切り裂くもの
彼を追い出してから、しばらくの時間が経過していた。そろそろ自分の屋敷に着いている頃合いだろう。後は私が黙っていればいいだけのことだ。たとえ拷問を受けようとも、磔にされようとも。
不思議と怖くはなかった。ふと、彼の揺らいだ瞳を思い出す。じわりと締め付けるこの胸の苦しさも、彼を守ることができると思えば少しだけやわらぐ気がした。
「不気味な女だ。どうしても言わぬつもりなら、いいだろう」
そう言って、騎士は剣を高く掲げた。銀色の刃がぎらりと鈍く光る。
あの「未来」の中で彼を貫いた剣は、今や私にとって救いとなり得るはずだ。暗く理不尽な世の中から、人々から疎まれ続けたこの人生から、今も胸を穿つこの胸の痛みから――私を解放してくれるその刃を、私はじっと待った。
騎士の剣が私に向かって振り下ろされんとする、まさにその瞬間だった。
「いったい何をしているんです!」
聴こえるはずのない声。私は耳を疑った。しかし凛と澄んだその声は、淀んだ空気を鮮やかに切り裂いて確かに私の鼓膜を揺らしていた。
人々の群れを割るようにして姿を見せたのは、見事な金糸の髪に、強い光を青い瞳にたたえた一人の若者。おおよそこの場に似つかわしくない――ここにいるはずのない、いてはいけない、彼その人だった。
誰も咄嗟に動けなかった。突如として現れたその美しい若者に、皆が目を奪われていた。騎士は剣を掲げたその姿勢のまま硬直したように動きを止め、後ろに続く人々も水を打ったように静まり返っている。ただ一人、私を罵ったあの女だけははっとした表情をし、騎士にそっと耳打ちをした。
「騎士様、あの男です」
しかし騎士がその声に反応するより早く、私の右手は彼によって強く引かれていた。
狼狽えてもつれる人々の波を縫うように、私は家の外へと連れ出された。
村人たちの手が、髪や腕を絡め取ろうとする。突き出された武器が、服を薄く切り裂く。身体じゅうのそこかしこに、鋭い痛みが散っていく。
しかし彼は、行く手を阻む人々を次々と掻き分け、身を脅かす武器にも怯むことなく、先へ先へと進んでいった。
この手はいったい誰のものだろう。迷いなく私を導いていく、この力強い手は。
人の群れを抜けても、彼は足を緩めることはなかった。錆びた鉄の門をくぐり、狭い森の道を駆け抜ける。何人かが追いかけてくるような声がしたが、後ろを振り返る余裕はない。
やがて道の脇に馬がつながれている場所に辿り着く。彼は慣れた手つきで留め具を外し、私を馬上へと促した。そして自分も素早く胴に跨り、体勢を整えるか否かの間に馬を発進させた。その隙に追い付きつつあった村人たちも、ほんのわずかな差で馬の尾を捉えられずにたたらを踏んだ。
混乱する人々を置き去りにして、私たちは森の出口へと向かった。




