第8話 種明かし
「これは何事だ」
ざわつく演習場に、一際重みのある声が響く。
居城の主、エフバム・サラール・ローハンだ。
「何の騒ぎだ!ミリス!パリスまで!」
「お前達!何を油を売っとるか!まだまだ鍛錬が物足りないと見える!私直々に指導してやる!付いて来い!!」
エフバムの声が響く中、付き添っていたノリスが檄を飛ばす。
脇にはミリスの侍女であるジュリアの姿も見える。
大方、対応に苦慮し、ノリスにでも相談したのだろう。
暢気に観戦していた兵達は騎士団長のしごきを想像して顔を青くするが、従わない訳にはいかない。
ノリスが兵達を連れて行き、演習場にはジュリアを含めた4人を残すだけとなった。
ミリスがバツの悪い顔をする中、パリスが口を開く。
「申し訳ございません、陛下。私が魔法の実演をするからと、ミリス様を無理に連れ出したのです。面目次第もございません。罰は如何様にでも・・・」
「い、いえ、お父様、これは私が・・・」
「良い。事の顛末は大方聞いておる。流石に今回は私も呆れて物も言えん」
「しかし、陛下・・・」
「くどいぞ、パリス。これは父娘の問題でもある。ミリス、お前は今日から1週間、城内も含め外出禁止とする。部屋で自らの行いを省み、反省するが良い」
「・・・かしこまりました。申し訳ありません、お父様・・・」
そういうとエフバムは踵を返し、城内へと戻っていく。
その帰り際、パリスに小声で声をかける。
「・・・すまんな、パリス。娘が無理を言った様で」
「いえ、陛下。止められなかった私にも責任があります」
「そう言って貰えると助かる。ミリスを産んですぐ妻を亡くしてな。あれは甘やかし過ぎたかもしれん。快活なミリスの事だ、1週間とはいえ部屋に篭りきりでは不満も溜まろう。良ければ授業意外でも話し相手になってやってはくれんか。できれば諭してくれ。花よ蝶よと育てたせいか、城内でもミリスに物を言える者は少なくてな」
「はい。私で良ければ喜んで」
「うむ、苦労をかけるがよろしく頼む」
エフバムは満足そうに頷くと、城内へと戻って行った。
とんだ親バカだとも思うが、娘の男親などこんなものかもしれない。
「さぁ、ミリス様。今日は運動もされてお疲れでしょう。湯浴みをして落ち着きましょう」
「うん・・・」
さすがのミリスも反省しているのか、告げ口をしたであろうジュリアを責める事もなく、素直に従う。
ミリス自身も今回は少しやりすぎたと遅まきながら理解しているのだ。
「・・・ごめんなさい、パリス。今回は私も驚きの連続で舞いあがっていた様です。許してくれますか?」
あまつさえ、目下の者に対して素直に謝罪する。
こういった所にこの少女の性格の良さが現れている。
「勿論です。私もなんだかんだで乗ってしまいましたので・・・ミリスさんのお転婆さが実感できた良い1日でした。今日の種明かしは、ミリスさんの暇つぶしも兼ねて次回の「お喋り」でする事にしましょう」
そういうとミリスは一瞬驚いた顔をしつつ、朗らかに微笑む。
「えぇ、ぜひ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、この間の種明かしといきましょうか」
「とても気になって、反省どころではありませんでしたわ」
「そこは反省して下さいよ、今後の私の安全の為にも」
そう言うとパリスは角砂糖をたっぷり入れたミルクティーを一口すする。
「おや?茶葉でも変えましたか?何というか、いつもと違いますね・・・」
「砂糖をそれだけ入れても違いがわかるんですね・・・今回のお茶は、私が淹れました。前回のお詫びも兼ねて・・・おいしくありませんか?」
「と、とんでもない!ミリスさん直々に淹れたお茶とは恐れ入ります。例えるなら彼女の初デートで初めての手作り弁当をもらった心境でしょうか・・・とても美味しいです」
パリスがそう言うと、ミリスは顔を赤らめる
「か、彼女・・・もう!からかわないで下さい、パリス。しかし、お弁当、とは一体何ですか?」
「え、知らないんですか?お弁当・・・ほら、なんというか、事前に作っておいて外で食べるというか・・・」
「保存食のことですか?」
「保存食も広義の意味ではお弁当かもしれませんが・・・ねぇ?ジュリアさん」
話を振られたジュリアは眉一つ動かさないまま、静かに口を開く。
「ミリス様は仮にも王族ですので・・・お弁当などという非衛生的なものをお出しする訳にはまいりません」
「仮はないでしょう、ジュリア。お弁当とは非衛生的なものなの?」
「いえ、まぁ長期保存を目的として調理はしませんので、相応の時間が経てば悪くなるとは思いますが・・・基本的には朝作って昼頃に食べるので問題ないと思いますよ」
「まぁ、そんなものがあるのですか・・・外で食べる昼食なんて素敵そうですね!謹慎が解けたら今度やってみたいと思います」
「そうですね、気晴らしにピクニック・・・馬か馬車で遠乗りに行くのも悪くないでしょう。確かローハニスカの近くには聖霊の森と呼ばれる大きめの林がありますし・・・まだありますよね?」
「はい、今も聖霊の森はありますよ」
「よかった・・・何せ基本的な知識が800年前ですからね。あそこには花の絨毯と呼ばれる花畑がありまして。丁度この季節は見ごろなんですよ。よくせがまれて行っていたものです」
「せがまれて・・・どなたにですか?当時から女性の扱いがお上手なんですね」
「あ、いえ、どちらかというと嫌々連れまわされていたというか・・・それに、もう今では亡くなっていますから」
「あ・・・ごめんなさい」
「いえ、お気になさらないで下さい。私が変な事を口走っただけですので」
パリスはそう言うが、ミリスは改めて気づく。
パリスは800年前の人間なのだ。
親は勿論、知人や友人、もしかしたら恋人まで今では誰一人として残っていないだろう。
ミリスも立場上友人と呼べる者は少ないが・・・世界に自分を知っている者が誰一人として居ないというのは考えると恐ろしかった。
自分はパリスの事を本当に何も知らないのだと思い知らされる気分だ。
「さて、気を取り直して種明かしをしましょう」
「お願いします」
「魔法とは、体内にある聖霊にエネルギー、いわゆる魔力を分け与え、体内の聖霊を通じて周囲の聖霊に働きかけて魔法を行使する。これはよろしいですね?」
「はい」
「呪文には大きく分けて3つの節、聖霊に呼びかけ周囲の聖霊を起こす励起節、どんな魔法を使いたいかを伝える指定節、魔法の発現を促す発動節の3つがある。これもよろしいですね?」
「はい」
「つまり、周囲の聖霊を起動して命令を書き込み、発動指令を与えなければならない訳ですが・・・私がやった事は簡単です。直接周辺の聖霊に働きかけ聖霊の許容量以上の魔力を流す事で、聖霊をオーバーフローさせて指定節・・・つまり命令の書き込みができない、あるいは命令の書き込みを吹き飛ばしてしまった訳です。あの時のミリスさんの周囲の聖霊は私の支配下であり、発動節を唱えても魔法が発現しなかった、という訳です」
「えぇと、つまり・・・?」
「つまり、エリスさんの周囲の聖霊を慌てさせて途中から横取りした、と考えて下さい」
途中よく分からない単語もあったが、パリスの最後の言葉でミリスはあの時パリスが聞いた事も無い事をやってのけたのだと理解した。
他人の魔法の発現を無効にするなど、聞いたことすらない。
ミリスが驚きに目を見張っていると、パリスは尚も続ける。
「その周囲の聖霊に直接働きかける、というのは私の体質による所が大きいので、誰にでもできる訳ではないですが・・・後は騎士の皆さんが無意識にやっている様に、魔力を使って身体活性を行って、一足飛びでミリスさんの背後に回った、という事です」
「身体活性、ですか・・・」
「はい。魔法が使えない戦士や騎士の方でも、ものすごい力を行使したり、何メートルも跳躍したりしますよね?あれは体内の聖霊を自分の身体を動かす補助として使っているんです。恐らく多くの方は無意識だと思いますが・・・」
「それは練習すればできるのですか!?」
「はい、もの凄ぉ~~く頑張れば意識的にできる様になると思います。かつて英雄と呼ばれた方々やSランクの冒険者なんかは皆さん意識してやっていたと思いますよ」
「それができるということは・・・ひょっとしてパリスはAランク冒険者の中でも相当な実力者だったのでは?」
「いえ、私はたまたま魔力というか、聖霊と仲良しなだけで・・・第2級魔法を使うのがせいぜいですし、身体活性も中途半端ですし。何より、実戦になるとお尻ムズムズ病が出てしまいますしね」
「まぁ。まだ言い張るんですね。ふふっ」
「それに800年前は第2級魔法を扱える者も多かったですし、Aランク冒険者なんて吐いて捨てる程いましたよ」
「昔の人は皆さんお強いんですね・・・」
「みんながみんなという訳ではありませんが、今と比べて聖霊の数も多かったですしね。魔法はみんな気軽に使っていたと思います」
「今は昔と比べて聖霊の力が弱まっているという話で、魔法大国と呼ばれる我が国でも第2級の魔法を扱えるものは招かれているパブロだけですし・・・あ、でも今はパリスも居るから大丈夫ですね?」
「聖霊の力が弱まっている?・・・そう言われると照れてしまいますが、私もいつまでも陛下やミリスさんの好意に甘えてここに居る訳にもいきませんし・・・」
「えっ、どこかへ行ってしまうのですか!?」
ミリスは振って湧いた話に驚愕し、パリスがどこかへ旅立ってしまうのかと不安に駆られる。
「蘇生して頂いた恩を返すまでは厄介になろうと思っていますが・・・800年も経っていますし、世界がどう変わったかも見てみたいですね。せっかくの第二の人生ですから、各地の美味しいものを色々と試さないと・・・でゅへへ」
そう言うとパリスは口と目元をだらしなく緩ませ、笑みを浮かべる。
まだ見ぬ食べ物を思い浮かべているのか、よだれまで垂れてきそうな笑みだ。
「もう、パリスは本当に食い意地だけは張っていますね・・・私にはそんなに興味をもって下さらないのに(ボソッ)」
「え?なんですか?」
「いいえ!なんでもありません!パリスの食べる量が多くてガデッシュ料理長は笑っていらしたけど、ミリーは準備が大変だとなげいていたのですよ?」
「あ~~、それはちょっと申し訳ないですね・・・いかんせん食べ物は私の生死にかかわるので、食べれる時にはたくさん食べる!が私のモットーでして」
「冒険者の頃はそんなにひもじかったのですか?」
「そうですねぇ・・・ひもじかった訳では無いですが、稼ぎはほぼ食費に消えてましたね」
「A級冒険者の稼ぎが食費に・・・どのくらいになるのですか?」
「そうですねぇ、A級冒険者といっても、私は各地の厄介な魔物・・・魔獣を狩る専門みたいな感じでしたから、稼ぎは一定では無かったですが・・・平均すると経費を除いて自由に使える分は月に10,000Gって所ですかねぇ。」
「10,000Gを食費だけで!?」
「えぇ、食費だけで・・・そういえば、貨幣価値は今どうなっているのですか?」
またも驚愕しているミリスを傍目に、パリスはマイペースな様子でミリスに訪ねる。
「貨幣価値ですか?」
「えぇ、当時とお金の価値がかわっているのかと思いまして・・・例えば、街で売っているレモネードや、坂場の一般的な定食が今はいくらなのかなーと」
「レモネード?定食・・・ですか?」
「あれ、ひよっとして今はもう無いんですか・・・?」
「いいえ、レモネードも定食もございます。しかしながら、ミリス様はその様なものをお召し上がりになりません」
困惑するミリスを見て、ジュリアが助け船を出す。
「ジュリア、もう少し言い方が・・・そのレモネードというものをジュリアは知っているの?」
「はい、レモン果汁を砂糖やスパイスと水で割った飲み物です。街ではよく売られている様ですが・・・申し訳ございません、私も市井で購入したことはございませんので、価格はわかりかねます」
「そう・・・ごめんなさい、パリス。私もジュリアも、街で買い物をしたことが無いものですから」
「え?ジュリアさんも?・・・あぁ、そうか、王女の侍女ともなれば、貴族のお嬢様という訳ですか」
「えぇ、ジュリアはハイラボル候カデヴァ子爵の娘です」
「ご挨拶が遅れました。ジュエット・カデヴァと申します。以後お見知りおきを」
さすがは王女の侍女というところか、ジュリアは見事な仕草でお辞儀をする。
後で聞いた話だが、ミリス王女の礼儀作法の家庭教師というのだから当然といえば当然だが。
「物価等は城内の下女にでも聞けばわかると思います」
「そうですね、それであればミリー辺りに聞いてみるのはどうでしょうか。彼女はパリスが城内で発見された時も心配していたので、顔を見せてあげて欲しいですし」
「えぇ、ありがとうございます。あとでそのミリーさんに伺ってみましょう。おやつももらえるかもしれませんし」
「パリス・・・・・・」
「んっ、ゴホン!・・・まぁ、そういった今の世界を知る為にも、旅をして世界を見てまわってみたいんですよ」
「そうですか・・・いえ、父も止めはしないと言っておりましたし、貴方をここに留めたいというのは私の我儘なのでしょうね」
「いえ、何も今すぐという訳ではありません。それに、ローハニスカは食事は美味しいし、王女様は綺麗だし、文句のつけようがありません」
「会う女性みんなに同じ様な事を言っているのではないでしょうね?パリス」
「もちろんです、殿下。我が魂に誓って」
「「・・・ふふっ」」
「・・・旅立つ際に私も連れて行っては下さいませんか?」
「いえ、それは・・・」
「わかっています。"仮にも"私はローハニスカの王女ですものね。小さい頃に乳母に読んでもらった寝物語の冒険譚を聞いて何度憧れた事か・・・これも贅沢な悩みなのでしょうけど」
「ミリスさん・・・」
「パリス、これだけは覚えておいて下さい。私は、800年後のこの世界で、貴方の最初の友人だと自負していますから」
「はい・・・ありがとうございます、ミリスさん」
パリスはそう儚くも優しげに笑う目の前の友人に対し、深く感謝するのだった。
ヒロインらしくなってきた、かな?
それにしても若干キャラがブレて来ている様な気がする・・・まぁしょうがないよね!勢いだもの。(みつを風)