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かぼちゃのプリンとマシュマロココア

 一年を通して見ても、街中が最も華やかに飾りたてられているそんなシーズン。仕事を終えて外に出ればすっかり暮れているその空も、イルミネーションを引き立てるには丁度良い。


 だからといって、何を思うかと言えば。

「リア充どもめが」

 まあ、ひとりだからといって、リアルが充実していないという、全ての理由にはならないだろう。価値観は人それぞれ。毎日に楽しみを見付けて生きていれば、文句を言われる筋合いは無い筈だ。

 負け惜しみなどではない。ええ、決して負け惜しみでは無いのだ。


 ぶるりと、なんだか身に凍みる北風に身体を震わせて、彼女はいつもの路地に入って行った。


 冬枯れの寂しい寄せ植えの代わりに、鮮やかなポインセチアの植木鉢が置かれているアプローチで少し足を止め、がらんがらんと、大きな鈴の音を鳴らして扉を開ける。そこに、ほっとする暖かい空気と優しい声が迎えてくれた。

「いらっしゃい」

「寒かったよーっ」

 寒いのは、気温のせいだ。自分だけ体感気温が低い訳では無い筈だ。

「何にする?」

 店主の亜里沙の差し出したお冷やをちらりと見て、思案する。まだこれを手にする気分にはなれない。

 コートを脱いで、隣の椅子を荷物置きとして使わせて貰う。この時季はどうしてもこういったものが嵩張ってしまう。

「温かいものが飲みたいー……ココアもたまには良いかなぁ」

 ホットココアという物も、冬場に、ふうふうと息を吹き掛けて飲みたい存在だと思ったりする。イメージなのかもしれないが、飲食物にそういった物はなかなかに大切なのではないだろうか。

 甘いココアに何を合わせるべきかと、本日のメニューが書かれたボードに視線を向けて、彼女は暫し考え込んだ。


「南瓜フェアなの?」

「え? ああ。今日は南瓜尽くしだよ」

 流石にカレーは違う様だが、スイーツ三種だけでなくスープにも、南瓜が使われている様子だった。ハロウィーンの時もこれほどではなかった。

「どしたの?」

「冬至だからね」

「……ああ、そういえば、今日だっけ?」

 クリスマス一色の世間に隠れて、すっかり忘れていた行事(イベント)だった。

「零さんと相談してね、折角だから食べて貰うのも良いねって」

 そう言いながら亜里沙が示した厨房の一角には、いくつかの南瓜が置かれている。一口に南瓜と言っても、皮の色もかたちも、様々なものがあるらしい。

「結構種類あるんだね」

「うん。いつものお兄さんが色々持って来てくれたから。これなんか、生で食べれられる奴なの。サラダに使ってるよ」

「ふーん……その変なかたちのも南瓜なんだ」

「これは甘みが強い品種だから、零さんがプリンにしてくれたよ」


 成る程、プリンか。

 甘いな。ココアに合わせるには、甘い。

 だが、それで今この「南瓜食べねばならぬ気分」を否定するだけの力はあるか。

 --否。ならば、とるべき道はひとつ。

「じゃあ、ココアとかぼちゃのプリンでー」

 甘さ控えめであるだろう、南瓜のスコーンを選ばなかったのもまた、気分なのであった。


 くるくると、小鍋をかき混ぜる亜里沙の動きをなんとなしに眺める。

 鞄の中から文庫本を取り出してみたが、冷蔵庫の中に入れていたかのように冷えきっていた。もうしばらくそのままにしようと、カウンターの隅に置いておいた。

 反対側のカウンターの隅では、いつものお兄さんが珈琲を飲んでいる。今日は珍しくブラックでは無いようだ。傍らに置かれた南瓜のクッキーらしい物はどういうことだろう。スイーツ用のガラスケースの中には無かった筈だ。後で亜里沙に聞いてみよう。


「はい、お待たせ」

 そんなことを思っているうちに、亜里沙が置いたココアの横に、マシュマロとクッキーが添えてあることに、疑問の答えの方からやってきたことを悟る。

「マシュマロは好みで、熱いうちにココアに入れてね。クッキーは零さんの試作品なんだけど、よかったら食べて」

「ありがとー」

 くれるならば、ありがたく頂こう。

 マシュマロをココアの中に投入し、しゅわりと形を無くしていくのを観察する。その最中にシンプルな四角いクッキーを摘まみ口に放り込む。サクリ、心地良い歯ごたえの後にホロホロと崩れ、素朴な風味の甘さを感じた。少し遅れて、香ばしさの影に隠れていた南瓜の風味を見つけ出す。

「なんか凄い優しい味がするー」

 ほっこりしながら、溶けたマシュマロの泡がのったココアに口を付ける。飲むというよりも、少しずつ啜るようにして、ちびちびと口に含む。

 独特の香りと、こっくりとした甘さが、冷えきっていた身体にじんわりとしみていく。かじかんでいた指先も、カップの温かさで解されていくように、体温を取り戻していった。


「はい、こっちもお待たせ」

 その一言と共に差し出されたのは、白い陶器のカップに入った鮮やかな色のプリンだった。

 添えられた小さなピッチャーの中で、濃い色のカラメルがたぷんと揺れる。

 初めからカラメルがかかっていないところが、ありがたい。

 スプーンを入れると、しっかりとした感触が伝わってきた。そのままプリンにしては固めの生地を口に運ぶ。

「かぼちゃだねぇ」

 南瓜の主張がはっきりとしたプリンだ。

 鮮やかなオレンジ色の分だけ、たっぷりと南瓜のペーストが練り込まれているのだろう。少し舌の上でざらりと感じるのが、その証拠だ。

 南瓜そのものの甘さを活かしているのだろう。甘いのだが、くどさのある甘さでは無い。後にしつこく残る感じはしない。

 もう一口、プリンを食べる。

 口の中に南瓜の味が残っている状態のまま、ピッチャーの中身をプリンに出来た窪みに注ぐ。黒に近い濃い色なのに、その過程で光を反射する様子がとても綺麗に映えている。


 カラメルと接したところを、少し崩して一緒に口へ。

 それだけでは苦い程に、強い味のカラメルだ。南瓜のこっくりとした甘さと合わせてはじめて、苦味が良い感じに利いてくる。優しく甘い南瓜の味を、きっちりと引き締め引き立てる。

「南瓜とさつまいもは、鉄板だよねえ」

「昔から、芋栗南瓜は女性の好きなものって言われているものね」

「クリスマスケーキでモンブランも多いよねーここもケーキ出す?」

「うーん、まだ秘密」


 そんな会話をしながら眺める庭は、足跡ひとつ無い銀景色となっている。金と赤のボールを飾った見事なもみの樹が、時折重たそうに、積もった雪を落としている。

「……あれ?」

 幾つか、飾りにしては変なものが混じっていると思ったら、どうやら柚子が混じっているらしい。

 本日限定なのかもしれない。


 今晩は柚子湯にでも入ろうか。そんなことを考えて、彼女はココアのカップを両手で持った。


季節ネタがクリスマスとは限らない。そんな感じ。

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