表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

スイートポテトと芋きんつば

 移動販売車は数あれど、上着を着込むことが必要となるシーズンになったことを実感させる『それ』というのは限られる。

 あれ(・ ・)はわざと、人の流れがある方向に、炎を見せているらしい。心理的にふらふらと引き寄せられて行き、売り上げアップ! となるらしい。


 とはいえ相手によっては、価格設定が幾らになるのかが、わからないのが怖いところ。おっちゃんに声をかけて、尋ねてわかる場合も少なくない。


 なんて、遭遇をした翌日。

 彼女はいつもの店のいつものカウンターで、憮然とした顔をしていたのであった。


「どうしたの?」

 店主の亜理沙が困った顔で問いかける。

「また、困ったさんな同僚が、何かやらかした?」

「あいつが馬鹿なのはデフォルトだから」

 優しい店主に甘えて、職場の愚痴を聞いてもらうことは少なくない。使えない同僚が『使える』ことなどない。私の仕事はてめぇの尻拭いじゃない。なんて、呪詛混じりに呟くのは、社会人ならば誰しも覚えのある行動だろう。

 なんというか、ああいった輩は、『いない』方が助かるのだ。アレが休みの日なんか、人員は減っている筈なのに、かえって仕事は捗るのだ。忙しくはなったとしても、清々しい労働環境だ。

 結論として、常々思う。働かないなら、消えろ。


 そんな腹の中のわだかまりは飲み込んで、亜理沙相手にパタパタと手を振った。

「昨日、帰り道で焼き芋屋さんを見たんだけど」

「ああ、もうそんな時季だものね」

「うん。でさ、久しぶりに食べようかなと思って、買って帰ったの」

 ぽてぽて歩く帰り道。たまたま道の端に車を停めた焼き芋屋と、ばったりタイミングが合った。わざわざ呼び止めてまでは買う気がなかったが、ついでにという気分で一本包んでもらったのだ。

「そしたら、売れ残りだったのか、干からびてた」

「うわぁ……」

「あれだったら、スーパーで買う方がマシだった」

 流しの店相手に、文句を言いに戻れはしない。もう一度出会うことがあるのかも、定かでは無い。

 泣き寝入りである。くそぅ。


「だから今日はリベンジ」

「いつもみたいに『どっちにしようか』迷わなかったのは、そういう理由だったんだね」

 そう言って亜理沙が差し出した皿には、本日のスイーツが二種類載っていた。

 三種用意されているこの店の日替わりスイーツだが、今日はさつまいもを使ったものが二種、残り一種は定番のプレーンスコーンというラインナップであったのだ。贅沢にも、お芋盛り盛りにしてもらったのである。


 片方は、艶々の焦げ目も美しい流線型のスイートポテト。

 そしてもう一つは、飾り気の無い、衣を纏った四角いかたちの芋きんつばである。


 注文したお茶は、日本茶と迷うところだったが、ニルギリのストレートティーにした。『定番』に近い柔らかな味のそれを、砂糖もミルクも入れずにカップに注ぐのは、これから楽しむこってりしたお芋と合わせる為だった。

 紅茶の、柑橘を思い起こさせる気配の香りを楽しみながら、添えられたフォークで、まず、スイートポテトを一口切り分ける。


 表面の焦げ目の部分の匂いが届くのと同時に、口中へと放り込む。

 匂いもまた、美味しい。

 丁寧に裏ごしされて作られた、濃厚なクリームのような舌触り。

 さつまいもを主張する味でありながら、バターやクリームの乳製品でコク増しされた濃厚な味。

「なんか、牛乳欲しくなる味ってあるよね」

「家庭のおやつ、ってそういうの多いかな」

 二口目で、お芋本来のものより甘い香りに気が付く。仄かなそれは、バニラの香りだろう。『隠し味』というものはあるが、『香り』の場合はどういうのだろうか。

 だがそれが、スイートポテトを紛れもない『洋菓子』へと押し上げているようにも感じられた。


 三分の一程度を残して、一度紅茶で口中をリセットする。

 強すぎはしないが、確かにある『渋み』で、こってりとした甘さを押し流す。もう一口、紅茶を口に含み、ニルギリそのものの柔らかな風味を堪能する。


 そして、次の標的へと、フォークという矛の先端を向ける。

 確かに焼き目がついているのに、それは柔らかな色味で『焦げ目』とはなっていない。

 四角いそれの、隅の角を切り落とす。突き刺して、ぱくり。

 衣のもちっと感に包まれた芋ようかんは、スイートポテトよりも固めの食感だ。ざらつく感じとまではいかないが、スイートポテトよりは野趣のある趣とでも言うか、取り繕っていない感じがする。

 シンプルな、さつまいもと砂糖のみで作られた味。

 濃厚なスイートポテトの後だからこそ、よりその潔さを感じることができる。

 無糖の紅茶は、和菓子にも合う。

 癖の少ないニルギリにしたのもその為だ。


 和洋それぞれ、根底にあるさつまいも感は共通ながら、各々異なる個性を楽しむことに集中した。


 芋きんつばもまた、三分の一程度を残して、フォークを置く。


 カップに残った紅茶を飲み干し、新しく紅茶を注ぐ。

 そして、思案する。


 このまま、芋きんつばを最後まで堪能するも良し、それともスイートポテトに戻り、なめらかな濃厚さに溺れるも良し。

 紅茶にうつる口元は、そんな思案に緩んでいた。


 --とりあえず帰りに、焼き芋用のアルミホイルを買って、リベンジしよう--などと、先日テレビで見たホームセンター特集を思い出しながら、再びフォークを握るのであった。

焼き芋屋への悔しさは、過去の実話……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ