彼女の正体
暗い森から伸びる白い道を、僕は馬に乗ってゆっくりと進んでいた。
切りつけられるように苦しい心とは裏腹に、空はわざとらしいほど青く澄み渡っている。どこか日の光の届かないところに行ってしまいたい気分だったが、遮るものの何もないこの場所では到底叶いそうにもなかった。
彼女も、こんな気持ちだったのだろうか。
愚かな自分が、無遠慮に無神経に、光に晒される感覚。
僕は純粋に彼女のことを想っていたつもりだったが、それが彼女に自身の不遇を際立たせ、より一層の惨めさを与えることになっていたのかもしれない。
馬の歩む足元には濃い影が落ちていて、空から降り注ぐ太陽がただひたすらに眩しかった。
『あなたみたいに何の苦労もなく育った人にはわからないでしょうね』
彼女の言葉が胸を抉る。そうかもしれなかった。何せ僕が彼女を訪れる動機となったのは、噂話に掻き立てられた単なる好奇心だった。領主の息子として平穏で退屈な生活を送っていた僕に、彼女の噂はとても甘美なものに思えたのだ。
と、そこまで考えて、僕はふと馬の足を止めた。
彼女は、僕のことをなんと言った?
「隣の領主の息子」、そう言わなかったか?
『あなたがどこの誰かなんて、私には関係のないことだもの』
最初にあの家に招き入れられた日、彼女は確かにそう言った。だから先ほどの彼女の言葉には、ひどく違和感があった。
僕の摘んできた野ばらを、大切そうに窓辺に飾る彼女の姿を思い出す。
わずかに交わした言葉の傍らで、そっと不器用に微笑む彼女の横顔を思い出す。
僕はそれを――信じたい。
では彼女はなぜ、あんなことを言ったのだ?
雨の降ることをぴたりと言い当てた彼女。
客人が来る前に、薬を用意していた彼女。
この領地に蔓延る正体不明の病、父上に届いた密書、忠告を受けたにも関わらず彼女の家に入り浸っていた僕、怒りのまま立ち去った婦人――
ざわりとした嫌な予感が突風と共に胸を駆け抜けた。僕はそれにつられるように、来た道を振り返った。
すると村の方角からあの森に向かって進んでいる人々の行列が、小さく目に入った。
彼ら――多くは農民だが、甲冑を身に着けた人の姿も見える――は、それぞれ武器を手にしているようだった。
それはまるで、悪魔退治に向かう人々の行列のように、見えた。
気付けば考えるより早く、僕は彼女の家に向けて馬を駆っていた。
ー光の章・了ー




