覚悟
不意に木々の騒ぐ音が聴こえた。さわ、さわ……この家を取り囲む森の揺らぎにも似たさざめきが、徐々に近付いてくる。それは不穏な予感にかたちを変えて、私の心の中に入り込む。
カァ、とからすが警告のような啼き声を上げたのが合図だった。
この家と外の世界とを隔てていた扉が、勢いよく開け放たれた。
真っ先に目に入ったのは、鈍く光る甲冑だった。剣を腰に佩いた領主直属の騎士らしきその男は、入口の正面に立っていた私に一瞬ぎょっとしたようなそぶりを見せたが、すぐに姿勢を正して傍らの女に顔を向けた。それはあの嵐の日に私を罵りにやってきた女で、今日は鍬を手に携えていた。彼女は無言のまま、騎士に対して小さく頷いて見せた。
再び私に向き直った騎士は、鉄仮面越しにくぐもった声を発した。
「お前が薬に毒を混ぜ、病気をばら撒いたのか」
それは問いかけの形式をとった断定だった。仮面の隙間から覗く眼光が、鋭く私を射抜いている。
無言で答える私に、騎士は続ける。
「隣の領主殿の子息が、お前に加担していると聞いたが」
私は女をちらと見た。彼女は淀んだ目で私を睨み、手にした鍬をぎゅっと握った。
彼らの後ろには、数名の騎士と十余名ほどの村人の姿が見えた。見知った顔もある。皆一様に何らかの武器となるものを携え、疑念と憎悪の視線を私に注いでいた。
私が視た「未来」、それは――
騎士や村人たちが手にした武器によって貫かれるあの人の身体。
拡がっていく赤い染み。
そこに沈む同じ色の野ばら。
そして私に向かって振り下ろされる剣と、途切れる意識。
ここの領主が少し前から隣の領地への侵略を目論んでいたことを、私は風の噂で知っていた。だから隣の領主の息子である彼が「魔女」である私の家に通い詰めているという事実は、我が領主にしてみれば隣地に攻め込む恰好の理由だったに違いない。
だが彼はもうこの家にはいない。二度と私を訪ねてくることはないだろう。彼がここにいたという証拠がなければ、さすがによその土地にいきなり攻め入るような真似はできないはずだ。窓辺に置かれた野ばらの意味など、彼らには到底わからぬだろう。
すらり、と金属の擦れる音がして、剣の刃端が私の鼻先に突き付けられる。
「お前の口を割らせる方法はいくつかある。早めに子息を差し出したほうが苦痛は少なくて済む」
騎士の低い声が、静かに空気を震わせた。私は相手を見据えたまま、唇を引き結んだ。




