私と星野さんの日常
今まで私の人生は順風満帆だった。何一つ間違いがなくて、何一つ怒られなくて、何一つ咎められない、優等生な人生を送ってきた。これからもずっと、そうしていくつもりだった。
なのに、どうして。本当に自分でもわからない。完璧(笑)なこの私が、どうして、同性なんて好きになってしまったんだ。
「あら、どうかしたの? 源さん」
「なっ、なんでもないっ。話しかけないでよ、ばーかっ」
「あらあら」
ぐ、ぐうぅ。ああもう星野さん可愛いよーーー!
私の家は代々続く女系の旧家だ。と言ってもあくまで傍系で、引き継いでいく伝統とかうちにはないけど、でも大昔に本家が訳あって名字が変わり、うちだけが名字を引き継いでる状態だったため、男児が生まれたら結婚させて本家に名字を返す約束になっている。
しかし元々女系ではあるんだけど、ずっと女しか生まれていない為、うちはいつか男が生まれるまで、絶対に名字をなくさないよう婿養子を迎える必要がある。
うちは姉と二人姉妹だけど、6つ上の姉は昔からちゃらんぽらんで反抗的で絶対素直に婿なんてとらないと、私が跡取りとして名字とともに子孫を残す義務があると小学生の頃から言われている。だからこそ、私は女の子を好きになったりしている場合ではないのだ。
漫画みたいな話で、うちは別にお金持ちでもないし、人に言っても信じてもらえないかもだけど、今では殆ど血が繋がってないにも関わらず、毎年本家には顔を出していて非常によくしてもらっている。
元々姉と弟が本家の姉と分家の弟に別れてからも仲がよくて、分家の支援をしていたのが始まりらしいが、それが今でも続いているのは驚きだ。
私も他人事として聞いたら信じられないかも知れないけど、自分としては昔から本家は気のいい親戚としてお世話になってるし、これが当たり前だと思ってる。
よくしてもらってるわりに、お嬢様として本家の人みたいに厳しく育てられてるわけでもなく、ただ婿をとればいいだけだ。だから当たり前に私は婿をとって、できれば男の子を産んで本家に恩を返せたらいいなと思っていた。
「源さんは、可愛いわねぇ」
「だっ、だから、話しかけないでってば」
なのに、私は同じクラスの星野早苗さんを好きになってしまった。本家のご先祖様が弟の家から名字を取り戻したいと言ったと言う話を、いい話だなーと思っていたけど、源とか別に珍しい名字じゃないし他所からでも婿にしていいじゃん、とか思ってしまうー!
ああ、どうした私。くそう。こんなはずじゃなかったんだ。こんなはずじゃない。
だいたい、なんで星野さんは私がこんなに邪険にするようなひどい態度をとるのに、平気でそうやって私に笑いかけるんだ。
まかり間違っても星野さんと両思いにならないように、星野さんとは一線ひいて嫌われるようにしていたのに、どうしてこうなった! 脈あるんじゃないかとどきどきするじゃないか!
ちらりと星野さんに視線をやる。にこにこしていて、ほやんとした雰囲気が癒し系で、黒髪がさらさらでお姫様系で、めっちゃ可愛い。
今だって、見つめずにはいられない。何ならさっきからずっと見てた。そのせいで気づかれて声をかけてきてくれたのはわかってるけどやめられない。だって隣にいる星野さんは、視線を外すのが難しいくらい可愛くて、一挙手一投足に見とれるくらい優雅で、ああとにかく素敵。
ずっとこうして見つめていたい。この瞬間を切り取りたいけど、さすがに写メとったら怪しすぎるからできない。ああ、星野さんの写真ほしいなー。もうなんなら、ほっぺのどアップで誰だかわからないくらい近くてもいいからほしい。星野さんだけは見分ける自信あるし。
「あのさ、星野さん」
「あら、話しかけてほしくないのではなかったの?」
「ぐっ、う、うっさいな。私の勝手でしょ。なに、嫌なの?」
「いいえ。源さんが話しかけてくださって、嬉しいわ」
そんな風に言ってもらえて私も嬉しいっときゅんきゅんしてる場合じゃない。
星野さんが私に構う理由を聞いて、何とか星野さんから嫌われないと。安心して、星野さんを遠くから見つめることができないじゃない!
「……と、とにかく、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ええ。源さんなら特別に、スリーサイズを教えても構いませんわよ」
「いいっ!? い、いらないからっ。そうじゃなくて、なんで、そんなにこにこしてるの? 私、態度悪いと思うんだけど?」
「源さんが、可愛いのだもの」
「ぐっ。ば、馬鹿にしてるよね?」
「まさか。本心ですわ。信じてはくれませんの?」
星野さんが言うなら信じます! でも解決方法がわかんねー! あぁ、なに、なんなの。マジで、脈ありですか?
すごくどきどきしちゃうんだけど。星野さんと子孫つくりたいんだけど。なんで星野さん女の子なの。神様残酷すぎぃ!
「……ほ、星野さん、さぁ。いつも、こうやって、私に話しかけてくれるけど、なんで?」
「あら、お友だちに声をかけるのに、理由が必要かしら?」
「お、お友だちなんかじゃないし。なった覚えないから」
「冷たいのね。でも、そんな連れないところも、私は好きですよ」
好き!? う、他意がないってわかってても、嬉しすぎて頭がフットーしちゃうよぅ!
○
星野さんとの出会いは入学してすぐだった。うちは本家の支援の元、高校は本家関係の古い私学に通うことになっている。
由緒あるお嬢様学校で、庶民育ちの私はちょっぴり浮いていて、緊張する私の隣の席に座った星野さんが声をかけてくれた。
「初めまして、星野早苗と申します」
その言い方変じゃね、とか以前に、その美貌にびっくりした。あんまりに綺麗なんだもん。うちの本家のお姫様もたいそう可愛らしいけど、どことなく我が家の家系とも似てるからそんな気にならなかったけど、この星野さんときたら。まさに傾国しちゃうレベルの美少女。
人並みに男の子に恋していた小中時代の記憶はふっとんで、完全に恋に落ちていた。
「? どうかしたのですか? 具合でも悪いのかしら?」
「いっ、いえ、大丈夫です。私は、源優香里です」
「そう。ならいいのだけれど。お隣さんなのだから、仲良くしてくださいね」
そうおっとりと頬に手をあてて言う星野さんに、恋情を自覚した私はもうパニックになってしまって、
「い、いえ、いえ! そんなとんでもない! 仲良くしたくありません!」
と言ってしまった。
今みたいに嫌われようとしてのではなく、あまりに綺麗で恋しくて恐いほどで、そしてアイデンティティの崩壊も危惧して、無意識にそう言っていた。
失礼極まりない私の言葉に、星野さんはきょとんとしてから、ころころと鈴の音みたいに涼やかに笑う。
「ふふ、面白い方ね」
か、可憐だーー! まさに大和撫子! 寿司天麩羅神戸牛! 今すぐ抱き締めたい!
そうして悶える私だけど、ここで私のアイデンティティーである、婿養子の存在を思い出してはっとする。女の子に恋してる場合やないでー。これで同性愛に目覚めたら子孫繁栄できないんじゃー。
よし、万が一にも両思いになってガチで目覚めないようにしつつ、可能な限り星野さんを見守ろう。こんなに可愛いんだから、高校時代の全てを捧げて見つめなきゃ!(使命感)
そして見つめてたら頻繁に声をかけられるようになり、出会って2ヶ月たった今ではお昼も一緒に食べるし、はい二人組つくってーイベントでは鉄板です。
あ、ありのまま(ry
てなわけで、星野さんといられてサイコーでありながらもハラハラして、嫌われよう作戦を実行する日々であります。夏休みまでには嫌われて、二学期からは単なる隣にいて見つめるだけの他人になれたらいいなって思ってます。
「源さん、さっきの授業、最後の課題わかるかしら? 一緒にやりませんか?」
「いっ、嫌だし。星野さんなんかと一緒とか、おそれ多いし、絶対やだ」
「そのようなこと、言わないで。はい、教科書をしまわないの。この公式ですわ。おわかり?」
「わかるに決まってるよ。今習ったところなんだから」
「まあ。では、教えてちょうだいな」
「えっ、こ、こんなのもわかんないとか、馬鹿じゃないの」
「ええ。馬鹿なの。もちろん、賢い源さんなら教えてくださるわよね?」
「ぐ、ぐぅ。い、いいけど別に」
仕方ない風を装って教える。これなら本当に簡単だ。数学は得意だし。てか基本、この学校簡単なんだよね。
手を動かしながらちらりと星野さんを盗み見る。手元のノートを見つめることで、星野さんの長い睫毛が影を落として、とても色っぽい。
あぁ、星野さんカワユス。
星野さんを見つめつつも問題をとくのはやめない。ノートも視界の端には入っているので問題ない。ちょっとでもバレない内に星野さんを堂々と見つめたいので、ついでに同じページの練習問題を全部解いて解説していく。今日習った分の範囲外もあったけど、応用だからオーケーだ。
「はい、完了」
もう終わった。ちっ。この程度か。
星野さんが視線をあげたので、目をそらす。星野さんはにっこり微笑む。くそっ。直視してぇ。
「ありがとう、源さん。よくわかりましたわ」
「べ、べべ、別にっ? てか、星野さんのために教えたんじゃないからね。勘違いしないでよ」
「あら、私の為ではないと言うことは、では、源さん自身の為に教えてくれたと言うことなのかしら?」
「へっ? え、と。まあ、そんな感じ?」
「嬉しいわ。私に教えるのが源さんの為と言うことは、私のことが好きだから、私に尽くすのが、源さんにとっての喜びと言うことね」
「はぁ!?」
星野さん頭イカレスギぃ! いかすわぁ!
そう言う自己中の塊のような発言をあっさりして、にやにやしちゃうとこも、可愛い。だって顔が可愛いから。他の人なら全力でドン引きだけど、星野さんだとうっとりしてしまう。
「あ、頭、おかしいんじゃないの。ほんと、星野さんて、ばっかみたいねー」
だけどそんなことを表に出すわけにもいかないので、口ではそう言っておく。これに傷ついて引いてくれたらいいんだけど。
嫌われるのは悲しいけど、傷ついた星野さんの表情もちょっと見てみたい。
「そうかしら? でもそうね、私、馬鹿かも知れませんわ。だからこれからも、教えてちょうだいね」
星野さんはあっさりと、そう微笑んだ。石になりそうなほど、可愛かった。