、メルティと儂を呼ぶ。
なんともお姫様みたいな名前だと思うのは儂だけじゃろうか・・・。
二人に言えることじゃが、とんでもない親バカじゃ。
あれは儂が初めてしゃべった日のこと。
いつものようにおもらしし、いつものように泣いて母を呼んでいた時の事。
「はーい、メルティおむつを替えましょうね。あら?おむつがないわ・・ママとってくるからちょっと待っててね?」
「あぅー。」
そのころはしゃべっていることがなんとなくわかる、程度のものじゃったが、なにより声を出すための喉と舌がまわらなかった。
それに、一歳に満たない赤ちゃんがしゃべるのは、おかしかろうて。
しかし、儂は見てしまった。
母が台所で調理をしていたそのすぐ側。
火が止まっていなかった。
やかんだろうか、ぐつぐつと湯気を立てている。
このままではまずい、そう思った儂は必死に口を動かす。
「ま・・ま、まーま!」
なんとか言えたが、母はおむつを取りに行って戻ってこない。
(泣き叫ぶしか・・・いや聞こえたとしても、おむつを替えてほしくてぐずっていると思われる。)
母が戻ってくるまで待つしかないか、と考えたとき。
不意に火は止められた。
メイドさんじゃった。
その後、火を消してないことを途中で気が付いたのか急いで戻ってくる母。
しかし、メイドさんをみてほっと息をつく。
「奥様、メルティア様のいる部屋で火をそのままに離れるというのは、いささか危ないと思います。」
相変わらずじと目で語るメイドさん。
しかし、その目に避難の色はない。
母が今のがわざとでなく、不注意だとわかっているのだろう。
「ええ、ありがとう、ミリィ・・・。助かったわ。」
この時、儂は初めてこのメイドさんの名前を知った。
ミリィ。
いい名じゃの。
語尾に「にゃ」と付けてほしいの。
「いえ。奥様も気がつていらしたようですし、大事にならずよかったです。それに私は、メルティ様の声が聞こえたので急いで来たところでして。」
なんと。
それでミリィたんが来てくれたのか。
老体に鞭打ってしゃべったかいがあったわい。
「ああ、メルティは一生懸命泣くものね。今ちょうどおむつを取りに行ってたとこなのよ。」
そうじゃ。料理の途中で泣いたもんじゃから、母が火を消し忘れたのには儂にも責任がある。もとはといえば、おむつを取りに行ったせいで、火を消し忘れたんじゃ。
今度からは時と場所を考えて漏らそう。
「・・?いえ、泣き声でなく。」
小首をかしげるミリィ。
「まーま、と叫ぶ声が聞こえたのですが、もしかして私の気のせいでしたでしょうか?」
そこで、ぐるりんと頭を回しこちらを見る母。
こわ!今のこわ!
「メ、メルティ・・?ママよ?わかる?まーま」
目が血走ってる。
儂怖い。
「ほら、いってごらんなさい?ママ。まーま。」
こんなのもはや脅迫じゃ!
わ、儂お漏らししそう・・。
あっ、もう漏らしてるじゃった。
見ればミリィは手を握りしめ、唾をごくりと飲む。
その目はいつかのように爛々と輝いておる。
めっちゃ期待されてる儂。
ま、まあいつかしゃべることじゃし。
別にビビッてしゃべるわけじゃないし。
「ま、まーま・・・。」
儂は目を反らしながら呟く。
その瞬間。儂は久しく忘れていた時間が圧縮される感覚を味わった。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ミリィ!?聞いた!?聞いた!?今この子!私のことママ!ママって!夢かしら!?夢じゃないわよね!?」
ミリィの手を握って飛び跳ねる母。
「もちろんです奥様!夢じゃありません!メルティア様ははっきりとママ、とおっしゃいました!」
見ればミリィも飛び跳ねておる。
「そうよね!そうよね!ああ、なんてかわいいのかしら!!メルティ!もう一度呼んで!」
ここまでくるともうおむつのことは儂諦めた。
なんとく、あぁ、今日はこのままなんじゃなと覚悟した。
「まーま、まーま」
「キャーーーー!!夢じゃないわ!イヴァンに報告しなきゃ!ミリィ!家中に報告よ!!」
「はい!奥様!」
その後、屋敷中の人が集まり、儂は流されるように人の手を渡った。
イヴァンに抱かれ、
「ほらメルティ!パパだ!パパだぞー!!」
と、あんまりにもパパと言ってほしそうだったので
「い、いーば。」
と言ってやった。
イヴァンは目を見開いて、
「アリアネ!どうしよう!メルティが俺のことイヴァンで覚えちまった!!」
と言って笑いが起こったのは傑作じゃったの!
まあ本人は笑いごとじゃないと言っておったが。
ミリィは終始目を輝かせていたが、メイドということか、どこか一歩引いて見守っておった。
しかし儂はミリィがいつも構ってくれるのを知っておる。
無表情なようで、顔に出ないだけで小さなことで感動するのを知っておる。
だからわしは言うのじゃ。
「みーり、みーりー!」
おぉ・・!というどよめきがその場に広がる。
視線が儂からミリィに集まる。
ミリィは口に手をあて、信じられない・・!という顔をしている。
アリアネとイヴァンを除けは、この屋敷で一番儂に時間を割いてくれたのはミリィであった。
もちろんほかの人らも良く面倒を見てくれた。
が、なんてことはない、儂がミリィともっと仲良くなりたかったのじゃ。
イヴァンの側近の執事の手からミリィの手へ渡る儂。
ミリィの手に抱かれ、儂はミリィに手を伸ばしながら言う。
「みーり!みーり!」
ミリィは唇をぎゅっとつぐみ、その瞳は潤んでいる。
「奥様、メルティア様は天使かもしれません・・・。」
その言葉を聞いて儂は吹き出しそうになった。
天使て!照れるわ!
やっと話が進みました。