星野さん大好き
「な、何ですか。私、源さんとお話しすることなど何もありませんわ」
星野さんに声をかけようとするんだけど、露骨に逃げられて仕方ないので、柳さんに頼み込んで放課後に屋上に呼び出した。
柳さんは私に話しろよって言ってただけあって協力的で助かった。なんかよくわからんけど、もしかして気づいてる? 思い出したら星野さんなんかわかりやすかったもんね。ずっと、もしかして脈ありじゃね?って思ってたし。
星野さんは屋上に来てくれたものの、何だかつんけんしている。もうっ、照れてるんだなツンデレさんめ! キャワイイ!
「話すことなら、私にはあるよ」
「!? ……私のことが、大嫌い、なのでしょう? 大嫌いな私に、何を話すことがあるなどと、異なことを仰いますわね」
「嫌いなんて嘘だもん」
「は、はあ?」
「私は星野さんが好きです。結婚してください」
おっと。勢い余ってプロポーズしてしまった。まあいいか。
星野さんは目を真ん丸くして、右手で口元を隠した。なんてお上品な動作なのでしょう。右手ごとキスしたい。
「……私、女装をしている男の子ではなくてよ」
星野さんはどこか警戒したように、眉をひそめてそう言った。そういやそんな質問もしたっけ。
「そんなの知ってるよ。こんなに可愛い星野さんが、男の子のはずがないじゃない。星野さんぺろぺろ」
「は?」
「失礼。星野さんが好きすぎて、舐めまわしたい気持ちが溢れました」
「なめっ!? は、はぁ!? あなた、頭がどうかしているのではなくて!?」
「そうだよ! 星野さんといるといつもどうかしちゃうよ! 星野さんが可愛すぎるから! 好きすぎておかしくなりそう! 愛してるから、責任とって恋人を前提に結婚してよ!」
「め……滅茶苦茶なことを、言っているわよ」
そんな風に私を叱責しながらも、真っ赤な顔になってる星野さんはウルトラ可愛い。三分で宇宙爆発する。
「だって、好きなんだもん。星野さんの一番になりたい」
自分でもちょっと、さっきから興奮して変なこと言っちゃってると逐一後悔してるところだよ。でも全部ほんとのことだ。星野さんに今すぐキスしたい。
ああ、星野さんなんでそんな頑なに、私のこと睨むみたいな顔してるの!?
星野さん私のこと大好きな癖に! だってどう見ても可愛い顔してるもん! ああ、でもそんな、気位が高くて気丈な態度を貫こうとするところも素敵!
私は星野さんに近づいて、左手で星野さんの右手を掴んだ。反射的に逃げようとする星野さんを、右手を星野さんの腰に回して引き寄せ阻止する。
至近距離で顔を見つめると、星野さんは真っ赤な顔のまま、眉尻を落として、瞳をうるわせた。
先程までと一転して、弱々しくて、簡単に壊れてしまいそうなほど儚い美しさで、私の手で手折りたい。
「星野さん」
「ま、待って、ちょうだい」
顔を寄せると、星野さんは私の束縛から逃げようとはしないけど、顔だけ俯かせてそむけて、私を制止した。
「どうしたの?」
顔が近いので声のボリュームは抑えてたずねる。
星野さんは上目使いと言う最高にキュートな顔で、あのねと子供みたいに応える。
「あのね、私も、その、あなたのことが、好きよ」
口づける前に、伝えなければと思ったなんて可愛いことを言う。私はくすりと笑って
「知ってるよ」
とだけ言って、星野さんのファーストキスをいただいた。
○
ちゅっちゅして愛を確かめていると、星野さんはしばらくぽーっとしていたけど、そのあと照れてれしてから、思い出したようにキッと目付きを鋭くした。
ぽやんとしたとろけた星野さんも素敵だけど、ツンツン星野さんもきゅんきゅんするなぁ。
「どういうことなのか、説明してもらいましょうか」
「ん? 何が? それより星野さんのこと、早苗ちゃんって呼んでもいい?」
「っ、ゆ、優香里さんですから、仕方ありません。特別に、許可いたしますわ」
ふぉぉ、可愛いよー。ほんとは早苗たんって呼びたい位だけど、さすがに人前では恥ずかしいし、それは後々ってことにしよう。
はー、早苗たんぷりちー。
「そ、そんなことより!」
「えっ、そんなこと? 私たち恋人になって、呼び名を変えることがそんなことなの? そんな、私は早苗ちゃんの名前を呼ぶのにすごくどきどきしてるのに」
「! べ、別に。そう言う意味ではありませんわ。……私も、優香里さんと、お名前をお呼びする度に、ときめいているわ」
「一緒だね。嬉しい」
「ええ」
早苗ちゃんはとろけそうなほど、幸せそうにはにかんでいて、可愛い。可愛すぎるよもう。そんな早苗ちゃんにはこうしてやる。
「ちゅっ、好き好き大好きだよ」
「! も、もう……」
またキスすると早苗ちゃんは抵抗しないまま、途中から恋人繋ぎになった自身の右手に力をいれて、私の左手を握り直して、
「! って、も、もう! 話をそらさないでちょうだい。大事な話なのだから」
はっとしたように怒りだした。別に、なんか怒られそうだから話をそらしてたら忘れないかなとか思ってるわけじゃない。
「ごめんごめん。でもずっと立ってるのもあれだし、とりあえず座って話そうか」
「……いいでしょう」
早苗ちゃんを誘導して、屋上の出入り口から四角になる、日陰の部分に行って腰を下ろす。ベンチなんてあればよかったんだけど、あいにくとそう言うものはない。
本来、屋上は生徒は立ち入り禁止だからだ。でも鍵が壊れてて入れると、柳さんから情報をもらったので指定した。案の定二人きりになれているので、柳さんにはお礼しないとね。
「で、なぁに?」
「……優香里さん、さきほど私が決死の思いで告白しました際に、知っていると言ったわね」
「うん」
なんかノリで言ってたね。
「私の思いを知りながら、嫌いなどと言う虚偽を述べて、さらに私を今日まで放置したと言うことだけれど、何か、申し開きはあるのかしら?」
おやおや? 何やら認識に齟齬があるようだねチミィ。などとふざけている場合ではない。
早苗ちゃんの目がマジで怒ってるぞ。でも本当に悪気があったわけじゃない。誠心誠意謝罪しよう。
なるべく自然になるように、私視点での今までの流れを説明する。
「……なるほど。今日まであなたが告白してくださらなかった理由はわかりましたわ」
わかってくれてか。よかったよかった。と言いたいけど、なんでまだ恐い顔してるの? そう言う顔も可愛いねって言ってほしいの? 言ってもいいけど、確かに可愛いけど、反面早苗ちゃんを好きな分だけ何を言われるのか怖くもあるのが本当ですよ?
「早苗ちゃん。怒ってる顔も、可愛いよ」
「……私は、真剣に怒っているのよ。ちゃかすのはお止めなさい」
と言いながらも口の端があがっている早苗ちゃん。私の視線に気づいて、左手で顔を押さえたけどもう可愛いとこ見ちゃったもんねー。
「告白しなかったのはともかく、好きだと知っていて、嫌いだなんて、いくらなんでも酷いですわ。私がどれほど胸を痛めたか、早苗さんにはわからないことでしょうね」
「そんなことないって。それに、さっきの知ってるって言うのは、私が告白してからの早苗ちゃんの態度から、受け入れてくれてるなって確信したってことだから。前から気づいてたわけじゃないって」
「……確かに。拒絶していなかったけれど。本当に? いい加減に誤魔化しているのではなくて?」
「本当だって。そりゃ、早苗ちゃんはよく話しかけてくれたから、もしかして脈ありかなっとは思ったけど、女の子同士だし、確信はしてないって」
確信してたとしても、婿入りの話がある以上フらなきゃ、なんて妄想していたことは絶対秘密にしておこう。
「……わかったわ。優香里さんのこと、信じますわ。疑ってごめんなさいね」
「いいんだよ。むしろ、察しが悪くてごめんね」
「本当ですわ。ですけど、許します。私のこと、好きだと言ってくださいましたから。優香里さんだけ特別ですわよ?」
「うん。ありがとう。大好きだよ、早苗ちゃん」
「優香里さん……」
改めてキスをする。
今度こそ早苗ちゃんは何の憂いもなく、うっとりと私に身を委ねてくれた。
「ねぇ、早苗ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「私、さっきからちょっと変なこと言ってたんだけど、意味わかった?」
「え? あ、ああ。そうですわね。香苗から聞いているわ。オタク文化の用語なのでしょう? 安心なさって。私も最近、あなたが好きだと言う漫画を勉強しているところですから」
は? 私が言いたいことと全く違うし、しかも突っ込みどころしかない。えっと、一つずつ聞いていこう。
「ん? えっと。まず順番に聞くけど、香苗って……や、柳さんと親しいの?」
これ大事。君ら名前さん付けだったじゃん? 呼び捨てとか羨まけしからん。場合によっては、嫉妬の炎が火を吹くぜ!
「ええ。優香里さんにおかしな誤解をされては困るので、あえてさんをつけていたけれど、香苗は私の付き人ですわ。どうぞ、優香里さんもこきつかっていいわよ」
「つ、付き人っ!? え、お、同い年で?」
「ええ。幼少の頃から」
漫画かよ。本家は使用人も付き人いるレベルだから、それ自体には驚かないけど、子供の時から同い年の付き人っておかしいだろ。子供が働くとか、違法じゃね? 突っ込まないけど。
「そうなんだ。じゃあ、それで私の好みとかも聞いたんだ。早苗ちゃん、オタク趣味もいける感じ?」
「あ、う……い、今までは興味はなかったのだけれど、優香里さんのご趣味と言うことで、今目を通しているところですわ」
うん? つまりオタクじゃなかったけど、私のために合わせるって? わーぉ、健気だねぇ。可愛いねぇ。
「そっか。ありがとう。嬉しい。でも、早苗ちゃんの趣味も教えてね。私も、早苗ちゃんの好きなことなら一緒にしたいから」
「本当ですの!? では、今度、一緒にお花をいけてくださいます?」
お、おう。お嬢様だったね、はい。
ちょっとひるんだけど、ぱあっと花がさくような笑顔で問われて、却下するはずもない。
「もちろん。心得はないから、手解きをお願いできるかな?」
「ええ、もちろん。安心なさって。優香里さんのようにセンスのないど素人でも、馴れればすぐ、それなりに見れるようになるものですわ」
恋人になっても照れ隠しに毒舌はくのはかわらないね。ちょっとしたツンならスパイスで全然オーケーだよ。嬉しそうににこにこしてるんだから可愛いし。
「ありがとう。それで、実はさっきの話は、別に趣味の話をふりたかったんじゃないんだ」
「あら? 優香里さんの話し方についてよね?」
「うん。早苗ちゃんをぺろぺろしたいなって」
私の言葉に早苗ちゃんはぽっと頬を染めつつも、右手で頬を押さえて微笑む。
「あ、ああ。舐めたい、と言うことですわね」
「うん。そう。本気なんだけど、手始めに、早苗ちゃんのお口をぺろぺろしたいな、なんて」
「えっ」
「大丈夫。今日は口だけだから。ダメ?」
「……し、仕方ありませんわね。ですけど、本来は付き合ったからと言って、キスだってすぐにするなんて、いけませんわよ。優香里さんだから、特別ですわよ」
「ありがとう。大好き」
早苗ちゃんをぺろぺろした。
え、どこまでぺろぺろしたかって? それはちょっと言えないね。
「はぁ、うぅ、ゆ、優香里さん。本当に、特別なんですのよ。ここまでして、私のこと、嫌いになったと言っても、絶対に、許さないわよ」
「何いってんの。プロポーズを受けてもらったんだから、私はもう、婚約してるつもりでいるよ。早苗ちゃんこそ、覚悟してよね」
早苗ちゃんはびっくりしたように目をパチパチしてから、はにかんだ。
「仕方ありませんわね。優香里さんですから」
全く、素直じゃないなぁ。そんなところも、可愛いけれど。
私はもう一度、キスをした。
おしまい。