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花の匂いに酔うまで  作者: ニク
日常と非日常
3/8

イベリスの誘惑

 イベリス、それは暖かくなる頃花咲白い花。

 花弁がハートのようにも見え、風に揺らぐ姿はバレリーナの舞を彷彿させる。

 開花前は誰もを惹き付ける華を誇る。

 満開になれば純白の乙女の舞風が薄く漂う。

 汚れを知らない色でたぶらかした人数知れず。

 イベリスの最開期まであと少し。

 さあ、今宵は何人が誘惑される?





*




 生暖かい幸福感で満たされた頃。

 俺は既にこの場特有の雰囲気に包まれてしまっていた。

 気分が穏やかになり、なんとも言えない、心地よい脱力感。

 そんな自身を叱咤する。

 小さく息をつき、体の向きをかえる。

 目端に見えた花は雨を浴びていつも通りに生鮮。

 ガラス越しでもしっかり存在を感じさせる曇り空も未だに健在だった。

 コンディションを除けば、エデンの佇まいは完璧だ。

「あのさ」

 クイッと槙さんの袖口を引く。

 目に留まった襟。

 それからでもわかるその服の繊細さ。

 軽くレースがあしらわれおり、細かな刺繍がされている。

 だが、強調しすぎてはいない。ちょっとした良いアクセントとなっている。センスが良い。

(あ、これいいな。あとでお店聞いとこう)

 俺のアピールに気づいた槙さんは、話を聞きやすいように屈んでくれた。

「なんだい?」

「お願いがあるの。聞いてくれるよね?」

「断られると思ってない口振りですよ」

「断られると思ってないもん」

「少しは思ってください」

 諦めてしまったような慣れてしまったような、そんな口ぶりだった。

 それとは裏腹に、表情は凄く柔らかい。

「いいでしょ。ほんとは俺に頼られて嬉しいくせに。顔に書いてあるよ、俺を構いたくて仕方ない~ってね」

 滅多に本性をみせない相手に信用されていると構いたくなる。そういうのは人間の愛欲の一部らしい。

「そんなものありませんし、頼られるのは別として問題を持ってくることは嬉しくありません」

「へぇー、でも構いたいのは本当なんだ。うんうん、そうだよね、俺みたいな美少年なんて誰もほっとかないよね」

 うんうん、と何度も頷く。

「美少年ではなく美少女では?」

 口端が少しだけ緩やかなカーブを描いている。

 目も僅かだが細まっているように見える。

「またそう言う!!いい?俺は男なの。そっちに興味はないし。それに、どちらかと言うと男でしょ。見た目も」

「夏樹は中性的ですからね。近くで見たら男性かなと疑うくらいですよ。でも、躯は…細身すぎますね」

 子供の時と変わらずと繋げて言う。

 槙さんは俺を下から上まで見通した。

「遠目から見れば十分に女の子で通じますよ」

「…まあ、助かってることもあるからいいけどね。俺って、外見男受けいいから、男なら大抵言うこと聞いてくれるし。だからつい話し掛けちゃう」

「被害が拡大するので、そういうのはやめてほしいですね」

「えー、無理」

「そもそも、いったい何を食べたら身長だけ伸びることができるんです?」

「……主にカフェインだけど?」

 それがなにか?と言わんばかりの顔をして見せる。

「カフェインの取りすぎは体に毒ですよ」

「うえ、止めてよ説教は。いいの。好きでそうしてるんだし」

 ふてくれていると、苦笑を交えた含みのある笑みを返された。

「まぁこの話は置いといて、俺こう見えても急いでるの。急用なの、多忙なの。それなのに槙さんは俺の望みを無下にするの?」

「何もそんなこと言ってませんよ。だいたい、なんの目的で来たのか自体聞いてませんよ」

「あれ?そうだっけ?」

 いつのまにか空調の音はない。

 衣類の掠れる音。微かな呼吸音がやけに大きく聞こえる。ため息なら尚更。

「急用っていうのはね、達哉が来ることで。エデンにはもう来てるはずだから此処に来るのも時間の問題だと思うんだ。俺は隠れさせてもらうつもりで来たの」

「………」

 空調が効いていないこの場。

 僅かな足音も聞き取れてしまうくらいに静まり返っている。

 身体中のすべての感覚が研ぎ澄まされてくるようだ。

 こちらをみるびしびしとした視線。感じるのは気のせいではない。

「はぁ…そう言うことは始めから言ってくださいよ。僕があの人を苦手としているのは知っているでしょう」

「ごめんって。でも俺は達哉と槙さんが仲良くしてほしいよ」

(面白そうだしね)

「困った人だ」

 否とは言わない。だが、受け入れがたい、そんな表情だ。

 俺は話を続ける。

「達哉がね、買い物につき合ってって、五月蝿いんだ。俺って滅多に出かけないでしょう?況してや誰かと一緒にだなんて。それを分かっていながら執拗につきまとってきたの。うんって言うまで諦めないって勢いだったから、走って逃げてきたんだ。俺走ったの久しぶりだ」

 一人で愉しそうに笑う。

 自分の回りに黄色い、キラキラした珠が飛んでいる気がする。いや、事実、飛んでいる。

「…そうですか。それで、僕になにをさせるんですか」

「させるだなんて、やだなー」

 首を傾げて槙さんを見上げる。

 槙さんには威力を為さない、否為しにくい。

 そのことは長年のの付き合いで承知している。

「そう思われても文句言えませんよ。君はいつも突拍子のないことをしでかす」

 くしゃくしゃと俺の髪を掻く。

「ふふ、そうだね。でも…」

『楽しいことは凄く魅惑的なの』

「でも、なんですか?」

「ううん、なんでもないよ?」

 何か言いたげな言葉。

 それでも、槙さんはなんとなく言ったことがわかっている、そんな気がした。

 それには何の根拠も証拠もない。

 第六感がそう告げる。

 女子ではないがこういった勘はよく当たるのだ。

 

 





 




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