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星野さんと柳さん

「源さん」

「ん? ああ、柳さん。どうしたの?」

「これ、音楽室に忘れてましたよ」

「あっ。うーわ。ごめーん。ありがとう」


 源さんはきょとんとしてから、大袈裟なほどに顔を綻ばせた。可愛らしい。


 源さんは高校からの途中入学組だ。高校から入るひとはゼロではないけど、やっぱり珍しい。それも中学まで公立のってなるとゼロに等しい。

 正直私は、恐い子だったらどうしようと思ってたけど、源さんは分かりやすい素直な子で、成績もよくて授業態度も真面目で問題なかった。


 とは言え、本来ならそうそう、引っ込み思案な私と源さんが関わることはないはずだけど、早苗さんのせいで付き合いができた。


 星野早苗さんは超絶お嬢様で、我が家は代々星野家に仕えていて、私も昔から早苗さんのお世話係だ。早苗さんは性格が悪くてわがままで、人を困らせるのが好きと言う非常に困った人だ。

 凄い美人だけに、氷のような笑みは正直恐い。能力もあって将来も家をついで巨大な権力を持つのが目に見えている。その力を使うのにも全くためらいがないから、敵には絶対回したくない。


 私は昔から、あれしろこれしろ、やっぱりああしろ。お使い行って、おもしろいことしろ、ちょっと意味もなく逆立ちしてろ。とこきつかわれている。

 学校では押さえぎみにしていて、カリスマ的雰囲気と能力で女王様のような立ち位置を確保している。恐ろしい。


 そんな暴君な早苗お嬢様だけど、それでもまだ学生の身と言うことで、父親であるご当主様には逆らえない。ご当主様の指示で、知り合いの子だと言う源さんの面倒を見るよう言われた。

 席も隣にしたからと言われて、腹立つーと私に枕を持たせてそこに目覚まし時計を投げてストレス発散していて、どうなるかとひやひやしていた。


 だけど幸いなことに、源さんはお嬢様のお眼鏡にかなった。と言うかかないすぎた。

 私も一目でわかったんだけど、源さんはお嬢様を見た瞬間に恋に落ちていた。それが珍しくないほどの美貌をもつお嬢様だけど、そのあまりにわかりやすく、その癖お嬢様に何故か悪態をつくような態度に、お嬢様は興味をひかれた。

 そしてめっちゃ気に入った。どんびきなくらいに。その分私への被害は減ったけど。


 そんなわけで、私も源さんとは挨拶もするし、お話しすることもある。源さんはお嬢様さえ関わらなければ普通だ。

 照れすぎておかしくなってるのかは知らないけど、源さんにはこのまま、お嬢様の気を引いておいてほしい。


「あ、柳さんっ」

「え、はい。なんですか?」

「そのストラップ、にゃんた先生じゃん」

「えっ。知ってるんですか?」

「知ってるよー。それ、私もすごい好きぃ」


 源さんは私から自分のノートを受け取ってから、私が胸元にまとめてもってたペンケースにつけてるキーホルダーを指差した。

 深夜アニメにもなった少年漫画の、主人公の飼い猫だ。とっても可愛くて、ストーリーにはあんまり関係しないのに商品化されてる。


 お嬢様の隣の部屋にすみ、突然の呼び出しにも対応するために私の趣味はインドアオンリーだ。その癖お嬢様はそんな私をオタクだと笑うのだから腸煮えくり返るけど、源さんが話がわかるとは思わなかった。


「私も、好きなんですよ。漫画も外伝まで全巻持ってますし」

「えー、すごい。私、あんまりお金ないから、本はレンタルばっかりなんだよね」

「そうなんですか? じゃあ最新刊もまだですか? 貸しましょうか?」

「え、いいの?」


 いいの?と聞きながら源さんは目をきらきらさせていて、尻尾があったらぶんぶん振ってるだろうと言うくらいわかりやすい。お嬢様とは関係なくても優しくしてあげたくなる。


「もちろん。あんまりこう言うの話できる人っていませんし」

「あー。私も。お嬢様って漫画とか読まないのかと思ってた」

「案外そうでもないですけど、少年漫画読んでる人は今のとこの源さんが初めてで」

「柳さんって、少年漫画全般好きな感じ?」

「はい。源さんは?」

「私は問わずかな。少女漫画も好きだけど。アニメも見るしー、ゲームもするし。あ、ひいた?」

「いえいえ。いいじゃないですか。私も結構オタクですから」

「わー、なんか嬉しい。あ、柳さん、下の名前、香苗さんだよね? 呼んでもいい? あと、携帯電話番号も交換しようよ」

「ええ、もち」

「香苗さん」

「! おじょ、さ、早苗さん」


 携帯電話を取り出そうとすると、後ろから出てきたお嬢様が私の手を捻りながらポケットへ戻した。痛いし。

 この、無駄にカリスマってるくせに神出鬼没なのは何なんですか。


「香苗さん、源さん。校内では携帯電話の電源をつけてはダメよ?」


 あんたさっき思いっきり電話してたし。だから私が源さんに忘れ物渡しに派遣されたんだろうが。あ、痛い痛い。余計なこと言わないから手を離してください。


「ほ、星野さんっ。そ、そうなんだ。ふーん。あっそ。なら仕方ないか」


 源さんは早苗さんを見て、かっと真っ赤になってあわあわしながら頷いた。いやなんで頷くかな。だいたい普通に教室で携帯電話触ってる人いるでしょ。確かに校則であるっちゃあるけど。守ってる人いないよ。


「そうよ。ところで源さん。私のことも名前で呼んでもよろしくてよ?」

「へっ? い、いやいやいや! 別に、私、よ、呼びたくないし! 早苗ちゃんとか呼びたいとか、考えたこともないくらい呼びたくないし」


 考えてたんだ。へー。何故わざわざ墓穴をほるのか。なに? わざとやってるの?

 早苗さんは一瞬だけむっとしかけたけど、すぐに満面の笑顔になった。他の人ならずっと同じ笑顔に見えるかも知れないけど、昔から見ざるを得なかった私には、違いがよくわかる。


 ちなみに私は今までずっとお嬢様と呼んでいたけど、源さんが来てからは変に思われて距離をおかれたくないから名前で呼べと強制されてる。その癖、二人の時に呼ぶと生意気だと怒るのだからかなわない。そりゃ、さすがに付き人つきなんてこの学園にもそういないから、わからないでもないけど。

 親しくしてると見られたくないから、ちょっと面倒だけど仕方ない。


「そう? 特別にあなたなら、早苗ちゃんと呼んでも構わないのに」


 ぱっとみて、源さんがベタぼれでお嬢様、もとい早苗さんが振り回しているように見えるけど、実際は早苗さんもかなりお熱なのよね。

 ちゃん付けとか、父親にされるのも嫌がってたのに。


 特別に、と言いながら早苗さんが源さんに一歩寄って妖艶に微笑むと、源さんは茹でトマトみたいに真っ赤になってるまま、あわあわと口を開け閉めする。


「しゃなっ、さ、早苗ちゃん……」

「!?」


 素直に呼ぶとは思わなかった。早苗さんも驚いて顔を赤くしてるし。さすがにこれは源さんでも気づくだろうと言うほど赤くなってる。


「なんて、呼ばないし!」

「……そう。でも、私は勝手にあなたを優香里さんと呼ぶわ」

「えっ、ま、まあ、それは……好きにしたらいいじゃない」


 上げて落とした源さんに、早苗さんは頬をひきつらせて強引に進めようとする。するとそれに源さんはにやけた。

 私が同じようにされたら、今の言葉の冷たさと強さに、心臓つかまれたようになってびびるのに、源さんは全く気づかず、名前で呼ばれることにときめいてるらしい。心臓強いなっ。


 その源さんの態度にはまた、早苗さんもほだされて柔らかく微笑む。


「ええ、好きにさせてもらうわね。ありがとう」

「うっ、わ、私、トイレ行くから!」


 あ、逃げた。まあ、今の微笑みは、さすがに私も四六時中向けられたらまかり間違いそうなくらい、いい感じの顔だったから仕方ないか。


「さて、香苗」


 早苗さんは私をふりむいた。先程のとろけるような優しさはゼロになってる。無情だ。


「あ、はい。なんでしょう早苗さん」

「はん?」

「失礼。お嬢様、なんでしょうか」

「よろしい。報告があったわ。優香里さんが、私におかしな態度をとる理由について、特別にあなたにも説明してさしあげましょう」


 ふむ。確かに、興味なくもないけど、優香里さんと口に出すタイミングでにやけるお嬢様にはちょっとひいたから、出来れば他人のふりをしたい。まあ、そんなわけにはいかないけど。


「そうでしたか。是非、私めにも協力させてください」


 話を聞いて、さっさと二人をくっつけよう。そしたら私は、あっちいけと自由時間増えるし。


「ところで香苗」


 話をするにも廊下でするにはいかない。歩き出したところで、お嬢様が千年の恋もさめるような般若顔を私にむける。


「はて、なんでしょうか。私、早苗お嬢様にそのような親の仇を見るような顔で見られる覚えはありませんが」

「あなた、何を優香里さんと仲良くおしゃべりして、挙げ句の果てには、私より先に名前を呼び会う仲になろうとしているのかしら。死にたいの?」

「滅相もない。お嬢様の指示通り、ノートを届けただけです。ただ気があったもので。源さんから寄ってきたんです」

「……何を?」

「はい?」


 珍しく奥歯にものがはさまったような話し方をするお嬢様に、私が首をかしげると、苛立たしげに眉をよせた。


「何を、話していたのよ」

「この子です」


 私がキーホルダーを指し示すと、お嬢様は殊更、小馬鹿にするようにふんっと鼻をならした。


「このオタク臭い猫が? 優香里さんは猫がお好きなのかしら?」

「いえ、この子が出ている漫画について。源さんはお嬢様の嫌いなオタクだそうですよ」


 お嬢様は目に見えて動揺した。漫画のひとつも読んだことないくせに、イメージで私を馬鹿にするからだ。やーい。だいたい私が二次元にはまったのは半分以上お嬢様のせいだから。


「!? き、嫌いだなんて、そのような下品な物言いはしていないわ。そう。優香里さんが……香苗」

「はいはい。私の漫画をお部屋にお持ちすればよろしいんですね」

「冗談でしょう。あなたの手垢がついた本など。新しいものを買っておきなさい」

「わかりました」


 しかしこれで、漫画を読んで印象をかえてくれれば、私へのオタク嫌みも減るだろう。全く。ちょっと部屋中マンガとラノベだらけで、ちょっと肌色が多い表紙が散乱してるからって、オタクオタクと馬鹿にしないでほしいものである。

 私はただ、男主人公がハーレムを築きながら活躍する爽快な話が好きなだけで、ちょっとパンちら胸ちら裸ちらがあるのは単なるスパイスだと言うのに。私を変態のように言うのはやめていただきたい。









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