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星野さんとお姉ちゃん

「優香里さん」


 名前を呼ばれるだけで、こんなに嬉しい気持ちになるなんて知らなかった。どきどきして、たまらなくて、だけど少しだけ切ない。

 私は星野さんと仲良くなれて嬉しいけど、仲良くなってはいけなくて、嫌いになってもらわらなきゃいけないのだ。


 学生時代くらいと星野さんに好き好きしてたら、ガチで目覚めて、大人になっても戻れなくなってしまう。百合なんて二次元だけで十分だ。

 最近は黒髪ロングのキャラを見かけるだけで星野さんを思い出してきゅんきゅんしちゃうけど、まだ手遅れではないはずだ。


「な、何? 私は星野さんに用なんか全然ないんだけど」

「私は優香里さんと、用などと無粋なものがなくてもお話ししたいけれど、今日は用事があるの」


 ごふぉぅ。なんでそうも口説き文句みたいなことばっか言うのか。わざとにさえ感じる。私と意味もなくおしゃべりしたいんだって。うふふ。恋人みたい。なんて和んでる場合じゃない!


「へ、へぇ。そうでございますか。で、なんでございましょうか」

「ええ、少しばかり小耳に挟んだのだけれど、優香里さんのお姉さんとお話してみたいと思いましたの。出来ることなら、ご連絡先を教えていただきたいのよ」

「へ? おね、あ、姉に?」

「ええ」

「えっと……いいけど、お、あ、姉に聞いてからでもいい?」

「ええ、もちろん。お願いするわね」


 はっ。普通に会話してしまった。でもさすがに、内容が内容だし勝手に断れないものね。

 て言うか、え、マジでなんの用なの? てかなんでお姉ちゃんのこと知ってるの? こわっ。

 て言うか、て言うか。私じゃなくてお姉ちゃんに用があるんじゃん。いいですけど。なんですか。もしかして最初からお姉ちゃんのこと知ってて私に話しかけてる系ですか? とんだピエロだよ!


「あら、優香里さん、もしかすると、拗ねているのかしら? 可愛らしいわね」

「んべっ、つに!? いい意味わかんないし! や、やだなー。自意識過剰ですよー」

「では口調が変化されているのは?」

「い、いつもこうですしおすし」

「?」

「なっ、なんでもないです」


 やべ、つい。おかしなやつと思われたか? いや、思われた方がいいのかも? でも頭でわかってても、やっぱり星野さんに変に思われるのはやだなー。


「と、とりあえず、姉には話しておきますけど……あの、姉と、知り合いなんですか?」

「いいえ。だけれど、これから親しくなる予定ですわ」


 え……ど、どう受けとればいいの? これからって、つまり、え、お姉ちゃんに一目惚れして近づきたいとかそう言うの? いやいや、そんなまさか。私の姉ってわかるわけないし。星野さんが好きだからって意味なくピンクフィルターかけるのいくない。

 でもじゃあ、なんだろう? なんかわかんないけどもやもやするよー! どうせ私のものにならないんだから、今くらい黙って夢見せてくれてもいいのに。


 矛盾してるのはわかってるけど、いいんだよ、恋する乙女なんだからしかたねーべ。


「ふふ、気になりますか?」

「んんっ、べ、別に。て言うか、星野さんについて気になることなんて、ないし。全然、星野さんの顔とか、髪とか、香りとか、好みのタイプとか、何一つ気にならないけど」

「……んんっ。ゆ、優香里さんになら、教えてさしあげても、構いませんわよ。どうしてもと仰られるのであれば」

「き、気になってないってば」


 星野さん、人の話聞かないな。唯我独尊かよ。ギャップがあってきゅんきゅんするなぁちくしょう。あー、それにしても、本当に、星野さん、いいよねぇ。


 ちらりと星野さんを見ると、何故かちょっと照れたみたいな顔しててめっちゃプリティ。

 はぁ。まじで、一生を共にしたい。星野さんのためなら社畜になるよ。ちゅっちゅしてー。


 でも、そーゆー訳にはいかないんだよねぇ。私が男だったら……本家に行くからなしとして、星野さんが男だったらいいのに。

 ……ないかな? ちょっと、一回聞いてみようかな。ワンチャン! ワンチャンお願いします!


「じゃ、じゃあさ、ちょっと、聞いてもいい?」

「えっ、え、ええ。いつでもどうぞ」

「あのさ」


 私は星野さんに近寄って、耳元に手を当てて内緒話をする。あ、めっちゃいい臭いする。星野さんのフローラルな香りくんかくんか。

 はからずも知りたいことを1つ知ってしまった。それはともかく質問だ!


「あの……星野さんの家、男の子を女装させて育てる伝統とかない?」

「……あの、質問の意図をはかりかねるのですが。と言いますか、意味がわからないのだけど」

「え、あ、ストレートに聞くと、星野さんってもしかして万が一、男の子だったりしないかなと、思いまして」

「……そう見えるのなら、とてもショックなのだけれど。私は、生まれてから死ぬまで女だわ」

「あぁ、そう」


 星野さんはめっちゃ戸惑ったようにしながら答えてくれた。

 ちっ。ワンチャンなかったかー。わかってたけどさ。そんな漫画みたいなことないよ。


「答えてくれてありがと。それじゃ、もう私帰るね。ばいばーい」


 がっかりしながら帰ることにした。あ、そうそう。明日金曜だし、今日のうちに確認しとかないと、星野さんへの回答が週明けになっちゃうや。

 忘れないようにメモっとこ。


 ペンで左手の甲に星野さんと書いた。ちょっとだけ、所有者名書いてあるみたいでにやけるかも。でへへ。








 お姉ちゃんは全然オーケーと言うことで、電話番号を伝えてあげたのは昨日のこと。今日、お姉ちゃんが言わなくてもいいのに早苗ちゃんに会ってくるねーと出掛けていった。

 ふざけんなよ! 色々ふざけんな!

 まず、私まだ星野さんの番号知らないし、私まだ下の名前で呼べてないし、私まだ早苗たんとデートしてないのに! ひどいよひどいよー。


「……はぁ。なにやってんだか」


 いい機会だ。頭を冷やそう。確かに星野さんは可愛い。プリチーできゅあきゅあだ。

 でも、そんなパーフェクツな星野さんが、ただ親に言われるまま大人しく優等生(笑)してただけのつまんない私に振り向くとかありえない。

 そもそも振り向いたとしても、女同士で子孫ができないんだから仕方ないじゃない。だから、もし万が一兆が一、星野さんが私を好きだといってくれたとしても、断るしかないのだ。


 あぁ、ごめんね星野さん。

 あ、はい。まじですみません。思い上がってます。妄想くらいいいじゃん!


 ともあれ。私は星野さんとは付き合えない星の下に生まれたのだ。星野さんだけに。みたいな。

 いい加減、私かなり星野さん好きすぎだし、嫌われるだけじゃなくて、私自身も嫌いになる努力しないとダメかも。全く望みなくてフラれて疎遠になっても、ずっと好きだとさすがにまずい。


 よし、切り替えよう。私は星野さんが好きじゃない。むしろ嫌い。嫌い嫌い大嫌い。


 あの、ちょっとタレ目の黒目がちの目とか見てるだけで癒されるし嫌い。

 ちょこっとした小さめの口も可憐で嫌い。

 丸顔で頬のすべすべぷにっぷりも、ちょっと赤みがかってるのも赤ん坊みたいで可愛くて嫌い。

 さらさらつやつやの黒髪が優雅で嫌い。

 前髪がぱっつんなところが、ちょっと幼女っぽい雰囲気だしてて嫌いだ。


 うーん。こうして並べると、顔だけでも嫌いにならなきゃいけない要素が多いなぁ。でもまだまだぁ!


 ほやほやした口調で何言っても柔らかく聞こえる声も嫌い。

 そのわりに強引に話を進めていくところもきゅんとして嫌い。

 私が何言っても堪えずに、笑顔でスルーする胆力が嫌い。

 そもそもあんまり人の話を聞いてない、自信ありげで余裕な態度も頼もしくて嫌い。

 当たり前みたいに私に話しかけてくる気安げな態度も、お嬢様らしい上品さとのギャップで親しみやすくて嫌い。

 勉強があんまり得意でないみたいだけど、努力を惜しまず休み時間にも私にちょくちょく聞いてくる。そんな努力家で、かつ人に教えを請うのをためらわない高潔な潔さが嫌い。

 そんでもって、常に優美さを失わない所作も嫌いだし、教わるときでも自信満々なところも嫌いだ。


 ぱっと思い付くのはこれくらいかな、うん。

 これだけの要素を全部嫌いになれば、間違いなく私は星野さんを大っ嫌いになるに違いない。


 素敵な星野さんなんて嫌い。可愛い星野さんなんて嫌い。綺麗な星野さんなんて嫌い。凛々しい星野さんなんて嫌い。嫌い嫌い大嫌い、と。


 うん。いいぞ。自分で言うのもなんだけど、私は思い込みと言うか、癖になるのが早いからね。きっとすぐに星野さんを見るたびに嫌いと発想するようになって、来年には星野さん自身を苦手になれるはずだ。

 なんせ私は、連休の3日間毎日起きてから寝るまでゲームしただけで、翌日の学校もゲームしたくてしたくて、道を歩いてるだけで敵モンスターが出てくるような気になってたからね。思い込みが激しいんだ。まあ、二時間目が始まる頃には治ったけど、毎日してたらすぐ体に染み付くに違いない!


 星野さんのこと好きか嫌いか?

 嫌い!

 星野さんのことどう思う?

 嫌い!

 星野さんなんか?

 大嫌い!


「よしよし。星野さんなんか……」


 おお? いかんいかん。

 頭のなかだけじゃなくて声にだそうとすると、星野さんと口にしただけで、ちょっと星野さんの笑顔を思い出してときめいてしまった。よし、もっと声にだしていこう。

 暗記をするときにも、口に出して耳からも情報を得ることで覚えやすくなるもんね!


「星野さんなんか嫌い」


 よしよし。


「星野さんなんか嫌い。星野さんなんか嫌い。嫌い嫌い大嫌い。嫌いったらー、嫌いー。星野さんのー、バカ野郎こんにゃろうめっ」


 調子よくなってきたところで、ドアが開かれた。この全く遠慮なくノックしないのはお姉ちゃんだ。振り向くと大正解なので文句を言うことにする。


「ちょっと、お姉ちゃん。勝手に部屋に入ってこないでよ」

「寝転んだまま言われても。座ってよ。私のパンツ見たいの?」

「短いスカートはいてるからだよ。ピンク」

「ちょっと。もう。お土産あげないわよ」

「とぅいまてーん」


 起き上がる。お姉ちゃんは私の前にナイロン袋を置いて胡座をかいた。パンツ丸見えだっつーの。お姉ちゃんのパンツ見ても仕方ないし。星野さんのパンツみたい。って、は!


「お、お姉ちゃん。今日、星野さんと会って、なんだったの?」

「ん? ああ。それよりちょっとぶつぶつ言うのが聞こえてたんだけど、早苗ちゃんのこと嫌いなの?」

「えっ、あ、まぁね。星野さんなんて大嫌い!」

「なんでドヤ顔で言うのよ」


 え、ドヤ顔してた? うーん。まあ、さらりと嫌いって言えたしね。これは順調な証!


 お姉ちゃんはちょっと呆れてから、何故かにやりと笑う。むむ。嫌な予感。


「優香里、私、あんたこと大好きよ。ちょー可愛がってるわ」

「は? なに、いきなり」


 この人はまた、何を言ってるんだ。

 お姉ちゃんはいい加減ですぐ学校サボったり、あ母さんたちとよく喧嘩したりしてるけど、だからと言って私と仲が悪いわけではない。


 正直、ちゃらんぽらんでいらってすることもあるけど、お姉ちゃんはどこかに行ったら毎回私にはお土産っていつも何かしらくれる。 お姉ちゃんは本家のお姫さまとも仲良しで、本家には礼儀を払えって言うお母さんたちには内緒だけど、暇さえあればお姫さまのとこに遊びにいってるんだけど、そんなに遠くでもないのにその都度お土産をくれる。

 勉強だってみてくれるし、こないだ私があつあつシチューをこぼした時も私には着替えろって言ってテキパキお姉ちゃんだけで片付けてくれた。

 てなわけで、好きか嫌いなら好きだし、お姉ちゃんが私を好きで可愛がってくれてるのは自覚してる。


「そんなの知ってるけど?」

「ふてぶてしいわねぇ。まあともかく、だから私はあんたに意地悪してるわけじゃないんだけど、面白いから、早苗ちゃんとのあれこれについては来週までのお楽しみとしておくわ」

「はぁ?」


 何を言ってんの? どう考えても意地悪じゃん。可愛い妹が聞いてるのに、なにを隠し事してんのさ。むむ。いらいらしてきた。大体、なにを私を差し置いて星野さんとデートしてるのさ! 私は星野さんなんか大嫌いだけどね!


「不満そうね。でも優香里は早苗ちゃんのこと嫌いなんでしょ? なら話も聞きたくないんじゃない?」

「は! そう言えばそうね。じゃあ、聞きたくな……い。ない。だって星野さん嫌いだし!」

「うんうん。私も、早苗ちゃん嫌いだから、来週までお預けね」

「んっ? 全然意味がわからないんだけど……」

「早苗ちゃんのこと好き?」

「大嫌い!」

「ぷふっ。うん、うん。はい、ゼリー買ってきたんだけど、あんた可愛いから二個とも食べていいわよ」

「わぁい! お姉ちゃん大好きっ!」

「よしよし。じゃ、早苗ちゃん嫌い運動頑張ってね」


 よくわからないけど、ゼリーだ。ゼリーだ。

 中を見ると綺麗な青いのと、ピンクのがあった。ひゅー! 美味しそう!









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