嵐のあと
次の日、僕は改めて彼女の家を訪れた。森で摘んだ野ばらを持つ手が、小さく震えていた。
彼女と顔を合わせるのは怖い。でもこれきりここへ来るのをやめてしまったら、彼女は一人ぼっちになってしまうのだ。
僕は息をついて、いつものように木の扉をノックした。こんこんと、もはや聞き慣れた音が耳朶を打つ。しかしその扉は、いつものとおりには開かれなかった。
更に間を置いて、再び扉を叩く。やはり、空気中に乾いた音の余韻が残っただけで、蝶つがいの軋む音もむせ返るような甘い香りも、いつまで経っても僕を出迎えてはくれない。
僕は諦めて扉の前に野ばらを横たえ、暗い森へと踵を返した。
更に次の日、僕はまた野ばらを一輪摘んで彼女の家へ行った。今日はこの扉が開かれますように。そう願いを込めてノックするが、結果は昨日と一緒だった。
もしかして、引っ越してしまったのだろうか?
試しに取っ手を回してみたが、扉には鍵が掛かっていた。彼女は中にいるのか、それともこの家から出て行ってしまったのか、僕にはわからなかった。
もうあれきり会えないなんてことは――。ちらりと浮かんだその可能性を否定するように、首を振った。
僕は野ばらを置こうと身を屈めた。そこでようやく気付いた。昨日置いた花が、なくなっているのだ。昨日、今日と穏やかな天気で、花を吹き飛ばすような風は吹いてはいないはずだ。
少なくとも彼女は、僕が昨日ここへ来たことを知っている。その上で開かれないこの扉が意味するのは――
僕は顔を上げた。二日前の別れ際に、僕のほうを見ようともしなかった彼女。人形のような表情をした彼女。
誓ったじゃないか。彼女の笑顔のために、僕は何度でもここへ来ようと。
僕はまた扉の前に痕跡を残し、彼女の家に背を向けた。




