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罪過の守護者  作者: アバン
第一章 目覚め
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第6話 お喋り

ローハニスカ第三王女ミリス・カイルティア・ローハンはわくわくしていた。

なんと、例のアイスマン、パリスが自分の教育係になると言う事が決まり、今日がその初授業の為だ。

父であるエフバムからは、特に何を教わるとは聞いていない。

パリスを国内に押し留める為の方便だろうが、ミリスは父エフバムに深く感謝していた。


(だって、800年前の人物・・・しかもA級冒険者の講義が受けられるのですもの・・・素敵すぎるわ!!私が彼の正体を見極めるしかないわね)


と息巻いていたのである。

友人であるミリー・ベリー―城内でも友人と呼べる数少ない者の一人だ―からの情報によると、見た目にそぐわず大食漢で、軽薄そうな・・・というかどこか頼りなさそうな喋り方をするらしい。

謁見の間での一幕を見る限りそうとも思えないが・・・流石に国王の前だ、シャンとしていたのだとも考えられる。今思えば言葉の端々から優しそうというか、頼りなさげげな雰囲気が出ていた様にも思える。

ミリスがそう取り留めもない事を考えている間に、部屋がノックされる。

コンコン。


「どうぞ」


侍女が扉を開けると、そこには今思いを馳せていた本人、パリスが立っていた。


「失礼します。ミリス・サラール・ローハン様、本日より教育係の一人として仕えさせて頂く、パリスと申します。謁見の間ではろくにご挨拶できませんでしたが、改めてよろしくお願い致します」

「よろしくお願いします、先生。私の事はミリスで構いません。まだ成人式も迎えていない若輩ものですので」

「いえ殿下、そういう訳にも・・・」


パリスはそう言い、脇で鋭い眼光を放っている侍女、ジュリアを一瞥する。

だからジュリアは嫁の貰い手が無く行き遅れるのだ、とミリスは思うが、決して口にしない。

それを口にした日にはジュリアの受け持つ社交礼儀の授業が大変な厳しさになるからだと身をもって知っているからだ。


「なるべく普通に話して下さい。授業の間で構いませんので。城内ではそういった者が少なくて・・・父からは何を教えろとは言われていないのでしょう?社会を勉強させると思ってお願いします」

「・・・わかりました」


そう言うと目の前の少女は華の様に笑う。

パリスもそこまで言われては承服せざるを得ないという気持ちになる。

何より、眼前の少女がそれを求めていることはわかるのだ。

これは相当なお転婆だろう、と当たりをつける。

しかしそれがこの少女の魅力の一つになっている事は確かだ。


「では、本日は初の授業ですので、互いの信頼関係を築く為にもお喋りをしたいと思います」


ミリスの後ろでジュリアの眉が僅かに上がったのがわかる。

いくら教える事が決まっていないとはいえ”お喋りしましょう”は無いだろうと思ったのかもしれない


「素敵な授業になりそうで安心しました」

「いえ、ミリス様の笑顔に比べれば素敵なものなどそうはありませんよ」

「お上手ですね、流石ミリーをたらし込むだけはあります。彼女、あの後怪我をしていないか心配してましたのよ」

「ミリー?・・・あぁ、ひょっとして調理場の彼女ですか・・・たらし込むなんてそんな、彼女の心優しさでしょう。派手に吹っ飛びましたから」


ミリスの斜め後ろに立つ侍女―パリスは名前を知らない―の眼光が怖すぎる。これでは世間話所ではない。


「お喋りの授業という事ですので、お茶を入れてもらいましょう。ジュリア、お願いできる?」

「かしこまりました」

「あ、でしたら角砂糖は6つでお願いします。牛乳をたっぷり入れて」

「・・・・・・・・かしこまりました」

「そ、そんなに角砂糖を入れたらお茶というよりむしろ砂糖なのでは・・・?」

「糖分は大事です。脳を働かせるのも糖ですし、いざという時に活力になります。何より、甘いものは正義です」


大の甘党らしい、というミリーの情報は正しいようだ。

800年前に甘いものは少なかったのだろうか。


「父からは先生に知恵を授かり、私から先生のここ800年にあった出来事や、日常の齟齬を埋めるようにと言われています」

「はい、陛下からそれは伺っています」

「でしたら、私達は生徒と教師というよりも、対等の立場という事ですよね?」

「まぁ、ある意味そうなりますね。身分は全然違いますが」

「では、対等の友人とも言える立場になる訳です」

「んんー?・・・まぁ、拡大解釈をすればそうとも考えられます。身分は全然違いますが」

「と、いうことで。私はパリスさんとお呼び致しますので、先生も私の事をミリス、と呼んで頂けますね?」


目の前の少女は何故そんな無理難題を初日から押し付けるのだろうか。

何か恨みでもあるのか。

お茶を入れている後ろの侍女―ジュリアといったか―の眼光が更に凄いことになっている。


「と、いうことでと言われましても、流石にそれは・・・」

「呼んで下さいますね?パリスさん?(ニコッ)」

「いえ、平民と王族という身分もあってですね」

「呼んで下さいますね?パリスさん?(ニコッ)」

「あの、ですから、身分というものが」

「(ニコッ)」

「あの、殿下・・・・・・?」

「(ニコニコ)」

「・・・・・・わかりました、ミリスさ・・・ん・・・」

「はい、良くできました、パリスさん」


なんだあの笑顔は。

笑顔なのだが、異様な迫力に何故か根負けしてしまった。

もうどうにでもなれという心境だ。最悪出国すればいいとも考える。

国からこんな理由で追われるのは何としても避けたいが。

目の前の少女の嬉しそうな笑顔を見ているとどうにも気を許してしまう。

しかし、なんというか尻に敷かれている感が出ているのは気のせいだろうか・・・


(似ている・・・サラに・・・)


そう、共に戦ったサラ・ローハンに雰囲気がそっくりなのだ。

外見に共通点は少なく、性格もそこまで似てはいない。

サラは燃えるような赤髪だったが、目の前の少女は目の覚めるような金髪だ。

外見というよりも、天真爛漫な美しさや最後には自分の思い通りに事を運んでしまう様なところがサラを彷彿とさせる。


「互いに理解の一歩を踏み出し、お茶も入ったところで質問してもよろしいですか?」


その一言がパリスを現実に引き戻す。

もうお茶が入ったらしい。

ジュリアの眼光はもう諦める。


「どうぞ」

「前回は黒い不思議な服を着てらっしゃいましたが、今日は普通の服ですのね」

「あぁ、あれですか。今日着ている服は侍女の方が用意してくれた服でして・・・あれは戦闘用というか、特別な服なので、しょっちゅう着ていても良いのですが、洗濯ができません。まぁ、この貴族然とした服は私には似合わないかもしれませんが」


そういうとパリスはおどけるように笑う。

本来の彼に近づいているようでミリスは喜びを覚えた。


「いいえ、よくお似合いですわ。我が国ではパリスさんの様な黒髪黒眼の方は非常に少ないので、神秘的な雰囲気がありますし」

「いやー、そこまで褒められると照れ・・・あれ、褒められてるんですよね?」

「ふふっ、えぇ、もちろんです。それにしてもあの服は特別性ですか・・・確かにあれは金属とも布ともつかない不思議な質感に見えました」

「えぇ、あれは耐弾防刃繊維でできていまして、有体に言えばアーテイファクトです。古代の僧服をモチーフにしていると聞きました。弾丸や刃を通さず、そこらの魔物の爪や牙でも破れません・・・まぁ衝撃は通すので痛いですし、骨折もしますが」

「アーテイファクトですか!?実物を見たのは初めてです!」

「そうでもありません。謁見の間に飾られている剣、アレは高周波ブレード(ヴァイブロブレード)といって、立派なアーティファクトの一つですよ」


パリスの一言に、ミリスとジュリアは目を見開く。

まさかあのぞんざいに飾られている剣―父が聞いたら悲しむだろうが―がアーティファクトとは。


「知りませんでした・・・よく考えれば我が国も歴史だけはありますもの。アーティファクトの一つや二つあってもおかしくないのかもしれませんね」

「歴史だけはって・・・まぁ私の居た頃からある国ですしね、由緒正しい大国ですよ」


パリスは苦笑しつつお茶を楽しむ。

が、熱いので少々息を吹きかけて冷まし、すする。

王女が自国のことをここまでぞんざいに話すのも珍しい。

やはりミリスはお転婆というか、歯に衣着せぬというか・・・王族としては少し変わっている様だ。

ミリスは何が楽しいのか、不作法にもお茶をすするパリスを眺めていたが、ふと気になった事をパリスに訪ねてみることにした。


「ところでパリスさんはおいくつなんですか?私は17歳、来年成人を迎えます」

「そうですね、私は・・・外見的に言えば24歳ですね。実際には800歳を超えた老人ですが」

「あら、随分とお若いな翁ですこと」


2人は冗談を言い合いつつも、ゆっくりとお茶を楽しむ。

さすが王宮だけあって、良い茶葉を使っているようだ。


「それにしても24歳ですか・・・パリスさんはお若く見えますね。失礼ですが、私と同じか少し上程度だと思っていました」

「東洋人は西洋人に比べて若く見られがちですからね。酒場を追い出されたり、苦労したこともあります」

「とうようじん・・・ですか?」

「あぁ、東洋人というのは・・・なんというか、劉帝国や張帝国の様に黒髪で顔が比較的平べったい種族のことを指す言葉です」

「せいようじん・・・というのが私達を指す言葉なのですね?」

「そうです。まぁ広範囲というかおおまかに言ってなので厳密な区別はありませんが」

「そんな言葉があるとは・・・でも他の者にそれを話しても通じなさそうです」

「でしょうね」


そう微笑むとパリスは紅茶を一口飲む。

うむ、いい甘さだ。


「パリスさん、ちなみに張帝国も滅亡していますよ」

「ぶっ」


したり顔で話していた自分が恥ずかしい。

はやり800年も経っていると色々とかわっている。


「パリスさんがいらした頃はどんな国があったのですか?」

「そうですね、基本的には原初の10人が興したとされる国々ですね。ここローハニスカは勿論、シニーポン、オルダニウム、ラフマニノフ、パッケローニ、劉、マラケッシュ・・・共和国だとカイノス・ギリシア、マグワイア、スタントンの10つでしょうか」

「今ではその10国の内、張、マグワイア、カイノス・ギリシア、ラフマニノフの4つが滅亡しています。残る6国は歴史ある大国とされています。他にも、ガイスト帝国、ゲットー共和国、ミッドガッズ王国等・・・新興国と呼ばれる国があります」

「4つもですか・・・いえ、当然といえば当然なのでしょうね」

「そうですね、人の歴史は争いの歴史。悲しいことです。ですが、その原初の10人というのは初耳です」

「初耳ですか?神聖暦前の大洪水で疲弊した人類を導いたとされる方々で、10国の初代国王や首相です」

「聞いたことがありません・・・大洪水の後は神々が民を導いたと聞いています。神本人から(・・・・・)

「・・・神々は、自我を持っています。彼らは人の上位存在ではありますが、人格がある・・・つまり、人と本質的には同等で嘘を付く事もある(・・・・・・・・)のです」


ミリスはパリスの発言に息を呑む。今の発言は神々に対する冒涜とも取れる。

比較的信仰心の低いミリスとて―父から第三級神祇官の位を取れと言われて第三級戦闘神祇官の位を取ってくる程には信仰心が薄い―今の発言は危険なものに思えた。

この世界で面と向かって神を批判する者など聞いた事もない。


「すみません、少々過激な発言でしたね・・・何にせよ情報というのは簡単に歪みます。発信者の主観が入る場合もある。まずは鵜呑みにせず、情報の信憑性を疑うことが大事でしょう」

「情報の信憑性・・・それはこの前十分に思い知った気がします・・・」


ミリスは小声でつぶやくと、パリスが城内に持ち込まれた際の噂話を思い出す。

しかしミリスとパリスの2人は神云々の部分には取り乱さず、紅茶を飲む。

今の会話を国賓神祇官(パブロ)が聞いていたら卒倒か激昂するかもしれない。


「ところでパリスさんは何級の魔法まで使えるのですか?私は3級までしか使えません。冒険者ということでしたが、得意な武器はあるのですか?ドラゴンを倒したことはありますか?勇者というのは本当にいたのですか?」

「ちょ、ミリスさん落ち着いて下さい。目が爛々と輝いていますよ」


歳相応ではあるのだが・・・成人前の女性が冒険譚を聞きたがるというのはいかがなものか。


「失礼しました。ですが寝物語の冒険者、それもA級の冒険者が目の前に居るとあっては・・・気になります」


そう言ってミリスはむくれる。

その様子は非常に愛らしく、この娘の仕草に作為的ないやらしさを感じないが、天然で行っているのか、計算で行っているのかが思わず気になってしまう。

苦笑しつつも、パリスは問いに答える。


「そうですね・・・というか今さらっと凄いこと言ってませんでしたか?3級魔法が使えるとか・・・」

「はい。当初は王族の嗜みとして父から第三級神祇官の位を取って来いと言われたのですが・・・あまりにも授業がつまらなかったので、第三級戦闘神祇官の位を頂いてきました」

「ま、まぁ神祇官には違いないですが・・・」

「だって、礼儀作法はそこのジュリアに嫌という程仕込まれましたし、箔をつけるなんて理由で長々と第3級睡眠魔法(スリープ)の様な抗議を聞いていられませんわ」

「講義が第3級睡眠魔法(スリープ)の効果を持っている事には同意します。えっと、国賓神祇官のパブロさんが第二級戦闘神祇官ですよね・・・その若さで第三級とは・・・というか一国の王女が戦闘神祇官を取得するとは・・・」

「でもそのおかげでパリスさんを起こせたのですよ?」


第三級戦闘神祇官といえば、一流の魔法使いだ。

一般人の到達点とも言える。

自分の蘇生に目の前の第三王女が尽力したとは聞いていたが、まさか直接的な形で尽力していたとは夢にも思わなかった。

ミリスの背後に立つジュリアが「もっと言ってやれ」という表情でうなづいている。

これでは教育係の苦労も知れるというものだ。


「ありがとうございます・・・どうやら最初は魔法を教えた方がミリスさんが喜びそうですね」

「はい、是非!」

「神祇院で習ったでしょうが、基本的に呪文を唱えれば第五級戦闘神祇官だろうと第三級戦闘神祇官だろうと魔法の行使自体はできます。あとはそれを起こす魔力があるか、起こす事象の規模を大きくしたり、制御できるかというだけです。なので魔力値を上げる授業になると思います」

「それは嬉しいです!第2級を使えるようになれば私にもヒールが使える様になります。今は国内にパブロ様しか回復魔法の使い手が居なくて困っていたのです。第3級のキュアが使えるものは何人かおりますが」

「え、ちょっと待って下さい、じゃあ第二級戦闘神祇官って国内にパブロさんただ一人なんですか!?」

「はい。昔に比べて聖霊の力が落ちているとのことで、戦闘神祇官自体も少ないんです。産業の多くを魔法に頼っている我が国では別の方法を模索すべく、遺跡の探掘等を行い始めたのです」

「なるほど、それでヒール一つであれ程警戒された訳ですか・・・」

「はい。それを除いてもパリスさんは氷付けになってた位ですから、警戒で済んで良かったと思いますよ?」


クスクスと笑うミリスからはからかうような雰囲気が見て取れる。


「という訳で、パリスさんの凄さを知りたいので修練場に行きましょう?」


あれ、最初の授業はお喋りって言ったよね?とパリスが思う間にあれよあれよと話が進んでしまった。


ヒロイン頑張ってます?

和気藹々とお喋りする回です。

説明台詞が多いのはご愛嬌。

おかしいぞ、この回にはオッサンが一人も出てこない・・・

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