裏切り
三日目は、抜けるような青空が眩しい日だった。僕は馬を駆りながら、今日こそは彼女に会えるのではないかと、漠然とした期待を抱いていた。
前日に置いた野ばらはやはり、なくなっていた。僕は新しい花を手に、戸を叩いた。二度三度深呼吸をする間が、永遠のように感じられた。しかし一向に扉が開かれる気配はない。
僕は再度、今度はより強い力を込めてノックした。どうか、どうか彼女に会わせてください。彼女の笑顔が見たい、ただそれだけなのです。僕はかたく目を閉じ、そう祈った。
はたしてその祈りが通じたのか、しばしの間の後で何かがことりと動く音がした。そして蝶つがいの軋む懐かしい音がそれに続いた。
目を開けるとそこには、遠慮がちに扉を開き、蒼白な顔をした彼女が立っていたのだった。
僕は再会を喜ぶ言葉を口にしようとした。しかしそれより先に、彼女が唇を開いた。
「帰ってちょうだい」
とても冷たい声だった。僕は思わず凍りついた。
「そして、二度とここへは来ないで」
彼女はまた僕の目を見ずに、そう言った。
「どう、して――」
「どうして、ですって?」
やっとで紡いだ言葉はしかし、彼女の切り返しによって遮られてしまう。その声にはわずかに嘲りのような色が混じっていて、僕はひどく動揺した。
「あなた、私のことを勘違いしているみたいだから」
僕が黙っていると、彼女は続けた。
「ねぇ、あなたは私がここで、ただ単に薬を作っているだけだと思っているようだけど」
彼女がようやく僕を見た。ひどく静かな瞳だった。
「違うのよ。私は復讐のためにここにいるの。私のことを『魔女』と罵り、こんな場所に追いやった人たちに復讐するためにね。あの人が言ったとおり、薬に毒を混ぜて病気を流行らせたのは、この私なのよ」
「……嘘だ」
「嘘なものですか。あの人たちのせいで私がどれだけ惨めな人生を送ってきたか、あなたにはわからないでしょう? 大体、あなたをこの家に招き入れたのだってね――」
彼女の薄い唇が、新月のような弧を描いた。
「あなたが隣の領地の、領主の息子だからよ。何かに利用できるんじゃないかと思って、我慢していたんだけどね。でもあなたがくれるのは、こんな雑草ばかり」
そう言って彼女は、僕が手にした野ばらを打ち払った。花は宙に放り出され、くるくると円を描きながら、力なく地面へと落ちた。
「……そんな、ひどい……」
「ひどい? ずいぶん今更ね。本当に莫迦な人。こんなもので私が喜んでいるとでも思った? この花が私に似合うですって?」
彼女は唇から笑みを消した。
「笑わせないで。あなたみたいに何の苦労もなく育った人にはわからないでしょうね。あなたは親切のつもりかもしれないけれど、そんなもの何の足しにもなりはしない。それにものすごく勘に障るのよ。私がどう足掻いても手に入れられない明るさを、あなたは無意識に見せつけている。本当に不愉快だわ」
僕は彼女の言葉を、信じられない気持ちで聞いていた。目の前にいるのは誰だろう? 僕を見つめる漆黒の瞳はぞっとするほど冷え冷えとして、俯きがちにまつ毛を伏せた横顔とも、見逃してしまいそうなほどの淡い微笑みとも似てはいなかった。
「もうあなたの顔も見たくないのよ。だからここへは二度と来ないでちょうだい。わかったわね? さようなら」
ばたん、とこの世の終末のような音を立てて、扉が閉ざされた。
僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。彼女の言ったことの何もかもが、信じられなかった。
――信じたくなかった。
しかし足元に落ちた野ばらはその花びらを無残に乱れさせ、それを彼女が打ち払ったのだということを嫌でも思い出させた。
僕はその事実から逃げるように、地を蹴って走り出した。




