星野さんなんか大嫌い
好きだなんてうーそさ。好きだなんてなーいさ。ねーぼけーた私がっ、見間違ーえたーのさ。
星野さん嫌い嫌い運動(お姉ちゃんは適当に言ったんだろうけど、結構はまった)は順調だ。もはやこれで、星野さんに会ってもテンパらない自信がある! キリッ
てなわけで週もあけた本日は、打倒星野さん。星野さんを見ても過剰に反応しないのが目的です。徐々に私の好感度メーターをさげていこう。
そう決意しながらも歩いていると、校舎に入った辺りで声をかけられる。
「おはようございます、優香里さん」
「!」
星野さん が あらわれた!
おおう、二日聞かないと一層軽やかな声に聞こえる! と、訂正訂正。軽やかな声に聞こえて嫌い、と。
それに星野さんに私の嫌悪(にする予定の好意)を悟られるわけにもいかない。いつも通りに誤魔化してつんけんした態度をするのだ。
すでに内心ばっくばくで目的は失敗したけど気にしない! 明日があるさ!
並んで歩きながら返事をする。
「おはよう、星野さん」
「先週末はありがとう。お陰様で、御姉様とは有意義なお話をすることができましたわ」
お、お姉さまだと!? なにそれ、私も呼ばれたい。こないだはおねーさんだった気がする。ファック! お姉ちゃんは本当に何を話したんだ!?
と、いけないいけない。私は星野さんが嫌いなんだから、気にしなーい気にしなーい。
「あっそ」
「……それだけ、ですの?」
「へ?」
「……煮え切らない人ね。では、はっきり聞いて差し上げます。あなた、私のことをどう思ってますの?」
「へっ、き、嫌いだけど」
「……本気で仰られていますの?」
「ほ、本気だよ! 星野さんなんか、大嫌いだよ!」
あ、特訓の成果が出た!
出たけど、あれ、なんか、変な空気に。あれ。星野さん、なんか、泣きそうじゃない? はっきり言い過ぎた?
て言うか、今まで私が何を言っても暖簾に腕押しだったのに、眉を寄せて唇をへの字にして目元に力をいれた泣き顔5秒前の感じも、すっごい可愛い。どきどきしちゃう。
抱き締めて目尻にキスして、どうしたの?って聞きながら頭撫でたい! きゃー!
「優香里さんの、御馬鹿! お豆腐に頭をぶつけて、気絶されるのがよろしくてよ!」
怒られた。
そして星野さんが立ち去った。え? え? どゆこと? てか、これから授業なのに、どこいくの?
確かに大嫌いって、ちょっと強い言葉だったけど、今までも散々星野さんには酷い態度してきたのに、今更そんな風になる? な、なんかすごい罪悪感が。
「源さん」
「ふぇっ!? お、おー。や、柳さん。おはよう」
呆然としたところに声をかけられて飛び上がりながら振り向くと、星野さんの友達らしい柳さんがいた。らしいと言うのは、私と話すときはいつも星野さんは柳さんといないから。
人見知りってわけでもない感じで、仲良くなれそうなんだけど、今は怒ってるっぽい。って、友達を泣かせてるんだから当たり前だけど。
「おはようございます。源さん、いい加減にしてくださいよ。あの人を怒らせた皺寄せって私に来るんですから」
「え、えと、ごめん?」
何だか怒られる方向性が想像と違うけど、気迫に押されて謝る。
「とりあえず私は早苗さんを追いかけますけど、源さんはどうしますか?」
「え、うんと……いい。遠慮します。ごめん」
「はぁ。いいです」
柳さんはため息をついて、失望したように早足に去っていった。う、うう。だって、なんで今回だけそんなに反応したのかわかんないし、私、嫌われるのが目的だし。どうしたらいいのか、わかんないんだもん。
でもこれで、柳さんにも嫌われたかな。せっかく金曜日に柳さんのアドレスは聞けたのに、変えられちゃうだろうな。
それになにより、自分でやっといてあれだけど、やっぱり星野さんのことは好きだし、嫌われるのって悲しいな。泣き顔は可愛いから、もっかいくらい見たいけど。
○
「お嬢様」
早苗お嬢様は空き教室の中で窓を向いてしょんぼりしていた。あーあ。全く。
いつも傍若無人のくせに、そんな態度されたら、仕方ないなぁ。だからほっとけないんだよ。
私の呼び掛けに、お嬢様はちらりとだけ振り向いた。頬が赤らんでいて、思わずどきりとするほど色っぽい顔をしていた。
「……うるさい。何をついてきているのよ。死になさい」
中身は可愛くない。でも今回ばかりは仕方ない。あれほどバッサリ嫌いなんて言われたんだ。どうせまたテンパりからきてるんだろうけど、源さん大好きなお嬢様はショックがおおきいんだろう。
今まで散々邪険にする言葉を向けられても平気で、むしろその歪感が可愛いと歪んだ愛情だったくせにとは思うけど。
「慰めにきました。死にません」
「慰め? はっ。何か勘違いをしているようだけれど、慰めると言う行為は上の立場のものが、下位のものにすることよ」
「そんなことありませんって」
「あるわ。少なくとも精神的優位にたっていると思っているから、そのような思い上がった言葉が出てくるのよ。反省なさい」
「わかりました。反省しますから」
めんどくせーなぁ。そもそも、お嬢様が暴走しすぎなんだよね。いきなり廊下で、私のことどう思ってるとかないわ。
土曜日、お嬢様の付き添いで私も源さんのお姉さんとはお会いした。
源さんが子リス的な可愛さだとすると、お姉さんは豹のような美人だった。端的に言うとギャル系だった。化粧なければきりっとした顔立ちで好みなのに。
それはともかく、お嬢様は源さんの家が、婿養子をとらないといけない家系であると調べた。なんじゃそらって話だけど、とにかくそう言うわけだ。お嬢様は源さんがお嬢様に対して嫌よ嫌よな態度をとるのはそれだ!と推察して、それを唯一穏便に解決できるお姉さんに声をかけた。
ま、お姉さんが婿をとってくれれば、誰も何も問題なく、圧力かける必要もないし。お嬢様にしては珍しいやり方だけど、きっと源さんに気を使ってるんだろう。
「は? 優香里があんたのこと好き?」
「はい。その為に御姉様、あなたには婿をとって頂きます」
言い方。言い方を考えろよ。上から目線すぎるだろ。しかも好みの男を用意するとか言ってんじゃないよ。お姉さんめっちゃいらってしてる!
「……とりあえず、ムカつくとか殴りたいとかは置いといて、別に、優香里に婿をとらす気はないから、そこは安心していいわよ」
お姉さんはこめかみぴくぴくさせながらも、さすが大人と言うべきか、お嬢様の意をくんでそう答えてくれた。
詳しい事情は優香里さんにも秘密だからと教えてくれなかったけど、要はすでにお姉さんは将来結婚する相手を決めていて、それで優香里さんが婿入りする必要がないらしい。話が早くて助かるけど、なんで優香里さんに秘密なんだろ。
「相手が色々あるのよ。そこまで首を突っ込む権利はないでしょ」
「はい。十分です。ただ、詳しくは秘密と言うことですけれど、優香里さんにはせめて、婿の必要がないことくらいは説明されたらいかがでしょう? そうでないと、好きな私に告白できない優香里さんが不憫ですわ」
「……あんたの言うことが本当とは、とてもじゃないけど思えない。勝手に調べられて胸くそも悪い。それでも優香里の紹介だし、あんたのことを信頼しているみたいだから話したのよ」
「そうですか。もちろん、言う言わないは御姉様のご自由ですわ。ですがもちろん、私から勝手に優香里さんに言う言わないも自由だと言うこともお忘れなく。他人の口から御姉様の婚姻について聞くなんて、優香里さんはどんなに心痛めるでしょうか。おかわいそうに」
お姉さんはめちゃめちゃ苦虫を噛み潰したみたいな顔している。まあ、どう考えてもお嬢様のやり方は強引だし、話し方もかんにさわる。
まして優香里さんがお嬢様にべたぼれだから、別に自分は好きじゃないけど仕方なく根回ししてると言うその言い回しはなんなんですか。
どう見てもお嬢様自身も優香里さん大好きなのはわかりますけど、お姉さんの立場では面白くないってわかるだろうに。
「ちっ。いいでしょう。それとなく伝えるわ。言っておくけど、優香里に無理強いしたり、おかしなことをしたら、あんたが誰であろうと、容赦はしないわよ」
「おかしなことを。私がそのようなことをするなど、あり得ませんわ。御姉様を怒らせるようなことはないと、誓っても構いませんわ」
すでに怒らせてるっつーの。ほんとにこのお嬢は。わざとかっての。この人の場合、わざと人を小バカにするときもあるから、どこまでわざとでどこから天然で高飛車なのかわからん。
とりあえずお嬢様が本気で源さんを好きなら、普通怒らすべきではない人に印象が最悪であることを除くと、おおむね予定通りに対談は終わった。
そして週明けの本日、お嬢様はこれで源さんが私に素直になるわとにやにやしていた。きめぇ。
でも、さすがに源さんに大嫌いと言われて落ち込んでるのは、一瞬ざまぁと思ったけど、ちょっと可哀想になってきた。
「お嬢様、いつも源さんはお嬢様につんけんしていて、そこが可愛い可愛いと言ってたじゃないですか。落ち込む必要はないでしょう?」
「あなたは本当に、愚かね。あれは優香里さんが自らの責務に忠実であろうとするがためにしていた態度なのよ。その必要がないと知った上で、あのような態度をするなんて、しかも、今まで以上に拒絶されたのよ。この意味がわからないの?」
「はあ。解説をお願いします」
言い回しがややこしいんですよ。て言うか、素直になってよし、じゃあ素直に! ってそんなすぐなるかもわかんないし、照れ隠しとか、逆にどうしていいかわかんない!とかなったとか、いくらでも理由は考えられると思うんですけど。
そこまでショックを受けるか? 逆に喜んでもおかしくないのに。
お嬢様はぼんくらな私にキッと目をつり上げて、涙目のままはっと鼻で笑う。
「この、御馬鹿。御姉様から話をきいて、より、直接的に私を拒絶すると言うことは、私のことを、好きではなかったと言うことよ」
は? 何言ってんだ?
「私が、優香里さんが私を好きだと言うのは思い込みで、それを知ったから、思い込みをただそうと、ああいう態度だったのだわ。きっと、私を、き、きもちわるいと、おもっているのだわ……!」
「……」
いや、ねーよ。どう見てもベタぼれだったから。なんでそんなネガティブなんだよ。あー、あれか。お嬢様これ、初恋だしね。お嬢様も人間らしく、ネガティブになることあるんだねー。はぁー、めんどくさ。
「そんなことありませんって。照れてるだけですって。ふぁいと、おー」
「いい加減なことを! いいからあなたはお黙りなさい!」
私が何を言っても聞かないだろう。仕方ないから、源さんから何らかの応答があるまで、お嬢様にはしょんぼりしていてもらおう。
けして、お嬢様が落ち込むのはレアだからこのままにしておいたほうが面白い、なんてことではない。
○