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吸血鬼は和服美人の夢を追い、少女はチョコレートケーキの夢を見る

作者: ボタン

 ある夜、私は吸血鬼に出会った。



 そいつは映画や漫画であるように赤い両の瞳をぎらつかせながら、ベットで眠る私の血を吸わんと鋭い牙を剥いた。

 所謂、一般女子高校生である私こと草薙愛里は、突然暗闇から現れた不審者に対してろくな抵抗ができなかった。

 吸血鬼が苦手なもので、まず一番に思いつく日光は真夜中では期待できない。次に思い付きそうな十字架やニンニクは残念ながら私の部屋には無い。銀製の銃弾なんか銃刀法違反になる日本ではそもそも持ちようが無い。

 さらに、身体は痺れたように動かない。叫びたいのに喉がカラカラに渇いてうまく声が出せない。

 ないない尽くしの八方塞がり。その時の私はどうしようもない状況だった。


 それでも私はこの恐ろしい状況から逃げ出そうと必死にもがいた。

 けれども、私の抵抗なんて吸血鬼にとっては何の意味も無いことだった。吸血鬼は動けずにいる私の肩をがっちり押さえ込むと、ゆっくりと顔を首筋に近づけてきた。そして、いよいよ私の血を吸うために口を大きく開け、鋭い牙で噛みつき……――。


「………………?」


 …………噛みつかれない?

 ぎゅっと目を瞑り、いつ噛みつかれるか迫りくる恐怖に震えていても、首筋に痛みを感じることはいつまでたっても無かった。

 怖くて目を開けられずいたが、何秒たっても、一分くらい過ぎても何も起こらない。私はいい加減瞼の外の様子が気になってきていた。


 好奇心に負け恐る恐る瞼を開いてみる。

 私の上に覆いかぶさっていた吸血鬼とばっちりがっちり目があってしまった。


 ひっ、と小さな悲鳴が私の喉から漏れたが、吸血鬼はじっとこちらを睨むだけで微動だにしない。その内、顔を首元から離すと肩は押さえたまま、まじまじと私の顔を見つめてきた。


 赤の瞳は窓から差し込む月明かりくらいしか無い薄暗い闇の中でもギラギラと怪しい光を放っている。テレビで見た肉食獣が夜中目を光らせる姿に近いものを感じた。となると、吸血鬼が肉食獣なら捕食される草食動物の立場が私か。

 ……嫌なことを考えてしまった。この例えは本気でシャレにならない。


 吸血鬼は私の顔をじっと見つめてから顔の輪郭をなぞる様に視線を下げていった。首から肩、胸から腰へ。頭からつま先まで何度も往復して満足したのか、それから私の肩から両の手を離すと、ぺたぺたと腰の辺りを触り始めた。

 ぎゃ!と小さな悲鳴を上げた私を気にすることも無く、吸血鬼はそれから肩や頭や顎の辺りも同じように触り始めた。セクハラ!?……じゃなくて、これは獲物の状態を調べてる感じだ。肉食獣の話を思い出して青くなる。

 もしや、血だけじゃなくて全部がぶっと食べられるとか……!?い、嫌だ!私なんか食べても美味しくないぞーっ!!


 命の危険を感じた私は反射的に跳ね起きた。先ほどまでまったく動けなかったはずなのに、いつの間にか動くようになっていた。肩を押さえていた手も既に離れていたので、起き上がることにも成功した。

 また、押さえつけられるかと思っていたが、吸血鬼は起き上がった私を特に拘束することも無くするりと離れた。


「んん、んー……ううむ……」


 小さな唸り声が吸血鬼から発せられる。どうも、考え事をしているようでさっきまで私を襲っていたくせに、こちらの方を気にもしない。

 暗がりで表情はよく見えないが、声の様子から何か悩んでいるように聞こえる。思案するようにカツカツと足を鳴らす音がした。


 これは、逃げるチャンス!?何故かは知らないが吸血鬼は考え込んでいて周りに注意を向けていない。

 ばれないように、少しづつベットから降りる。足がついたのでそろりそろりと、ドアの方に吸血鬼がこちらに気付かないように、少しづつ……。



「…………美しくない」

 ぽつり。と、吸血鬼は呟いた。




 その言葉に反応するより早く、不機嫌さを隠すことのない言葉の波が私を襲った。


「なんだ、そのくびれの無い真っ直ぐな腰は!胸は谷間どころかほぼ無いといってもいい!それにその恰好、変な柄のシャツにトレーニングパンツ……わざわざ私が日本に来て血を吸いに来やったのだぞ!日本といったら着物だろう!何故着物で寝ていない!?」


 いきなり、息つく暇もない非難の言葉を投げかけられて、恐怖心とか早く逃げなきゃとか色々な感情が綺麗に吹っ飛んた。

「はあ……」と、気の抜けた相槌を打ちはしたが、予想外の展開にいまいち頭が追い付かない。

 そんな私のことなどお構いなしに、吸血鬼のクレームはまだまだ続く。


「肌は日焼けして、日焼け後まである!あぁ、太陽の熱にそのまま身を焦がすとは恐ろしい!次に頬にタオルケットの痕がついてるし、目に隈が出来ている!睡眠ちゃんと取れ睡眠!髪は短かい上鳥の巣のようだし……何故だ!?日本とは艶やかな黒髪ロングストレートが常識では無いのか!?

 ああ……駄目だ駄目だ!納得いかない!私の美意識が貴様を受け付けん!!」


 ガツガツと地団駄らしき音が聞こえているのだが、もしかしてこの吸血鬼ブーツ履いてる!?そりゃあ不法侵入者がわざわざ靴脱ぐとか思わないけど、室内で土足で地団駄とか止めて!フローリングに傷がつく!



 ……っていうか。

 今気づいたけど、私最高に失礼で理不尽なこと言われ放題じゃないですかコレ?



 そりゃあ私は映画で見るような吸血鬼に血を吸われる美女とは全然違いますよ。

 外で動く部活に入っているから日に焼けてるし、動くときに邪魔だから髪は常にショートヘアだ。

 けど、さっきまでベットで寝てたんだから、髪が寝ぐせでぐしゃぐしゃなのくらい許してほしい。

 ジャージにシャツは寝るのに楽なのだからいいじゃないか。シャツだって、寝る用だからこその変な柄である。他人に見せる時はそれなりにちゃんとしてるつもりだし、プライベートに侵入してきて言われる筋合いはない!

 大体着物着て寝るなんて日本でも希少だっての!!


 吸血鬼の数々の言葉を思い出していったら、だんだん腹が立ってきた。

 なんで、夜中に襲われて怖い思いをしたっていうのに、こんな失礼なことまで言われなきゃならないんだ!

 ふつふつと私の中に溜まっていく怒りに、吸血鬼は全く気付く気配はない。憂いのこもった溜息が聞こえてきた。緩く首でも降って「やれやれ、なんてことだ……」みたいなポーズでも取ってそうな、とても気取った雰囲気だ。とてもらしい。

 ナルシストな雰囲気といい、上から目線の口調と態度といい、こいつはとても吸血鬼らしい。テンプレだ。

 その、テンプレな態度が私の溜まった怒りに刺激を加える。例えるなら、煮えた油の上でパチンパチンと火花が散っている感じだ。

 多分後もうひと押しあれば、火花は油に引火して爆発的に燃え広がるだろう。


「そう、この麗しの貴公子アレクシス=ベレスフォードが血を吸うからには、それに見合った女で無ければならない。しかし!私は一度決めたことを変更するのが大嫌いだ!!」


 言うなり、吸血鬼が偉そうに宣言をする。

 パチン。と、耳元で火花が散った音がした。


「決めたぞ娘!これから私が貴様を理想の和服美人……ヤマトナデシコと言ったか?になるようプロデュースしてやる!そして、理想の和服美人なったら我が血を吸う!ふふん、どうだ良い提案だろう!」

「良いわけあるかっ!」


 話しを聞き終えると同時にぶん投げたベット横の目覚し時計は、暗闇の中で狙いたがわずアレクなんとかという吸血鬼に直撃した。

 ドサッと音を立てて倒れる吸血鬼に対して私は「現役運動部をなめるなよ!」と、指を指してふんぞりかえる。

 高貴だろうが吸血鬼だろうが、うら若き乙女を侮辱する奴はそれ相応の報復を受けるのである。

 ……因果応報って外国だと何ていうんだろう?




+++




「愛里、今日は学校で間食はしていないだろうな?」

「はいはい。していませんよ」

「ちゃんと、日焼けクリームは塗ったか?外の紫外線は我が大敵、人間にとっては美肌の大敵だからな」

「はいはい、ちゃんとムラなく塗りましたよ」

 やる気の無い相槌を返しながら、私は乱暴にベットへ学生鞄と手提げバックをぶん投げた。

「こら!お前バックを乱暴に投げるとは、まったくはしたない!」

 うるさい、お前は私のお母さんか。

 言い返したいのをぐっと我慢してベットの上に放り投げたバックを定位置の棚に置いた。

 ここで直さなかったり反論すると、直すまで延々横で長ったらしい注意を聞く羽目になる。しかも、止めさせるには相手が特殊すぎる。

 幾度となく同じことを繰り返して、やっと受け流すに限ると理解できるようになった。

 言うこと聞くのは癪だが、終わらない非難口上愚痴長話に比べればましだ。

 とはいえ、心の中の本音は外に滲み出るらしく、私は苛立ちそのまま音を立てて椅子の上に座ってしまい、しまった!と顔をしかめた。

「音を立てて座るとは、乱暴な……」

 うるさい、うるさい。溜息をついて大仰に被りを振るな。

 私も今のは注意されるかな、って後悔してた所なんだから。


「愛里よ、女性の美しさは立ち居振る舞いも重要だ。最近だとなんだ、この雑誌に女子力がどうとか書いていたのだが、この雑誌に倣って見た目だけでなく中身も磨くべきだな。女子力UPがモテ可愛素敵女子への道だ!イコール我が野望への一歩となる」

 部屋にあるマガジンラックから取ったのであろう、ファッション雑誌のページをペラペラめくりながら、アレクシスはうんうん頷いている。

 吸血鬼の口から女子力UPとかモテ可愛とかとってもシュール。

 しかし、中身を磨くべきだというやつが女子の部屋で勝手に私物を漁るというのはどうなのかと問いたい。

 

先生( ・・)、私の雑誌勝手に見ないでくれますか」

「何を言っている、今我々は和服美人への道を歩むべくたゆまぬ研鑽をせねばならんのだぞ!部屋の雑誌勝手に読んだことくらいで怒るような心の狭さでは、女子力向上できないぞ!」

「それは、私じゃなくてあんたが勝手に目指してるんでしょうが!」

 後、それ絶対女子力向上と関係ない。


 ジト目で睨む私のこのとなどどこ吹く風。アレクシスはファッション雑誌をラックの中に丁寧に戻すと、足元に置いてあった黒いバックから本と筆記用具を取り出した。本の表紙には『始めてみよう英会話』とか『テスト対策ばっちり過去問100セレクト』とか書かれている。


「では、勉学を始めようか」


 本を机の上に広げながらアレクシスは赤い目を細めて、実に楽しそうにそう言った。




+++




 目覚まし時計で吸血鬼を撃退した後、私は電気を点ける間も惜しんで別の部屋で眠る親の元へと全速力で逃げた。

 眠気眼のお母さんとお父さんに、私の部屋に吸血鬼みたいな全身真っ黒な男の人がいて襲われた!と、助けを求めた(さすがに吸血鬼そのものが出たとは言えなかった)

 しかし、お父さんが愛用のゴルフを持って私の部屋の様子を見に行くと、吸血鬼の姿は跡形も無く消え去っていた。

 混乱した私が「いや、ここで私が目覚まし時計を投げつけてね……」と必死に説明したが、結局何か怖い夢でも見たんだろうと、心配こそすれ不法侵入者の存在は信じてもらえなかった。


 ――絶対にここで襲われたのに!

 私は部屋の隅々まで調べたが吸血鬼の痕跡は塵一つ見つからなかった。あんなに音を鳴らして地団駄していたのにフローリングには傷一つ残っていない。

 ベット横の棚に置いていた目覚まし時計が床に落ちていて、へこんだ部分があることを発見した以外は、部屋は寝る前――吸血鬼に襲われる前と何も変わらない様に見えた。


 結局、夜を徹して探し続けて朝になっていた。

 平日だったのでそのまま学校に登校したけれど、授業内容は全く頭に入らなかった。ぐるぐると吸血鬼が夢か幻か、眠気を押し殺し授業をやり過ごしつつ、私は繰り返し昨日の夜の出来事を考え続けた。


 何度思い出しても鮮明に蘇るのに、これは夢だったのだろうか……?

 それにしてはすごいリアルすぎた。

 後、すごい私にについて駄目出しをくらったのもリアルすぎて少しへこんだ。

 あ、そういえば目覚まし時計を投げた形跡はあったんだっけ。やっぱり現実だったんじゃ……いやいやいや!吸血鬼の夢を見て寝ぼけて投げた可能性もありうる。


 やっと帰れる時間になった頃には自分の記憶に自信が持てなくなっていた。

 学校に行く前には肩を掴まれた感触すらしっかり憶えていたのに、記憶は少しずつあやふやになっていく。あれは親の言う通り怖い夢を見ただけ。下校の時刻となり帰り支度をしながら、そう納得しかけている自分がいた。


 暗くなる帰り道をてくてく歩いて家に辿り着くと、はあ、と重い溜息をつきながら玄関のドアを開けた。とりあえず、家に帰って休もう。今日は眠いし、延々昨日のことを考えていて疲れてしまった。甘いものでも食べながらゆっくりすれば、少しは考えがまとまるかもしれない。戸棚にチョコとか入ってないかな……。

 靴を脱いでスリッパに履き替えると、そのままリビングに向かって歩いていく。「ただいまー」と、言いながら私はリビングのドアを開けた。

 ドアを開けると、真っ先にリビングのソファーに目がいった。白を基調とした二人用のソファーは机を挟んで向かい合わせで二つ置いてある。見慣れたはずのそれを視線に入れた瞬間、私の身体は凍り付いた。


 ソファーに座っていたお母さんが「お帰り、愛里」といつも通り迎えてくれたが、私は何も反応ができずにいた。ドアを開けた状態のまま、目を飛び出すくらい大きく開いて視線の先の相手を凝視することしかできなかった。

 お母さんはいつも通り普通だ。ドアから一歩も動かないでいる私に不思議そうな顔をしている。問題は反対側に座っている人だ。いや、座っている吸血鬼だ。


 なんと、昨夜の吸血鬼がお母さんと楽しそうにお喋りをしているじゃないか!!


 ただし、家族の前で昨日の夜のような偉そうな態度は無い。昨日見た全身真っ黒の服にマント姿ではなくごくごく普通の恰好をしていて、ただの物腰柔らかな外国人にしか見えない。

 お母さんは混乱する私には気付かず、にこにととんでもないことを言い始めた。


「愛里、こちら今日から英語の家庭教師として来てくださる、アレクシス=べレスフォードさんよ。ほら、そんな所で立ってないでこっち来なさい」

「か、家庭教師!?」

 いつまでも、部屋に入らない私にお母さんは焦れたようにソファーから立ち上がると、こちらへ向かって手招きをした。

 家庭教師が来るなんて、朝は一言も言ってなかったのに。いやそれはどうでもいい。問題は隣でお母さんと一緒に立ち上がった男のことだ。私が恐る恐るソファーの方に近づいていくと、家庭教師と紹介された男はにこやかに手を差し出してきた。

「初めまして、愛里さん。アレクシス=ベレスフォードと言います。これからよろしくお願いしますね」

 昨日、吸血鬼が迷惑極まりない宣言と共に名乗った名前と同じ男の手を私は握り返せず、私はただ呆然と見つめるだけだった。


 昨日襲われた相手を今日家庭教師として母親から紹介されるという斜め上の展開に私は大いに取り乱した。

 え、何で家庭教師??吸血鬼が?それとも夢の続きだろうか。混乱していると、「愛里、何か飲み物持ってくるわねー」と、リビングにアレクシスと私を残してお母さんはキッチンのある部屋へと向かってしまった。

 お母さん、ちょっとここに昨日私を襲った犯人がいますよーっ!二人きりにしないで!!


 すぐお母さんを引き留めようとしたのだが、「どうやら、昨晩のことは覚えているようだな」と、偉そうな声が聞こえてきて背筋が凍った。振り向くと、先ほどの優しそうな雰囲気をがらりと替え、高圧的な雰囲気を纏った吸血鬼アレクシスがいた。

「やっぱりあんた、昨日の……!」

「いかにも。先ほども貴様の母君より紹介されたが、もう一度挨拶しよう。我はアレクシス=ベレスフォード。遠き西欧の地からこの辺境の地に舞い降りた高貴なる吸血鬼だ」

 本物だ!夢じゃ無かったんだ……!

 そう認識するが早いか、棚に飾っていた置時計を掴んでおもいっきり投げつけた。昨日吸血鬼を撃退した目覚まし時計と同じように、置時計は勢いよくアレクシスへと飛んでいった。

 けれど、途中で何かに掴まれたかのように空中で止まってしまった。

 アレクシスが手を軽く振ると、置き時計は映像の巻き戻しみたいに飛んだ軌道そのまま、置いてあった場所へと吸い込まれるように棚の上に戻っていった。

 くっ……なにあれ、超能力!?念力とかサイコキネシスとかそういうの。

「二度同じ手はくわんよ」

 余裕綽々といった態度でアレクシスはニヤリと笑う。 

「まあまあ、取り合えず落ち着いて我の話を聞かないか。言っておくが、今掴もうとした観葉植物を投げても先程と同じことだぞ」


 ちっ、やっぱり重い物でも駄目か。私は渋々手をつけていた、背の高い観葉植物の鉢から手を離した。

 この吸血鬼の事はこれっぽっちも信用していないが、話を聞けと言うなら聞こうじゃないか。正直、訳が分からなくて聞きたいことはたくさんあるのだ。

 警戒心はばりばり残したまま、私はアレクシスの反対側のソファーに座った。


「さて、まずは我がこの日本の地に足を踏み入れたところから話そうか……」

 と、今時普通の会話ではまず使わない気取った長々しい話を要約すると、アレクシス=ベレスフォードという吸血鬼は日本に観光に来たらしい。

 観光ついでにぜひ日本の和服美人の血を吸いたいと思い、私の部屋に入り込んだそうだ。和服美人狙いで何故私の家になのか?

 アレクシスの答えは「この高貴なる我が精神が示した場所へ向かったのみ……」

 とどのつまり勘で選んだらしい。

 私にとってはなんていう不運。

 正直、観光で和服美人なら京都とか奈良に行けば良かったのに。と言ったら、日本ならどこでも和服着て侍とかいるもんだと思っていたそうだ。

 外国の人がイメージしている日本へいざ来てみたら違ってカルチャーショックを受けると聞いたことがあるが、本当なんだ。と、何故かちょっと感動した。


 それはさておき、勘で選んだアレクシスだったが結局私に時計を投げつて逃げられ、さらに家族を呼びに行かれて一旦は逃げるはめになった。しかし、彼は宣言した通り一度決めたことを変更するのが大嫌いらしく(こちらとしてはいい迷惑だ)、まず理想の和服美人に私をプロデュースするために、私の部屋に入っても違和感の無い英語の家庭教師として雇われることにした。との、事だ。

 表向きは英語の勉強。実際は私を理想の和服美人に仕立て上げて吸血するため。

 そうして、アレクシスは英語の家庭教師として週三回、堂々と私の部屋に通うようになった。




+++




 こんなパスポート持ってなさそうな国籍不明の怪しい奴雇うなよ!

 最初アレクシスから家庭教師になった経緯を聞いた時、私は親に憤慨した。

 その後、アレクシスから吸血鬼パワーの催眠術でちょちょいのちょいと納得させた。と、聞いて考えを改めた。

 吸血鬼なんでもありか!怖い!お母さん悪くないのに怒ってごめんなさい。酷い冤罪を生むところだった……。

 心の中でお母さんに懺悔をしていると、トントンと部屋の扉を叩く音がして、今まさに懺悔をしていた相手がトレーを抱えながら入ってきた。


「まあまあ、アレクシスさん。愛里の帰り遅くてごめんなさいね」

「いえいえ、お母さん。愛里さんは部活なのだから仕方がありませんよ」

「まあ、そう言ってもらうと助かります。じゃあ今日も英語の勉強お願いします。こちらにケーキ置いておくので、食べてくださいね。愛里勉強頑張るのよ」

「……はいはい」

 柔和に微笑むアレクシスに、おほほと笑いながらお母さんはケーキと飲み物を置いてすぐ出て行ってしまった。去り際に見た頬が少し赤かったのは気のせいと思いたい。

 ……お母さん洋画のイケメン俳優にキャーキャー言うタイプなんだよなあ。

 そう、アレクシスは見た目は美形の部類に入る。さらさらの金髪、整った顔立ち、背は高くすらっとしている。海外のモデルと言われても納得する見た目なのだ。何も知らなければ、私もお母さんのようにキャーキャー言っていたかもしれない。第一印象が最悪過ぎて、絶対にそんなことはありえないけど。


「ふむ、日本の菓子もなかなかいけるな」

 いつの間にか、ケーキをぱくついているイケメン吸血鬼に色々思うところはある。しかし、今は目の前のケーキを食べる方が優先だ。

 何故って?このケーキは最近女子の間で大人気の有名菓子店のチョコレートケーキだからだ!

 お母さんが家庭教師に出すものだからって奮発して買ってきた、という理由が若干気に食わないが、そんな時でなければ食べれなかったかもしれないので、今この一瞬だけアレクシスに感謝をする。


 さて、私も食べよう。トレーに置いているケーキの皿を手に…………あれ?

「わ、私のケーキは!?」

 驚いて、トレーを置いた机周りをキョロキョロ見回してしまった。私はお母さんが持ってきていた二皿のケーキを間違いなく見た。でも、トレーには空の皿が一つだけ。先ほどアレクシスが食べていた分だ。

 じゃあ、私の分は?


「危ない危ない。愛里よケーキなんて高カロリーなもの食べたら、せっかく間食を我慢している意味が無くなるところだったぞ。と、いうことでこちらも私がいただこう」

 消えたケーキの所在を必死に探していた私にアレクシスの声が響く。

 視線を向けると、彼の手にはもう一枚のお皿があった。私が声を上げる前に、アレクシスはニコニコしながら、私の分のチョコレートケーキをフォークで切り分けてすぐに食べきってしまった。

 トレーの空の皿が二枚になった。




 ――神様、神様。

 ここに、吸血鬼という名の鬼畜がいます。




「ちょっと……勝手に人のケーキ食べるなんてあんまりすぎるんですけど!!」

「ふん、ちゃんと理想体重になったら、食べるを許可しないことも無いがな。今のお前の体重は……」

「言うなーっ!!なーんで、あんたの口から自分の体重聞かなきゃいかないの!」

 いきなり、体重という名の現実を他人から突きつけられそうになり、思わず反射的に遮ってしまった。

 ちなみに、アレクシスには美人を目指すために体型を知る必要がある!と、体重どころかスリーサイズまで把握されてしまった。

 全然親しくもない男に自分の体型を完璧に把握されている私の気持ちがお分かりだろうか。罰ゲームか!


「気にしているようなら、やはり食べるべきではないな。しかし、愛里の母君が折角用意したものを食さないのは出した相手に失礼であろう。というこで、我がいただくのは正しい行為だな!」

 私が自分の体重に酷いダメージを受けているのを反論無しと判断して、アレクシスは満足そうに自分の行為の正しさを宣言した。

 これでこの話はお開きとばかりにトレーに乗っていた紅茶を手に取ると、ゆったりとした動作で飲み始める。ゆっくり味わうように飲む姿は実に優雅で、その気取った姿を見て空になった皿を「ケーキの仇!」と顔面に投げつけなかった私のことを誰か褒めてはくれないだろうか。


 結局私は一口すらケーキを食べれず、トレーの上のオレンジジュースを引っ掴んで、腹立ちまぎれに一気飲みする事しかできなかった。




+++




 手洗いと称して、自分の部屋から出ると私は物置代わりに使っている小さな部屋に向かった。近くに人の気配が無いか伺い、誰もいないことを確認すると鍵を閉めて一息をつく。

 今はイライラした気持ちを落ち着かせるため、一人になりたかった。


 なんで、たった数日にしてこんなことになっているか分からない。というより分かりたくない。

 いや、理由は分かってはいるのだ。あの、ムカつく吸血鬼が私の血を吸うためだ。問題はなんであいつのために私が大変な目に合わなきゃならないかってこと!


 いっそあいつの言う通り和服美人になって血を吸われることも考えたが、よく考えたら私が和服美人になるまでどれくらいかかるというのだろう?自分で言うのも悲しいが、なれるかすら怪しい。

 それより、血を吸われかけた時の記憶がある限り血を吸われるなんてありえない。あれ、本気で怖かったんだからね……!


 部屋で頭を冷やしたら少し落ち着ついてきた。

 私はスカートについたポケットに手を入れると、隠し持っていた個別包装されたチョコレートを数個取り出した。綺麗に包装された台形型のチョコレート。色とりどりのデザインが印刷された包装を剥がし始めると、中から甘い香りと共に艶やかな光沢をしたチョコレートが出てくる。

 やはり、甘いものを食べれなかった怒りは別の甘いもので癒すしかない。

 アレクシスに間食がばれないように、小さめのお菓子をポケットに忍ばせるのが最近の日課になりつつある。大きかったり、量が多いとすぐばれるためこれくらいしか食べれないが、無いより数倍ましだ。


 しかし……食べたかったなあ、有名菓子店のチョコレートケーキ!

 今手に持っているチョコも美味しいけど、私が今食べたいのはココア生地で作ったスポンジケーキに上質なチョコレートとクリームをたっぷり飾り付けた、高カロリーを対価に作られた美味しい美味しいチョコレートケーキなのだ。

 その美味しい美味しいチョコレートケーキは現在ぶっちぎりでストレス対象である吸血鬼の胃の中だ。

 思い出したらまた腹が立ってきた。

 何が和服美人だ!大和撫子だ!私はそんなものになるためにお菓子禁止されるより、普通の女子高生で普通にチョコレートケーキを食べれる人生を望む!!


「そうだ、絶対に思い通りになるもんか……!」


 食べ物の恨みは怖いのだ。そう、吸血鬼の思い通りな姿になって血を吸われるくらいなら、女子力向上なんてしなくていい!

 女子として悲壮な決意を胸に私は小さなチョコを口に放り込む。

 いつか、好きなだけチョコレートケーキを食べる自分を夢見ながら――――。

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