猫の小路カフェ ~とある狸~
他のお客さん視点
あら、どうなさいましたお義父さま。
毎日のように、何処かにお出でになりますが……どちらに?
申し訳ありません、詮索するつもりは無かったのですけれど、気になったものですから。
かふぇ……ですか?
異国の茶や菓子を供する店ですか。それは不思議なところですね。どのようなものがあるのでしょう?
気になりますっ。旦那さまは、あまり甘いものは頂かないでしょう。けれども、本当はお好きなんですよ。何も仰いませんけれど、いつも全部お召しになられますもの。
見たことも無い異国の菓子をお出ししたら、驚かれるかもしれませんっ。
……ついて行ってもよろしいんですか?
うわぁぁっ、ありがとうございますっ。わかっております。旦那さまには内緒、ですね。そのような怪しの場所などならぬ! とあの仏頂面で申されてしまいますもの。
旦那さまももう少し、皆さまの前でも、朗らかなお顔をなさればよろしいのに。
……お義父さま、どうしてそこで笑われるのですか? 朗らかなお顔の旦那さまを想像出来ない……と? ……そうですか? そうなのでしょうか?
あら、此処がその『かふぇ』ですか!
色硝子の扉が美しいですね! カランカランというこの音は……引き戸についた鐘の音ですか。綺麗な音色ですね。
……?
どうした、と? ……うーん……あの、ですね。私、この場に入っても良いのでしょうか?
ああ、お義父さまも気付かれておいでですよね。この場は、高い神格のお方の領域とお見受けします。私のような怪しのものが、立ち入ってもよろしいものなのでしょうか。
……客なのだから構わぬとは……お義父さま、ずいぶんと乱暴な理屈では……?
ふぇっ!?
ああああ……驚いて、しっぽが出てしまいましたぁ……いきなり中に放り込むとは、乱暴なぁああ……ふぇっ! なんか、見られておりますっ! この場の『主殿』に、すっごい私、見られておりますぅう……っ!
動揺のあまり、化けの皮が剥がれてしまいましたあぁ……何ですか? 何で、私このように凝視されているのですかああぁ……
お、お義父さまっ! そのように、笑い転げないでくださいませっ!
「あら、いらっしゃいませ。今日はどうしたんですか? そんなところで、笑っていて」
常連客が『いつもの席』にも向かわず、入り口で何事かをしている様子に、店主たる亜里沙が迎えに出る。彼女はそこで、常連客の足元でコロコロ転げる毛玉に視線を留めた。
「えーと……犬、ですか?」
「いや、狸、と呼ぶべきだろうね。今日はどうしてもついて来たいと、いうものだから……連れて来てしまったよ」
「ずいぶん興奮気味みたいですけど、大丈夫ですか?」
「初めての場所に驚いているだけだよ」
まるで自分のしっぽを追いかけるような様子で、茶色の毛玉は、くるくるとその場で回り始めていた。
少し抜けた仕草が、妙に和む。
獣好きならば、ずっと見ていられる一挙一動である。なんだか妙に癒される。
「可愛いですねぇ」
「気立てもとても良い娘でね。このまま中に入っても構わないだろうか?」
「そうですねぇ……テラス席でも構いませんか?」
「一向に構わぬよ」
亜里沙も、常連客相手であることもあり、柔軟に対応して席に通す。
「ほぅら、店主殿より、正式に許可も頂いた。これで問題もなかろうて」
彼のその言葉を理解しているように、狸は回るのを止めると、じっと彼を見上げて小さく首を傾げた。
テラス席の方向に、彼が移動すると、狸は彼の足元を、て、て、て、と小走りで追いかけて行った。ずいぶんとなついているらしい。
非常に可愛い。
それに、あの様子ならば、他の客に迷惑をかけることもなさそうだと、亜里沙はお冷やの用意をする為に、厨房へと向かって行ったのだった。
とある化けタヌキの話でした。
当方が書いていて楽しい『遊び』の話であります。




