猫の小路カフェ ~とある父子~
久しぶりの『お遊び』のネタです。
このどっかで見たことのあるような父親を含めた父子は、以前にもちょろっと出てます。
カランカランという澄んだベルの音が店内に響く。
来訪者を迎えたカフェの中に、健康的に日焼けをした小学生位の姉弟と、若々しい外見の父親が入って来た。
「あー……、暑かった!」
「やっぱりクーラーは必要だよーっ」
賑やかに喋る子どもたちは、店員の案内も必要とせずに、慣れた様子で空いた席に向かう。父親は子どもたちのその姿に少し苦笑しながら後に続いた。
「あら、いらっしゃいませ」
子どもたちが勝手に席に着いたタイミングで、店主である亜里沙が父子に声をかける。お冷やを彼らの前に運びながら笑みを浮かべた。
「幸斗くんも真守ちゃんも、夏休みが終わる前に、お父さんの所から帰って来たんだね」
「亜純と夏祭りに行く約束してたし」
「夏休みだもん。こっちの友だちと遊ぶ時間も欲しいから」
亜里沙の言葉に、幸斗と真守と呼ばれた子どもたちがそれぞれに返事をする。自分の弟である亜純の名を聞いた亜里沙は、少し苦笑を浮かべた。
「二人は宿題終わったの?」
「うん」
「だ……だいたい終わってるよ」
即答した幸斗に対して、真守は少し視線を泳がせた。
「亜純もまだみたいだから……そこのあたり釘刺しておかないとね」
亜里沙はそう言いながら改めて父子に向き直る。子どもたちの様子に、穏やかな表情ながらも苦笑まじりになっていた父親は、そんな店主に短くオーダーを伝えた。
「俺は、『いつも通り』で」
「はい」
亜里沙が微笑みで応える。二人の子どもたちは、メニューも見ずに、勝手気儘な注文を始めた。
「お腹空いたな……」
「ごはんの前だから、あんまり食べたらママに怒られるけど……」
「なんか、ちょっとお腹に溜まるのが良い」
暴虐無人にも思える子どもたちの行動だが、それは二人の母親がこの店の従業員であり、幼い頃から四六時中出入りをしている場所であるという事実が根底にある。
店主である亜里沙にとっても、真守と幸斗の姉弟は、弟の幼なじみであり、可愛いがってきている相手である。店の中で大騒ぎする訳でもなく、客に迷惑はかけない以上、融通が付く範囲ならば、おおらかに対応しているのだった。
「じゃあ、商店街のお祭りの出店用に仕込んでいる、タピオカでも出そうか?」
「タピオカっ」
「ミルクティーで?」
「うちはお茶を出す店だからね。真守ちゃんのは甘めにしようか?」
「うんっ」
子どもたちの我が儘に嫌な顔をすることなく応じた店主の様子に、父親は軽く頭を下げる。
「いつもこの子たちが、世話になって申し訳ないです」
「そんなこともないですよ。『うち』の方こそ、零さんにはお世話になってますし」
亜里沙から出た自分の妻の名に、父親は少し困ったような苦笑を浮かべた。
しばらくして亜里沙が運んで来たトレイには、このカフェでは見慣れないメニューと紅茶のポットが載っていた。
それを作ったのが、料理を担当している店主の雄大ではないことを悟って、子どもたちは二人共に、何とも言い難い表情をした。
「……父さんも母さんも、仲良いんだから、さっさと一緒に暮らせば良いのに」
「……るっせ」
「パパ、普段甘いの食べないのに、必ず追加で頼むくらいだもんね」
「強い癖の茶を頼んでるから、少し甘いものも欲しくなるんだよ」
子どもたち相手に大人げなく言い返し、父親はポットのお茶をカップに注ぐ。キーマンの独特なスモークに似た香りが立ち上がった。
亜里沙が続けて運んで来た、タピオカ入りのミルクティーの太いストローを、幸斗はぐるぐるとかき混ぜて苦笑する。
「どうせ父さんが、子どもっぽいことして、母さん怒らせたんでしょ」
「違うって……」
「まあ、ママもママでぼんやりしてるのに頑固だからね」
「……」
このやり取りもいつも通りのことだと、父親はため息をついてカップを口元に運んだ。
日頃、離れて暮らしている子どもたちと、共に過ごせる大切な時間である。大人げない口論で、無駄に消費するのも馬鹿らしい。
今は離れて暮らす妻もまた、この賑やか我が子たちに毎日振り回されているのかと、思い浮かんだ感傷を、彼は甘味のない紅茶で流し込んだのだった。




