偏執と欠落
わざと勢いよく閉めた扉の前で、私は立ち尽くしていた。ばたん、という大きな音の余韻は、今も私の耳の中でこだましている。
これで良かったのだ。そう自分に言い聞かせた。
私と彼はもう二度と、顔を合わせるべきではないのだ。私は噂どおりのひどい魔女で、一緒に過ごした時間は何かの間違いだったと、もはや私とは何の関係もないのだと、彼は思うべきなのだ。
ちくりと、指先が痛んだ。見れば小さな傷が付き、血が滲んでいた。彼の手の中にあった花を打ち払ったときにできたものだろう。
『私がどう足掻いても手に入れられない明るさを、あなたは無意識に見せつけている』
彼に言い放った言葉は、決して嘘ではなかった。彼の穢れのなさが眩しすぎて、自分という存在が嫌になった。あれほど天に祝福された人間もいるのに、どうして私にはその恩恵の欠片すらも与えられなかったのか。思わず神を恨んだ。
そもそも彼は最初、私に「未来が視えるか」と問うたのだ。あの時嘘などつかずに未来を視てやれば、彼がここに来続けることもなかったかもしれない。私のちっぽけな自尊心が招いた結果だ。今となってはもうどうにもならない。
窓際では二輪の花が頭を垂れていた。彼が残していった最後の野ばらだ。
これで良かったのだ。もう二度と、惨めな思いをせずに済む。そう、これで良かったはずなのだ――
それなのにどうして、この胸はこんなにも痛むのか。指先の傷など、これに比べたら取るに足らないものだ。
あの時の彼の様子を思い出す。凍りついたように見開かれた瞳。その澄んだ青色は、醜く歪んだ私の顔を映して揺れていた。震える唇からこぼれる、途切れた言葉。寄せられた眉根に過ったのは、怒りだったのか、哀しみだったのか。
他人から受ける悪意や罵りには慣れていた。誰かから疎まれても、怖くもなかった。ずっとずっと、独りだったのだ。
でも――
知らなかった、こんなにも胸を締め付ける痛みなど。
苦しかった。ただただ苦しかった。
あぁ、こんな思いをするくらいなら――あなたとなど、出逢いたくはなかった。




