山の芋鍋
不定期にも程がある久しぶりの更新です。
残暑というには長すぎる暑い毎日が一息つき、台風一過を数度繰り返してようやく、涼しいと感じることの出来る気温となった今日この頃。
コンビニに並ぶ肉まんに、秋の訪れを感じながら、もう一枚羽織ってくれば良かったと考える。
季節の変わり目というにも微妙な最近の気温は、何を着るべきなのか、本当に頭を悩ませる。起き抜けの寝ぼけた頭では尚のことで、つい先日までの、夏の如き気温に合わせた服を選び失敗したと繰り返すことになる。
「そろそろニット出すかな……」
ふと、呟きがこぼれた。
ダークカラーの薄手のニットは、この時季に出し損ねると、着る機会が無くなるものだ。春先に着るには色が如何にも『秋』を主張し過ぎるのだ。
そんなことを考えながら、彼女は、いつもの路地の中へと進んで行った。
今日も扉の鈴は、がらんがらんと自己主張が激しい。
勢い良く引き過ぎたと、少々反省して肩を竦めながら、今度こそは勢いがつかないように手を添えて扉を閉める。
店内は、冷房の涼しさでも暖房の熱気でもない、心地良い温度に満たされていた。
「いらっしゃい」
明るい声の店主に迎えられ、定番席のカウンターに向かう。普段立ち寄る時間よりも遅くなった為か、いつも見掛けるお馴染みの顔は見当たらない。
「今日は遅めだね」
「残業だよぉ……」
ぐったりとした声を絞り出して、差し出されたお冷やのグラスを握る。カランと鳴る氷の涼やかな音も、彼女の声の陰鬱さは払えなかった。
「もう、ごはん作るのも面倒くさくて……だからといって、コンビニ弁当はもう飽きた……」
「そういう時もあるよね」
「コンビニの統廃合が進んで、どんどん選択肢が狭まっていく……」
新商品が常に出ているとはいえ、何故コンビニ食というのは飽きるのだろうか。立ち寄ったものの、何だかどれも違う感に襲われて、何も買わずに店を出ることも少なくない。
せめて違う系統のコンビニを巡ることで、なんとか自分の内なる衝動と折り合いを付けていたというのに、経営統合の波がそんなささやかな努力を無駄にする。
だからといってスーパーの惣菜売り場は、夕食時が過ぎると、売り切りデッドラインを越えて、棚が空となるのだ。
自炊という選択肢を、面倒くさいからたまにはやらないという理由を付けて、『たま』の頻度については考えないようにする。
「今日のスープって……これ、何?」
いつもの手書きのメニューには、聞き覚えのない品名が書かれている。メニュー名だけではどういったものかの想像がつかない。
「具だくさんの味噌汁仕立てにしたから、パンよりごはんの方がお勧めかな」
そう言って亜里沙は微笑んだ。
「お芋で作った団子が入った味噌汁って思ってくれて良いかな。ちょっと変わった芋だけど、仕入れに入っていたからメニューに入れてみたの」
「芋の入ったって……東北の芋煮って奴?」
「これも東北の鍋料理だけどね。芋煮は里芋がそのまま入っているけど、これはすりおろしたのを中に落として団子状にしているの」
亜里沙が厨房から、ごろりとした茶色い塊を持って来た。見たことのない外見をした芋である。めったに自炊をしない負い目はあるが、スーパーで売っていた記憶はない。
「この芋が材料。長芋とかの仲間だけど、粘りが凄く強い種類なんだ。普通の長芋じゃ鍋に落としても散っちゃうけれど、これは団子状で固まるの」
「へぇ……」
そこまで言われれば、食べてみるしかないだろう。
「じゃあそれをごはんでー」
緩く注文して、ただ待つ。
ぼんやりとカウンターの木目を眺め、頭の中を空っぽにする。
オーバーワーク気味で使い過ぎた脳ミソを、意図的に休ませてあげなくてはいけないと、惚けた思考の片隅で考えた。
こうやって『何もしない時間』というのも、最近とんと減ったように思う。意味もなくスマホを弄るのに時間を費やして、結局何もやっていないなんてことも、だいぶ増えたなんて結論を導き出した。
まぁ、それが一概に悪いことと断じる気もない。
そしてこんな風に、ぼんやりとすることこそ、時間を無駄にしているとも言えなくはない。
「まぁ、無駄のない世の中なんて、世知辛いだけだしねぇ……」
陽はすっかり落ちるのが早くなっていて、中庭の様子がよく見えない。だが心地良い風と共に、うるさいほどの虫の音が店の中に流れ込んで来て、秋の風情を強く感じた。
「はい、お待たせ」
亜里沙の声に、顔を上げるのと同時に意識を浮上させる。目の前に置かれた盆には、大ぶりのお椀とご飯茶碗、豆皿が載っていた。
お椀の中身は亜里沙の申告通り具だくさんの味噌汁といった様子だった。まず視界に入ったのは芹の鮮やかな緑。次に、水面を埋め尽くすように浮いた白い丸い団子が目に入る。他にはたっぷりの野菜とキノコが入っているようだった。
一口、含む。
優しい甘めの味噌の味がする。
具だくさん過ぎて気付かなかったのだが、肉の脂の甘みもある。豚汁の一種と言っても良いのだろう。だが、主役はあくまで『豚』ではない。
主役の団子を箸でつまみ上げる。
思っていた以上に真ん丸な団子だ。このまま積み上げればお月見が出来そうである。恐る恐るかじりつく。
表面は少しトロリとしていた。長芋の仲間という説明を思い出す、粘りを意識させる感触だ。それが中心部に至ると、もちもちとした食感に変わる。柔らかいけれどそれだけではない不思議な食感だった。
もう一度、味噌汁を口中に含んだ。キノコの滋味とたくさんの野菜が、より甘みを強めていることを再確認した。しめじ、ひらたけ、えのき。栽培ものに季節感など関係ないようにも思えるが、キノコがたっぷり使われていると、やはり秋という季節を強く感じさせてくれるようにも思う。
芋の団子もたっぷりとキノコと野菜の旨味を纏っている。見た目のインパクトに反して、するすると胃の府の中へ落ちて行った。
ご飯はオーソドックスな白米。そのかわりに、豆皿にちりめん山椒が添えてあった。ご飯のてっぺんにパラリとかけて、そこを狙うように箸を入れる。
辛いというより、爽やかな風味が鼻に抜ける。少し遅れて塩気を感じ白米の旨味を引き立たせる。
「行儀が悪いのわかっていても、ぶっかけにしても美味しそうだなぁ……」
それは流石に『外食』でやるべき行動ではない。
とはいえ、一人暮らしの食卓で、これだけ具だくさんの味噌汁を用意するのは面倒くさいというのが先に立つ。
彼女はそんなことを考えながら、再び団子を半分かじり取り、もちもちと噛んだのだった。
鍋ものの定義がわからない……
味噌仕立ての場合、味噌汁との境目は何処なのか……




