第4話 目覚め
その男は夢を見ていた。
遠い日の仲間達。
かつて在りし夏の夜の夢。
―こんな奴らを守って何になる!飽きもせず地球を汚染し、争いを繰り返す!ある程度環境は改善されているんだ、もう装置は停めても―
―それが人間だ。善と悪を持ち、深い愛を見せたかと思うと残虐にもなる。だからこそ我々が護り、導かねばならない―
―それでまた戦国の世に逆戻りか!ここまで人口が減ったんだ、いっその事いくばくかを選んで―
―だめよ、ケント。そんな悲しいことを言わないで。貴方が気づいていないだけ。世界には―
「―愛が溢れている・・・か。君の言いそうな事だ・・・サラ」
彼―アイスマンはそう呟くとまぶたを開いた。
見知らぬ天井。
夜の静寂。
かすかに香る草の匂い。
どうやらここは奴と雌雄を決した所では無いらしい。
(ここはどこだ・・・どこぞの城?の様だが・・・まずは情報集しゅ「グゥゥゥゥ~・・・」)
「・・・いや、まずは飯だな」
どうして自分がこんな所にいるのか。
「奴」はどうなったのか。
わからなことだらけだ。
自身の置かれた状況も把握できない。
周囲の薬品を見る限り医務室の様だが・・・
自分は「救出」されたのだろうか。
笑ってしまう。
しかし、腹が減っては戦はできぬというか、まずは腹を満たすべきだろう。
自分の中の”こいつ”を抑える為にも。
何より、彼自身が全身で食物を欲していた。
「米、あるかなぁ・・・パンでもいいけど。肉食いたいな・・・」
アイスマンはそう呟くと身体を起こし、食べ物のありそうな所を探すことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふんふふ~ん♪ふふふんふんふふ~ん♪」
少女は鼻歌を歌いながら、大きな寸胴鍋をかき回していた。
彼女の名はミリー・ベリー。
兵の食事を用意する下女の一人である。
王族の食事は勿論国仕えのシェフたちが作るが、兵士の食事はそうもいかない。
なにしろ、数が尋常ではないのだ。
そこで、数人のシェフの指揮の下、ミリーの様な下女―しかし、給料はいい―が数十人がかりで兵の食事を作る。
多くはスープや豆の煮物等、一度に多くを調理できるものだが、城常駐の兵士だけでも数千人規模だ。
その食事を作るとあってミリー達下女は朝日も昇らぬ内から下準備に追われている。
とはいえ、難しい顔をして料理をしていたのでは味気ないし、楽しくもない。
やはり料理は愛情だ、とミリーは思っている。
多くの兵士が数分でかっ込む食事だとしても、それが彼ら一日の糧になることは間違いないのだ。
「ふんふんふ~~~・・・おやっ?」
ふと、ミリーの視界の端にごそごそと蠢く黒い影が見える。
一瞬あの悪魔の虫かと思い、ぞっとしたが・・・それにしては大きい。というか、人間だ。
また夜勤明けの兵士が性懲りも無くつまみ食いしに来たか・・・と思い、声をかける。
「こらっ!つまみ食いはいけません!もうすぐ朝食の準備も始まります・・・筋肉料理長に見つかったらまた医務室行きですよ?」
「んぐっ!?」
ミリーは言いつつ自身で言い放った筋肉料理長―ガデッシュ総料理長を思い浮かべる。
気さくで優しいのだが、食べ物を粗末にしたり、こっそりつまみ食いをしようとしたりすると烈火の如く怒る。
どんな料理に必要なのかと首を傾げたくなる程の筋肉質であり、噂では若い頃にあのノリス騎士団長と引き分けた事があるらしい。
どうして騎士団長―その頃は一般の騎士だろうが―と料理長が戦う事になるのかは謎だ。
あの筋肉から繰り出される包丁で捌かれる家畜を見ていると、人間で良かったと思わざるを得ない。
つまみ食いが見つかった兵士は漏れなく鉄拳制裁をくらい、医務室直行という者も少なくない。
しかし兵士や侍女からの信頼は厚く「おやっさん」の愛称で親しまれている。おっちょこちょいな兵士は自業自得だ。
春になると新兵も増えるので、よくある風物詩の一つではあるのだが・・・やはり目の前で人間が吹き飛ぶ所を見たくはない。
「今なら秘密にしてあげますから、早く・・・あれ?」
「んぐんぐ、もふぁふぃ」
ミリーの目の前に立ち上がった男は、リスの様に頬を膨らませ、パンやハム、チーズをこれでもかと頬張っていた。
逆に可愛く見える程だ。男の服装も見慣れた兵士のものではない。
この国では珍しい黒髪をしており、黒を基調として銀をあしらったローブの様なものを身に着けている。
金属とも布ともつかない不思議な素材でできているようだ。
少なくともミリーはこんなおかしな格好の兵士をみた事はない。かといって、害があるようにも見えない。
どうしようかと迷っているところで、目の前の黒い男がようやく口を開く。
「んぐんぐ・・・ゴクン。いやー、うまい!やはり食べ物は最高ですね!強いて言えば米が見当たらないのが難点ですが流石お城。パンもハムもチーズも豆もミルクもうまい!これで焼きたてのパンにバターをたっぷり塗ってピーナッツバターにフルーツと洒落込みたい所ですが・・・何しろ勝手がわからないもので。おや?そのスープおいしそうですね。そちらも一杯いただけますか?あぁ、いえ、一杯といわず五杯でも六杯でも行けますとも。こう見えて大食いなんですよ。はっはっは!あ、それと食後のコーヒー頂けます?角砂糖は6個でミルクをたっぷりのやつ。いやー、それにしてもその若さで料理人とは頭が下がります!料理ができてお美しい・・・夫になる男が妬ましいですね。あ、ところでお肉ありませんか?」
あっけに取られるミリーの前で、男は尚も食材を頬張りながらまくしたてる。
ミリーとて女だ、美しいといわれて照れる気持ちもあるが、私は料理人ではありません、と反応することができない。
あやしい男の立て板に水のような言葉にもびっくりしていたが、何よりその男の背後に立つ筋肉料理長の怒気に当てられて喋れないのだ。
「ほぅ・・・ありがとうよ、坊主。俺の料理を堪能してくれたみたいでよ。ついでに俺の拳も味わってってくれや」
男がゼンマイ仕掛けの様に振り返ると、そこにはシェフ服がはちきれんばかりに盛り上がった見事な肉体を持つ、身長2mはあるかという偉丈夫が立っていた。
ようやく主人公登場です。
タイトルを「料理長爆誕!」にしようか迷いましたがやめました。
ちなみにミリーは若干ミニのメイド服です。私の脳内で。