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花の匂いに酔うまで  作者: ニク
日常と非日常
2/8

始まり

 ボーイズラブというくくりにしましたがそれが書きたかった訳ではありません。ただ深い愛情の話が書きたいだけなので、あえて男にしました。最終的な結果は、BL じゃないかもしれないです。だけど内容表現は完璧なBL です。拙い文ですが読んでくれると嬉しいです。

 雨上がりの後。

 むせかえるほどの花の匂い。

 華美な庭園に充満する。

 一人の専属庭師によって整えられた多くの花。

 季節を感じさせる代表的なものから、あまり知られていないマイナーなのもまで取り揃えられている。数量、種類共に相当なものである。

 ものによって育てかたにある癖。にも関わらずそれをものともしていない。

 花に心得があるものは是非とも見てみたいと思わせるものだ。

 それは水瀬 夏樹も例外ではない。

 この庭園を見るためだけに足を運ぶことはよくあること。

 それなりに価値がわかり、眺めていて飽きないことが理由だ。

 まるでエデンのように幻想的なそれ。

 夏樹は癒しを求めて頻繁に訪れるのだ。



 ただ今回来た目的は癒しではない―――。





*





 趣味のよい完璧な情景に佇むアーチ。

 ヨーロッパの豪邸の庭を思わせる洋風な温室は空調が効いている。

 ちょっとしたパーティが行えそうなそこは透明なガラスに囲まれている。

 外から見た景観はまさに浮世離れしている。

『エデン』

 マニアの間では、そう言われている。

 一般は、此処には立ち入ることはできないが、外からはエデンを囲む花々を見られる。

 最も中は木々に遮られ、見ることは叶わない。

 エデンは下界に存在する、天使がいる、まさに楽園だ、などと噂が噂を呼び、勝手に一人歩きをしているのだ。

 そんな中に、17歳にして少女に見間違う少年と細身の体躯の年若い青年の二人。

 少年は肩に付くくらいの漆黒の髪を婉美にも垂らしている。

 その髪を肩で受け止める青年。プラチナ色の長髪を高く括り上げている。

 漆黒の目を持つ彼は、少年の頭が落ちないように、苦しくないように体勢を維持いている。

 そんな一組はベンチに並んでいる。

 春になると咲き誇る花を見渡せるよう計算された逸品。

 そのベンチも細やかな彩飾が施されている。

「夏樹」

 男にしては少し高めのテノール。美しい容姿を想像させる美声。

 槙は夏樹の髪をすく。その手つきは限りなく優しい。

 夏樹は首もとに手が行くとくすぐったいらしく、逃げるように身を縮めた。

 一方、槙はその仕草が可愛くてわざとやっている。そのことは夏樹は知らない。

「…槙さん」

 呼吸。波打つ心音。そして横にいる人物の気配。

 それだけがこのガラスで囲まれた空間を満たしている。

 雲が厚いため光がこちらまで届いてこない。




*






 気付けば、エデンは逆光に満ちた一つの大きな空間になっていた。

 見渡す限り、全体がガラスだ。光は反射しまくっている。

 先ほど、俺は槙さんのマッサージを受けていた。

 今はその副作用と戦っている。

 耐えても耐えても、それでも強く誇張してくる睡眠欲。

 もう意識を手放してしまおうか。

 そんな考えは時節頭にくる揺れによって黙殺される。

 早く寝てしまえ。幻聴が聴こえる。

『高級なお菓子があったら、食べたくなるだろう?』

 甘い誘惑を目の前にして飛びつかないやつが何処にいるだろうか。

「どうしたんですか、今日はいつにもまして。まるで猫だ」

「槙さんがご主人様ならそれもいいかもね」

『手懐けられるほどの″ご馳走″があれば』

 軽い冗談は十八番。

「今日はどういった用件で?」

「別に。ただの気分転換。強いていうなら槙さんに会いにかな」

 ふわりと微笑む。

 槙さんは一瞬フリーズしたが、すぐ再帰したようだ。

「嬉しいこと言ってくれるね。でも君は目的がないと梃子でも動かない、違うかい?」

「槙さんには隠し事できないね」

「そりゃあね。夏樹のこと世界で一番知ってるって言い切れるよ」

 槙さんがいとおしそうに微笑むと、甘い匂いが漂う錯覚に陥る。甘いがしつこくない。

 この香は嫌う人などいないのだろう。

 その主であるこの人も嫌われたことはない。

 常に良い家のお嬢様方の目を釘図けにすることを夏樹は知っている。

「そろそろ話してくれないかな」

「せっかち。…ほんとに大したことはないよ。ただ、かくまってほしくて」

「追われているのかい?」

 心配そうに、俺を見る。

 俺は除き混むように顔を上げた。

「うん、そうなの。俺のことストーカーしてて隙あらば童貞を狙ってくる不届きものがいるの」

 小悪魔っぽく、ニヤリと笑いながら言うと、心配の、憂いの色を帯びた瞳が呆れたかのように揺れる。

 長く形のよい睫毛が伏せられた。

 再度現れた瞳に既に緊張の色はなかった。

「また達哉ですか。いい加減しつこい。…でも嫌ではないのでしょう?」

 確信のある問に口角があがる。

「まあね。知っているでしょう、彼は俺の…水瀬夏樹の数少ない″友達″さ。もちろん槙さんもね」

「僕は彼と同じ系列ですか」

 自嘲を含んだ笑みを浮かべ、まぶたを閉じるように目線が下がった。

 その様子を俺はまばたきもせず見た。

 何時かのときのように自信を無くすのかを心配しているのではない。

 その一連の動作を見逃すことがないように。神に愛されているその姿を焼き付けるように。

 こちらの視線に気づいたのか、槙さんは俺を見る。

「随分と楽しそうですね」

 ──そりゃそうさ。

 ──だって。

「その悲しそうな顔、俺がつくっているんでしょう?」

 ──神にも人からも愛される人。

 ──その表情を歪めるのも輝かせるのもすべて俺の意のまま。

 ──そして何より人の心に影が射すとき。

 ──欲望が垣間見える瞬間ほど滑稽なモノはないのだから。




夏樹の新条槙に対する呼び方を

「新条さん」→「槙さん」

に変えました。

ごちゃごちゃしそうだったので。

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