スイートポテトと芋きんつば
移動販売車は数あれど、上着を着込むことが必要となるシーズンになったことを実感させる『それ』というのは限られる。
あれはわざと、人の流れがある方向に、炎を見せているらしい。心理的にふらふらと引き寄せられて行き、売り上げアップ! となるらしい。
とはいえ相手によっては、価格設定が幾らになるのかが、わからないのが怖いところ。おっちゃんに声をかけて、尋ねてわかる場合も少なくない。
なんて、遭遇をした翌日。
彼女はいつもの店のいつものカウンターで、憮然とした顔をしていたのであった。
「どうしたの?」
店主の亜理沙が困った顔で問いかける。
「また、困ったさんな同僚が、何かやらかした?」
「あいつが馬鹿なのはデフォルトだから」
優しい店主に甘えて、職場の愚痴を聞いてもらうことは少なくない。使えない同僚が『使える』ことなどない。私の仕事はてめぇの尻拭いじゃない。なんて、呪詛混じりに呟くのは、社会人ならば誰しも覚えのある行動だろう。
なんというか、ああいった輩は、『いない』方が助かるのだ。アレが休みの日なんか、人員は減っている筈なのに、かえって仕事は捗るのだ。忙しくはなったとしても、清々しい労働環境だ。
結論として、常々思う。働かないなら、消えろ。
そんな腹の中のわだかまりは飲み込んで、亜理沙相手にパタパタと手を振った。
「昨日、帰り道で焼き芋屋さんを見たんだけど」
「ああ、もうそんな時季だものね」
「うん。でさ、久しぶりに食べようかなと思って、買って帰ったの」
ぽてぽて歩く帰り道。たまたま道の端に車を停めた焼き芋屋と、ばったりタイミングが合った。わざわざ呼び止めてまでは買う気がなかったが、ついでにという気分で一本包んでもらったのだ。
「そしたら、売れ残りだったのか、干からびてた」
「うわぁ……」
「あれだったら、スーパーで買う方がマシだった」
流しの店相手に、文句を言いに戻れはしない。もう一度出会うことがあるのかも、定かでは無い。
泣き寝入りである。くそぅ。
「だから今日はリベンジ」
「いつもみたいに『どっちにしようか』迷わなかったのは、そういう理由だったんだね」
そう言って亜理沙が差し出した皿には、本日のスイーツが二種類載っていた。
三種用意されているこの店の日替わりスイーツだが、今日はさつまいもを使ったものが二種、残り一種は定番のプレーンスコーンというラインナップであったのだ。贅沢にも、お芋盛り盛りにしてもらったのである。
片方は、艶々の焦げ目も美しい流線型のスイートポテト。
そしてもう一つは、飾り気の無い、衣を纏った四角いかたちの芋きんつばである。
注文したお茶は、日本茶と迷うところだったが、ニルギリのストレートティーにした。『定番』に近い柔らかな味のそれを、砂糖もミルクも入れずにカップに注ぐのは、これから楽しむこってりしたお芋と合わせる為だった。
紅茶の、柑橘を思い起こさせる気配の香りを楽しみながら、添えられたフォークで、まず、スイートポテトを一口切り分ける。
表面の焦げ目の部分の匂いが届くのと同時に、口中へと放り込む。
匂いもまた、美味しい。
丁寧に裏ごしされて作られた、濃厚なクリームのような舌触り。
さつまいもを主張する味でありながら、バターやクリームの乳製品でコク増しされた濃厚な味。
「なんか、牛乳欲しくなる味ってあるよね」
「家庭のおやつ、ってそういうの多いかな」
二口目で、お芋本来のものより甘い香りに気が付く。仄かなそれは、バニラの香りだろう。『隠し味』というものはあるが、『香り』の場合はどういうのだろうか。
だがそれが、スイートポテトを紛れもない『洋菓子』へと押し上げているようにも感じられた。
三分の一程度を残して、一度紅茶で口中をリセットする。
強すぎはしないが、確かにある『渋み』で、こってりとした甘さを押し流す。もう一口、紅茶を口に含み、ニルギリそのものの柔らかな風味を堪能する。
そして、次の標的へと、フォークという矛の先端を向ける。
確かに焼き目がついているのに、それは柔らかな色味で『焦げ目』とはなっていない。
四角いそれの、隅の角を切り落とす。突き刺して、ぱくり。
衣のもちっと感に包まれた芋ようかんは、スイートポテトよりも固めの食感だ。ざらつく感じとまではいかないが、スイートポテトよりは野趣のある趣とでも言うか、取り繕っていない感じがする。
シンプルな、さつまいもと砂糖のみで作られた味。
濃厚なスイートポテトの後だからこそ、よりその潔さを感じることができる。
無糖の紅茶は、和菓子にも合う。
癖の少ないニルギリにしたのもその為だ。
和洋それぞれ、根底にあるさつまいも感は共通ながら、各々異なる個性を楽しむことに集中した。
芋きんつばもまた、三分の一程度を残して、フォークを置く。
カップに残った紅茶を飲み干し、新しく紅茶を注ぐ。
そして、思案する。
このまま、芋きんつばを最後まで堪能するも良し、それともスイートポテトに戻り、なめらかな濃厚さに溺れるも良し。
紅茶にうつる口元は、そんな思案に緩んでいた。
--とりあえず帰りに、焼き芋用のアルミホイルを買って、リベンジしよう--などと、先日テレビで見たホームセンター特集を思い出しながら、再びフォークを握るのであった。
焼き芋屋への悔しさは、過去の実話……




