柳さんと、お姉ちゃんと
あれからお嬢様はとてもしょんぼりしている。いい加減可哀想になってきた。
急に話しかけなくなったお嬢様を、不審そうにおろおろと、ちらちらとお嬢様を観察するようになった源さんは、どう見てもお嬢様に気がある。そう言ってるのに、話しかけてこないじゃない!と癇癪をおこすから無視してる。
お嬢様はもう自分から話しかける勇気がないらしく、源さんはお嬢様が好きだってと言ったって信じないし、その癖未練があるらしく、この間買った漫画を読み漁っている。
お嬢様には内緒だけど、源さんとメル友である私にはそれとなくお嬢様どうしたの?と源さんからメールがくる。
話しかけてみるよう促してるけど、星野さんのことなんか興味ないとか返事してくる。めんどくせーなぁおい。
メールだとガチで言ってるのか判別つかないから、あんまり突っ込めないし。だからって学校で話しかけるのは、お嬢様に見られたら困るからできないし。
「香苗」
「なんですか」
「優香里さんの様子はどうなのかしら?」
「だから、お嬢様のこと気にしてますって」
「そう言うのはいいと言っているでしょう。もういいわ。他に、優香里さんが好きなものがないか、聞いてきなさい」
信じないなら聞かないでほしい。仕方ないので聞きにいきますけどね。
「源さん」
「や、柳さん。学校で話しかけてくれるのって、珍しいね」
「まぁ。迷惑でした?」
「ううん。その、恥ずかしながら、私まだあんまり仲良しのお友だちいないから、嬉しい」
お、おう。ちょっときゅんとした。素直だなぁ。メールで話して確信してたけど、いい子なんだよね。お嬢様への態度を除けば。
「それで、お話したいんですけど」
イチゴ牛乳をおごってあげて、源さんの好きな漫画を教えてもらった。かわりに私の趣味もばれたけど、お嬢様と違って全く否定しないどころか、趣味が被ってる部分もあって喜ばれた。この子、ちょーいい子だよ!
「あ、それで源さん。おじょ、じゃなくて、早苗さんについて、ついでに話していいですか?」
「ぅえっ、あ、う、うん。最近、元気ないみたいだよね。私は興味ないけど。ちゃんと寝てるのかな? 隈ができてるみたいだけど」
気にしてるし興味あるよね。漫画の読みすぎで寝不足なんだよね。まあともかく。
「うん。ちょっと話しかけて、元気付けてあげてみない?」
「ん。うーん……わかった。ちょっと、気になるし、やっぱり確認してみる。そうだよね。やっぱり星野さん、笑顔の方が、見つめがいがあるもんね」
見つめてるんかい! つっこまないぞ。
○
「ちょっと優香里」
「あ、うーん?」
揺らされて目を開けると、眩しい。目を細めてこすりながら起き上がる。お姉ちゃんだ。何故……は!? 思い出した!
「お姉ちゃん!」
「うわっ、な、なによ。勝手に人の部屋で寝て。今日はお土産ないわよ」
「なんでメール無視するの!? ひどいよっ」
「だってあんた、来週って言ったでしょ」
私はお姉ちゃんが帰ってくるのを玄関で待ち受けていた。先日の、星野さんとの話し合いについて。それきり星野さんの様子がおかしくて、お姉ちゃんは意味ありげに来週教えるねとか言って、明らかにあやしい!
別に星野さんのことなんか全然気にならないけど、柳さんも気にしてるみたいだし、まあ、ほら、嫌いって言ってからだし? 気にしてはないけど責任感じなくもないかな、みたいな?
お姉ちゃんには帰ってきたら教えてよ!とメールしてたのに、無視するし、夜中に帰ってきてるから全然会えないし。朝はいるみたいだけど、起こして話聞いてる時間ないし。
でももう木曜日だ。今週全然星野さんとお話しないまま終わっちゃう。星野さん元気もないし心配だし、寂し、もとい、柳さんが寂しがってるみたいだし、一肌脱がないと!
てなわけで、今日こそ教えてとメールして、こうしてお姉ちゃんのベッドで待ち構えていたわけです。ああ、眠い。
「言ったね。ああ言ったね! でも、あれ土曜日のことだし。今日木曜なんだから、もう来週になってるじゃん!」
「馬鹿あんた声が大きい。しーっ」
両方のほっぺたを引っ張られた。にゅー。
確かに。時計を見たら時間は夜の2時過ぎだ。眠いはずだ。お姉ちゃんはなんでこんな遅くに帰ってきたのさ。
黙った私に、お姉ちゃんは手を離してため息をついた。
「それは来週の土曜日って意味って、話の流れでわかるでしょ。てか、もう、めんどい」
「めんどいとか、可愛い妹にひどくない?」
「はいはい、可愛い可愛い。じゃあ可愛い妹、一緒に寝ようか」
「やだよ。気持ち悪い」
「人のベッドで勝手に寝といて、どんだけ。でてけでてけ」
「やだやだ。教えてくれるまで、このベッドは譲らないんだから」
「なんで拘るのよ。星野さんなんか嫌いなんじゃないの?」
「嫌いだよ。嫌いになるよ。でもまだ好きなんだから、気になってもしょーがないじゃーん」
「言ってる意味がわからん。あんた、相変わらず馬鹿だね」
お姉ちゃんはベッドの上で手足をひろげて大の字になる私に、呆れたようにしながら私の腰の隣に座った。
「良かろう。とりあえず結論だけ言いましょう。私、結婚します」
「……はいぃ?」
眠気がふっとんで、思わず起き上がる。お姉ちゃんはちょっと照れたように微笑んで、ウィンクした。
「今すぐじゃないわよ? ただそう言う相手がいるし、私らの名字問題も解決するから、あんたは気にしないでいいわよってこと」
「……え? え、ど、どういうこと?」
「意味がわからない?」
「いや……意味はわかる。わかるけど、突然すぎて」
「ちょっと相手がややこしいから、お母さんとか内緒よ。でもあんたには、言っておこうかと」
「そ、そう、なんだ」
なんで急にこんな話になったんだかわかんないけど、とりあえず、私は婿をとる必要はないんだ。はぁ……はあ!? え、てことは!?
「私、子孫とか残さなくても、大丈夫ってこと? 例えばだけど、女の子に走っても大丈夫、みたいな?」
「そう言うことだけど、女の子が好きなの?」
「えっ、そ、そんなわけ…………うん。実は、そうだったり、する。ひいた? えんがちょ?」
隠してても仕方ないし、お姉ちゃんがお母さんには内緒の恋人の話をしてくれたのだ。なら、話さないわけにはいかない。今言わなくても、そのうちぽろっと言いそうだし。
恐る恐る肯定すると、お姉ちゃんは苦笑しながら私の頭を撫でてきた。
「その聞き方にひくわ。昭和か。てか、気持ちはわかるわよ」
「え? お姉ちゃんの結婚相手って女の子なの?」
「馬鹿。違うわよ。でも、女の子に見えるくらい可愛いし、私最初ほんとに女の子だと思って好きだったから、ひかないわよ」
「ええー」
「なんで、あんたが、ひくのよ」
ぐえ。優しく撫でてた手ががしっと私の頭をつかんで上下にヘドバンさせられた。しんどいです。
「女の子みたいな男の子って。男の娘なんて二次元だけでいいってば」
「殺すわよ」
お姉ちゃんの手から逃げながら答えると、めっちゃ睨まれた。くわばらくわばら。
「ま、とにかく、そう言うことよ。さあ、もういいでしょ。そろそろ寝させて」
「あれ、ちょっと待ってよ、お姉ちゃん。星野さんとの話し合いは?」
「は? だから、話し合い」
「……え? お姉ちゃんの結婚について、話したの? え、星野さんのお兄さんとか、まさかの弟ってこと?」
「そうじゃないけど、そう言う話をしたのよ。あえて早苗ちゃんは言ってないけど、どう見てもあんたにベタぼれだし、ストーカーされてんでしょ」
早苗ちゃんが迷惑なら言いなさいよ。私がかわりに話つけてやるから。なんてことをお姉ちゃんが続けて言っているけど、私の脳みそを素通りしていく。
だって、え? ベタぼれ? 星野さんが、私に?
「ま、マジで言ってる?」
「そうじゃなきゃ、私に婿入りの話をしてこないわよ」
「……」
あ、あれれー? おっかしいぞー?
今、星野さんは私を避けてるけど、これってつまり
よくわからんけど我が家の婿入り事情を知ってる星野さんが、お姉ちゃんから私が婿無しオッケーと知る。
私が女の子とも付き合えると知ってる星野さんが、私が星野さんを好きか確認するけど、まだ知らない私は大嫌いと答える。
私のことを好きな星野さんはショックを受けて、私を避ける。←今ここ
ってことなの!? やっべ、おら、ワクワクすっぞ!
「なににやけてんの。マジであの子のこと好きなの? 性格悪そうじゃない。私は嫌いよ」
「なんでさ!? ちょー可愛いじゃん。めっちゃ癒し系でー、なのに我が強い感じのところが、よくない?」
「趣味悪いわね。ま、あんたがいいなら。いいわ。ほんとに眠いから、もういいでしょ?」
「うん! お姉ちゃん愛してるよ!」
く、くくくく。星野さんが私のこと好きとか、好きとか! ま、マジでテンションあがるんですけど!
しかも婿もらわなくていいし、これ、星野さんのこと、ガチになってもいいんじゃないですか? 百合ん百合んになっていいんじゃないんですか?
ひゃっはー! 待ってて星野さん! 今あなたの優香里が告白してあげるよ!
でへへ。上から目線ですみません。
○