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珈琲フロート

 暑くなってくると、食べたくなるメニューというものがあるような気がする。


 辛いアジアンなメニューであったり、冷たい麺類などであったり。このあたりは最近はコンビニでも期間限定で取り扱ってくれたりするので、手軽に味わうことができるように感じられる。

 家で食べるのに、不向きなメニューという物もあるだろう。

 例えば、かき氷。

 よほど好きでもない限り、子どももいないのに、自宅にかき氷器を常備している人は、少数派ではないだろうか。

 特に最近流行りの、シロップからこだわった高級志向のかき氷なんてものは、お店で食べてなんぼのものだと思う。まあ、昔ながらの香料と着色料で味の違いを錯覚させるチープなシロップがかけられたアレも、それはそれで良さがある。あっつい夏の最中に、汗をだらだら流して食べるこその良さと言うべきか。


「ってことで、夏になるとさ、無性にクリームソーダが飲みたくなる時があるんだよね」


 今日も今日とて、いつものカウンター席で、彼女は、店主の亜里沙相手に持論を述べる。

 この店は、外の暑さを忘れさせてくれる程度には涼しいが、普通のクーラーよりも、何処か肌に当たる感触が優しい。初夏よりも、真夏の方が厚着にならざるを得ない昨今の状況は如何なものか。クールビズと声高に訴えられても、実際に周囲を見回してみれば、世の女性たちは長袖カーディガンを携帯必須になっているではないか。

 満員電車で、濡れた他人の腕がぴたりと触れる感触が、嫌だという可能性も否定できないが。


 彼女が内心でする独白はだいぶ話が脱線していたが、注文のメニューを作りつつ雑談に応じる亜里沙は、カランと氷を鳴らしながら笑顔を浮かべた。

「そうなんだ。今度、ウチでもメニューに置こうか?」

「うんにゃ。あれはあれで、あのチープな甘さが良いから。昔ながらの喫茶店か、何処にでもあるチェーン店で頼みたい」

「ウチのメニューだと、あんまり『普通の』ソフトドリンク置いてないからね」

「コーラとかが飲みたかったら、それこそコンビニ寄って帰るし」

 この店が、たまにメニューに載せる炭酸飲料というものは、ジンジャーエールなどに代表される、こだわりシロップを炭酸水で割ったものだ。

 人工甘味料の甘さとは、異なる『お店』の味である。


「見た目が、なんとなく涼しげっていうかさ。グリーンの炭酸水にアイスクリームっていうのが」

「食べ物の見た目って大事だものね」

「本当、本当」


 暑い時季には、妙に炭酸を身体が欲するという気がする。

 それもやはり、清涼感を求めているのだろう。


 クリームソーダの氷は、是非ともクラッシュタイプの氷であって欲しい。半分アイスの混ざった氷のところを掬って食べるのが好きなのである。

 ところで、あのアイスを食べるタイミングというのは、何処に正解があるのだろう。

 これもまた、妙なこだわりだとは思うのだが、クリームソーダのメロンソーダが濁ることがあまり好きではないのだ。ソーダはあくまでも、透き通った状態をキープしたい。と、なると、必然的にアイスクリームが本格的に溶ける前に、その部分を食する必要がある。そのまま泡のようなアイスの名残の層を残して、後半はメロンソーダのみを楽しむのだ。

 子どもの頃は、アイスが溶けて、全体を混ぜて濁らせたソーダを飲んだりもしていたのだが、何時の頃からかこのやり方に落ち着いていた。こだわりなんてものは、言い換えれば『自分ルール』なのだから、正解なんて無いのは承知の上でも、世の多数派か否かということは気になる。日和見主義の現代人の悲しい性だ。


「はい、お待たせ」

 そんなことを考えている間に、亜里沙が差し出したものは、アイスコーヒーの上にたっぷりとアイスクリームをのせた珈琲フロートだった。

「ありがとー」

 受け取って、隣に添えられたガムシロップを、どぼどぼと注ぐ。手作りらしいこの店のガムシロップは、量の割にはそこまで甘さはくどくない。

 この店の珈琲の中でも、アイスコーヒーに使われている豆はかなり強めの深煎りのものであり、だいぶ苦味が強い。ガムシロップを足しても十分に苦さと珈琲らしさを感じられるのだった。

 アイス部分に触れぬように、だが沈殿する糖質を全体に行き渡らせるように、注意して混ぜると、ストローを口にくわえた。


 アイスコーヒーを飲むと、同僚の話を思い出す。

 同僚が学生時代バイトしていたところでは、珈琲豆を取り扱っていたそうだが、傷んだ豆やら期限切れで回収してきた豆やらを、深煎りにし直してアイスコーヒー用にリサイクルしていたそうな。

「アイスコーヒー用なんて、信用ならないよ!」と、当人は言っていたが、既に『時効』な時代の話ではあるらしい。

 そんな同僚は、がっつり珈琲派であり、現在も美味しく市販のアイスコーヒーを頂いている。別にトラウマとはならなかったのだろう。


 そんな美味しく頂くには、不向きな話を脳裏に浮かべていたとしても、この店の珈琲には関係無い話であり、美味であるので問題ない。


 少し珈琲を飲んだところで、スプーンを手にし、アイスクリームに差し入れる。

 夏の間だけメニューに載せられる手作りのアイスクリームは、それだけで食べても濃厚なミルクの味が楽しめる。

 シンプルな、外れの無いようなメニューでありながら、しっかりした素材の地力が出るアイスだ。バニラビーンズなどを入れていないので、スイーツ担当の零さんこだわりのアイスクリームは、あくまでも『ミルク味』なのである。


 珈琲フロートと、クリームソーダの差は、なんというか、食べる途中のこだわりにも表れてくる。

 珈琲フロートの場合は、アイスは食べきらずに、半分程残しておいたコーヒーに混ぜ込むのを良しとするのだ。

 透明感を楽しみたいソーダと、ミルクコーヒーにして二度美味しい珈琲の差であろう。


 だからここからは、アイスが溶けていく時間すら、ゆっくりと楽しむことにしよう。

 急いで外に出ても、真夏日の日射しに死にかけるだけだ。涼しい店内で、一時はそんな暑さを忘れたい。

 中庭もそんな日射しを遮るように、いわゆるグリーンカーテンという様子でツルが窓側を覆っている。

 木漏れ日に似た、優しい日陰を作っているそこの、黄色の花と緑の実の数と大きさを視線で数えてから、彼女は本日の『お供』たる買ったばかりの書店の袋を開けたのだった。

毎日、暑い……

この一気に暑くなった感じで……体調が、いまいちであります……皆さまご自愛くださいませ……

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