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未だに床に居る達哉を見下ろす形となる。
達哉はすっかりへたれてしまっていた。
ピーマンがしよれたような、いわゆる、女の子座りをしている。
達哉はずっと黙っていた。
そして、顔にあわない黒目勝ちな眼をくるくる回している。目が合わないような、絶妙な軌道を描いて。
終には顔を伏せてしまう始末だ。
(…どうしたものかな……)
槙さんに言われたことに悄気ているのか、少し遊びすぎたことに拗ねているのか、あるいはどちらともか。
何を渋っているのかわからない。
暇をもて余した俺は目のやり場がなくなり、不意に槙さんが出ていった方に目をやった。
日は傾き、エデンは黄色い光に満ちていた。
(?黄色い…)
元凶は珠だとすぐに思い至る。
そのまま目だけを左右におくった。
置物、家具、床、何から何まで光沢があった。
光がエデンのガラスに当たって、無数に反射したものが珠に当たり、黄色くしているんだと気付く。そういえば、体が暖かい。
空を見上げる。光が眩しかった。
よく見ると厚い雲はもうないようだ。
視界がオレンジのことから、結構長くエデンに居たことを知らされる。
もう大分日が暮れている。
──今からまた、買い物に誘われるということはない。
外から得られる情報はこれしかなかった。
あとは、達哉が来た時、大分日が暮れていたという、予測ができただけ。
けどそれは、今求める解決策との繋がりがない。
解決策とは、どうやったら俺から離れていってくれるか。
親離れならぬ、〈夏樹離れ〉である。
話しあいの場は、偶然的に、タイミングよく設けられた。
目標は、〈夏樹離れ〉政策を成功させること。あわよくば、当初の初々しい関係に戻すこと。
俺はじっと、達哉を見つめる。
呼吸で上下に揺れるが、それ意外の動きは見られない。
空気に流されるのを、ただひたすら待っているだけのような達哉に、何の名案も浮かばない自分に苛立ちを覚えた。
同時に早く、早くと焦りの気持ちが表立ってきた。
──気が滅入ってきた。
張りつめた緊迫感のある雰囲気ではない。
だけど、湿度が高い部屋に居るときのような感じ。
じめじめとした不快感がある。全くの不快だ。
"鎮か"な空間は好きではない。
早く珠を片して、緑茶が待っている、和とは不つりあいの部屋に行きたい。
そう思い、しびれが切れ、腰を上げたとき、
「……なっきー…」
微弱な声だった。
達哉の動向を待つ。
重い口が淡々と動いた。
「ミーさ、なっきーと一緒にどこか出掛けてみたい。なっきーの好きなもの知りたい。なっきーと二人だけの思い出ほしい」
薄い唇が、なんの抵抗もなく、水の流れのごとく静かに伸縮する。
俺の目線の先は自然と達哉の唇に留まった。
「ミーのこともよく知ってほしいし、クソ槙が知らないなっきーの顔見たい。ねぇ、なっきーの私服ってどんなの?清楚系?それともまさかの裏をかいてロック?」
諸行無常に右から左に音が流れ出ていく。
「なっきーのこと全部知りたいよ」
動きが、止まった。
(うわっ、今なに言ってたの!?)
前半の部分は全く聞き取れなかった。
いきなり長文を言われて、理解できるはずがない。
達哉はこちらを見ている。
目が乾きそうなほど見開いて、じっと待っている。
何か言わないと。
達哉の物欲しそうな目。
どんな言葉を望んでいるか薄々分かってくるような目だ。
だけどそれは口にしてはいけない。
(それにその希望に応えるほど、俺って易くない)
「……はぁ、やっぱりだめだなぁ」
何を言えばいいのだろう。
何が最善かわからない。
慣れないことだらけだ。
「俺、ダメなの。詮索されるのも。異常に執着されるのも」
「っ!ごっごめん!」
「それにさ、俺待つの嫌いなのに、なかなか喋ってくれないし」
頭にかかる重力を後ろにやる。
エデンに光が消えかけている。
日が短いこの頃。
だけど、早すぎる。暗くなっては困る。
「今日みたいなことはもうやめてね。じゃないと、俺学校辞めちゃうかも」
早く珠を回収しなければ。
立ち上がり、珠がある場所に行く。
幸い、微量の光があればその存在が見える。
だけど、明かりがあるうちに終わらせないときついだろう。
暗闇のなかで小さなものを探すのは大変だ。しかも無数にある。
「じゃあね。俺多忙なんだ」
常備している袋をとりだし、息を入れ直した。
小声で、「明日、学校でな」と聞こえた。
達哉に目を送るだけで、作業に取りかかる。
(残したら明日槙さんに頼もう)