第3話 氷解
俺の名はガデム・シッター。
野心はあるがどこにでもいる―いや、そんなに数多くない有能な兵士の一人だ。
しかし、有能とはいえ所詮俺は兵士。
その俺がどうして国王陛下と国賓神祇官と第三王女に囲まれてこの掃き溜めの様な狭苦しい兵舎で顔を突き合せなければならないんだ。
決めた。今日は貯金を崩して一番高い酒を飲み、一番高い女を買おう。そうだな、最近評判のシスティがいいか―
ガデムは痛む胃を押さえ、新兵の気持ちで命令をこなし、動くしかないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「陛下。「彼」が噂のアイスマンですか?」
「アイスマンとな。言い得て妙だな。確かに「彼」と呼び続ける訳にもいくまい。しかし、もう噂になっておるのか」
「えぇ、ですからミリス様もこちらにお見えになったのではないかと」
国賓神祇官はそう言うと、瞳に状況を楽しむ様な目を浮かべる。
パブロは神事を取り仕切る神祇院から派遣されている第二級神祇官であり、ローハニスカ王国の神事を取り仕切るアドバイザーだ。
また、パブロは通常の神祇官の中で、戦闘神祇官の位も持つ数少ない者の一人だ。
その位は第二級戦闘神祇官。
世界でも数十人しかいないと言われる高位の戦闘神祇官である。
魔法大国であるローハニスカ王国と神祇院の関係の良好さが垣間見える。
「陛下に呼ばれてここに来るまでの間、ちらちらと聞こえてきましたよ。やれ古代人だ、やれ新魔法実験の被害者だ、と」
「運ぶのも一苦労だったらしいからの。それだけ人目についておれば致し方あるまい。折を見て何らかの発表をせねばなるまいな」
「それがよろしいかと。変な噂が立つ前に事実として公表した方が変に勘ぐられないでしょう」
「しかし、それもこの氷をどうにかしてからだな」
エフバムはチラリと「彼」―アイスマンを見る。
「些事につき合わせて悪いが、どうにかできるのがお主しか浮かばなかったものでな」
「いえいえ、陛下のご要望とあらば、喜んでお手伝いさせて頂きます。それに―私も彼に興味がありますし」
「うむ、地震による隆起で新たに遺跡が出たと思えば、まさか人が眠っているとはな。捨て置く訳にもいかず、どうしたものかと手をこまねいていた所だ」
「それにこの尋常ならざる冷気・・・これは自然のものではなく魔法によるものでしょう。それも、高位の・・・それこそ第1級以上の魔法によるものかと」
「やはりそうか・・・そうなると彼、いやアイスマンがどうしてあの様な所でこんな状況になったのかが気になるな。鬼が出るか蛇が出るか・・・このまま闇に葬ろうかとも考えた。不利益を呼び込んではたまらんからな。しかし・・・」
そう言うとエフバムはニヤリと笑い高らかに言い放った。
「こんなに面白そうなものを捨て置く事などできん。そうだろう?パブロ、ミリス」
それは確実にミリスとの血の繋がりを感じさせる笑顔だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
兵舎から演習場に移されたアイスマンは一般兵の好奇の視線を一身に集めていた。
世界でも有数の第二級戦闘神祇官の魔法が見れるとあって演習場は盛況だ。
兵や侍女がもの珍しさに釣られて集まっているが、エフバムは黙認した。
第一、我が娘が第一に―自分は棚に上げて―飛び込んで来たのだ。
娯楽の少ないこの時代、少しはガス抜きになるだろうとも考える。
「では陛下、始めさせて頂きますが・・・おそらくこの氷、我が最大の爆破呪文を用いても一度では効かないでしょう。何度か試しますので、見物客の皆様には十分に距離を取らせて下さい」
「うむ、頼む」
そういうとエフバム自身も大きく下がり、広大な演習場にはパブロとアイスマンだけになる。
「そのまま魔法を使っては演習場が吹き飛んでしまいますので・・・アース・ウォールで彼と我々を囲みます」
そういうとパブロは精神を集中し、呪文を唱える。
「スピリッツ・コール。其は土なり。万物を堰き止める不動の守護者なり・・・アース・ウォール」
パブロがそう唱えると演習場の土が盛り上がり、アイスマンを薔薇の花弁の様に幾重にも取り囲む。
また演習場の外延を囲む様に強固な土壁がパブロ達を取り囲む。
それを見たミリスとガデムら観客は息を呑む。
いくら第4級魔法とはいえ、強度を保ったままここまでの数を造作できる手腕に息を呑んだのだ。
「私は戦争等の殺生には参加できない為、攻撃魔法は披露したことがありませんが・・・第二級戦闘神祇官の面目躍如ですね」
パブロは先程よりも綿密に精神を集中し、自身最大の攻撃魔法を唱える。
「スピリッツ・コール!其は爆風。万物を打ち砕く炎の衝撃なり!エクスプロージョン!」
パブロがそう唱えた瞬間、幾重にもアイスマンを取り囲んだ土壁が爆散する。
それと同時に凄まじい爆音が皆の耳を叩き、遅れて熱風が頬を撫でる。
遅れて爆散した土までも降り注ぐのだから見物客はおおわらわだ。
「これは・・・凄まじいな」
「はい、私も第三級戦闘神祇官の位を拝命しておりますが、格が違うと申しますか、その・・・凄いですね」
エフバムの独白にミリスが答える。
防護の為の土壁が無ければ、余波だけで火傷をしてしまいそうな熱量だ。
ミリスが爆風の収まった爆心地を見ると、相変わらず氷に包まれたアイスマンが見える。
「これだけやっても氷が砕けぬどころか、溶けもしていないとは・・・」
「いえお父様、よく見ると少し溶けているように見えます」
エフバムが目をやると、確かに氷が少し小さくなっている様に見えた。
「陛下、結果を見るに何度か繰り返せば氷はなんとかなりそうです。しかし・・・私の魔力が持つかどうか。氷を溶かした後に回復魔法もしなければなりません。氷が薄くなってくれば、中のアイスマンまで吹き飛ばしてしまうかもしれません。何よりエクスプロージョンはそうそう連発できません。」
「うーむ・・・」
エフバムとパブロが困っている所に、ミリスが閃いた様子で語りかける。
「お父様、氷を溶かせばよろしいのですね?それならば何とかなるかもしれません。ガデム殿にも手伝ってもらう必要がありますが」
エフバムは娘を見やる。
こういう時は素直にやらせた方が面倒が無くて言いと経験上わかっていた。
どんな父親も娘には甘いものである。
「現状手詰まりなのだ。やってみるがいい・・・ガデムと言ったか、ミリスを手伝ってやれ」
「はっ・・・」
ガデムは王の勅命を受け、ミリスの脇に出る。
もうどうにでもなれといった心境だ。
「使うのは第4級魔法、マイクロ・ウェーブです。通常は洞窟の地形を判断したりするのに使いますが・・・第三級戦闘神祇官の我々が全力で使えばそれなりの出力になるはずです。それを2方向から当てれば・・・対象が温まります。かなりの温度で」
「マイクロ・ウェーブにそんな使い方があるとは・・・どこでそれをご存知になったのですか?」
「乙女の秘密です」
まさか魔法に別の使い方が無いかと研究して試していた、とも言えずミリスははぐらかす。
人目のない所では出された食事―王宮の食事は冷めていて味気ない―を温めるのによく使っていた。
「では・・・行きます!」
「「スピリッツ・コール!其は波なり。愚者を欺き万物を暴き出す心眼の波なり。マイクロ・ウェーブ!」」
二人がそう唱えると、しばらく変化はなかったが、徐々に氷が溶け始め、アイスマンの周りに水がたまる。
溜まった水も沸騰し、気化して消えていく。
どのぐらいの時間が経ったろうか。
眼前には氷の呪縛から解かれ、漆黒のような黒髪を備えるアイスマンが横たわっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「しかしお見事です。まさかマイクロ・ウェーブにあの様な使い方があるとは・・・流石は魔法大国ローハニスカの姫君です」
パブロは素直に関心した。
魔法は何も強さだけではないと改めて実感したのだ。
褒められた当の本人は国賓神祇官の賛辞よりも目の前の「彼」―アイスマンに気が向いている様だ。
「魔法は良いが、もう少しお淑やかになって欲しいものだ・・・パブロ、蘇生はできそうか?」
「実例が無いのでなんとも言えませんが、試してみましょう。
スピリッツ・コール。其は生命。苦痛を退け死の淵より呼び戻す生命の鼓動なり。ヒール!」
アイスマンの全身を、柔らかな光が包む。
通常であれば、いくら魔法とて死者の蘇生はできないが
いわば冷凍保存の仮死状態であると見られる為、試す価値は十分にある。
しかし、しばらく経ってもアイスマンに変化は見られない様子だった。
そこへ、ミリスの行動が皆を驚かせる。
「スピリッツ・コール!其は波なり。愚者を欺き万物を暴き出す心眼の波なり。マイクロ・ウェーブ!」
「ミリス!?」
「魔法で体温を上げます。パブロ様はヒールを続けて下さい。体温が上がれば、何かしらの変化があるやもしれません。ガデムは心臓マッサージを!」
医務室にまで連れてこられたガデムは言われた通りにアイスマンへ心臓マッサージを行う。
もはや胃痛どころではなく、考える事自体を放棄していた。
しばらくするとガデムの手のひらに動きが感じられた。鼓動である。
「へ、陛下。鼓動が・・・鼓動が戻りました!」
「なんと!」
ガデム他、皆一様に驚愕を顕わにする。
世紀の死者復活だ。
「顔に赤みも戻ってきました。鼓動が戻ったのであれば、あとはぬるま湯につけて様子を見るのがよろしいでしょう」
「あとは、彼が何者かだが、、、まずは意識の回復を待つとしよう。意識が戻るかはわからんが・・・」
4人は後を侍女に任せ、医務室を後にする。
これが人類の存亡を左右する始めの一歩とも知らずに。
まだ主人公出て来ねぇ、、、(ノω`)
ガデムが予想外に活躍して、作者困惑・・・