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終編-未来へと続く道【ナオキ】

Hello, シャルフィス。ロビンソンは、いまどこを航海してる?


 メールの書き出しは、いつの頃からかそんな風になっていた。


僕の方は順調に大学生活を送っているよ。直前で専攻を変えてしまったけれど、なんとかやっていけてる。いつか、どこかで、君たちに追いつけるよう努力するつもりです。シャルフィスの方は、毎日をどんな風に過ごしている?教えてください。


 書き終わった文面を2度確認して、僕は送信ボタンを押下する。メール送信画面に切り替わり、通常よりも長い長い時間を掛けて、インジケータが左から右に伸びる。

 やがて、ぴ、という軽い電子音が送信完了を告げた。

 それを見届けて、僕はそっと胸を撫で下ろす。

 今回も、まだ大丈夫だった。

 その事に大きく安堵する。

 まだ繋がっている。まだ、彼女とのラインは生きている。もう逢える可能性は殆ど残っていないとしても、その事実は僕をとても安心させた。

 シャルフィスは別れ際に言った。

 いつか、メール交流さえ出来なくなる。間隔が4日に戻ったら覚悟した方が良い、と。だが、当初の予想を遥かに超えて、僕たちはまだメール交流を続けることが出来ていた。

 送ってから戻ってくるまで、おおよそ6日間。

 待っている間はもどかしいけれど、それでも、まだ返ってくると思えば耐えられる。


 ──シャルフィスたちが、頑張ってくれているのかもしれない。


 僕たちの星には、星間通信を行えるほどの技術力はない。いや、高出力な衛生通信回線を使えば可能なのかもしれないが、それはとても一般人が恣意的に使用できるものではなかった。

 そもそも携帯メールという一般的なデバイスが、それにいつでも繋がれるとは思っていない。

 いまでも、メールは返信という形でしかロビンソンには送れない。

 それは、ひとえにロビンソンの住人が努力しているということなのだと僕は思う。いつか、その技術に追いつくことが、僕の夢となった。

 そう。

 少し語っておくことがあるとしたら、あのファーストコンタクトは地球に様々な影響を及ぼした。

 この世界の外側には──宇宙には地球人とは違う知的生命体がいることが分かったし、 そこにたどり着くには、技術的に解決しなければいけない問題が数多に立ち塞がっていることが証明された。

 そして。個人的にはこちらの方が重要なのだけれど、コンタクトを行った当事者たちは、より彼女たちに影響を受けていた。

 未知に接して。

 鮮やかに、褪せることのない想い出をロビンソンの住人は植え付けて行った。

 不思議なことにというべきかもしれないけれど、コンタクトを行ったすべての地球人は、コンタクトの詳細をメディアに語ることはなかった。性質の悪い週刊誌というか、まあ、悪い意味でのメディアがその一端を報じたことはあったけれど、誰も、肯定も否定もしなかったのだ。

 たぶん、それは。

 ロビンソンの住人の心に触れ、そこに同意したからなのだと想う。なによりも、あの貴重でかつ宝石のようなやり取りを誰かに知られることなんて我慢がならなかったというのも、きっとある。

 例外はひとつだけ。

 コンタクトを行ったもの同士の情報交換だけだった。

 シャルフィスたちは何を思ったか、再び宇宙を旅することになってからの最初のメールで、コンタクトを送った人たちのリストを送ってきたのだった。

 僕はそれに対して何の意図があったのか、メールで尋ねてみたことがある。だが、それは、


──ナオキたちが答えに気付いたとき、教えてあげる。


 ……と何とも答えとは程遠い回答とも言えないものだった。

 情報社会のなかで、このリストの意味はとても微妙な位置にあった。個人情報保護が叫ばれるなか、地球人側の名前と交流時の所属が書いてあった訳だから。気にする人がみれば、それは地球外生命体がしたこととはいえ、眉を顰めるではすまないものだろう。

 彼女たちはこういうところまで、僕らを見越していたのだろうか?

 結論から言えば、コンタクトを行った僕らはこれを問題にはしなかった。それどころか、全員が秘密を守り抜いた。なにせ、このリスト、世間一般には、こういうものが送られてきたという認識さえされていない。

 もしかしたら、ファーストコンタクトを行う基準に、こうした性格の部分も織り込むようにしていたのかもしれない。

 ロビンソンの技術、そして在り方は、思っている以上に高度だった。

 そう、これによって僕はひとつ得たことがある。

 僕が新しく通うことになった大学。

 そこで、同じようにコンタクトを経験した人物が居ることを知ったのだから。


*


「ナオキ、こっちだ」

「相変わらず早いね」


 講義の受講教室に行くと、見知った顔が僕を見つけて手を振った。

 応じて、僕はその隣に腰を下ろす。

 わざわざ確保しておいてくれたのだろう。

 応用力学の講義。

 あのファーストコンタクトがあってから、こういった形の講義や実習はとても人気を博している。前から3列目という位置は、目の前のホワイトボードが見やすいこともあって人気列だった。とてもじゃないが、講義開始10分前では座ることの出来ない席だ。


「そう思うのなら、もう少し早く来たらどうだ?」


 顔立ちの整った──あのファーストコンタクト中に公園ですれ違ったイケメンの青年、春兎はるとが呆れたように言う。


「そのつもりだったんだけれどね」

「なんだ寝坊か?」


 いいや、と僕は首を振った。


「昨日シャルフィスからメールが来てて。書くことをあれこれ考えてたら、だいぶ夜も遅い時間になってたんだ」

「なるほどね。ナオキの周期は昨日頃だったか」

「春兎は、あと3日ぐらい先だっけ」

「ああ、まだ届くのなら、な」


 そう言って彼は遠い目をする。

 それは未だにメールをやり取りしている僕たち共通の憂慮があった。

 交流はいつまで続けることが出来るのか。

 それに対しての答えは、出せない。

 分かるのは、もうメールが来ないのだと長い長い時間が経った後か──それとも、返信しようとして送れないことに気付いた時か。

 どちらにせよ、そうなった時、どんな行動に出るのか……自分のことながら予想もつかない。


「毎回怖いよな」


 ぽつり、と春兎が言った。


「次のメールはないかもしれない。そうじゃなくても、送れないかもしれない。何とかして現状を解決したいけれど、いまの俺たちには技術も資金もない」

「そうだね……でも、だからこそ、僕たちはここにいる」


 ただただ指を咥えて、永遠の別離を待つだけにはしたくない。

 だからこそ、僕は直前になって専攻を宇宙関係に近いここに変えたし、春兎だって同じだった。

 いつかまた、ロビンソンの住人と会うために。

 今度はこちらが向こうへ行くために。

 恐らく、これから数十年で宇宙関連の技術は大きく向上するだろう。昼夜を惜しんでというのも変な話だが、コンタクト出来た大半の人たちは、自分たちが出来るところから彼らに近付こうとしていた。

 ただ、そうしてもなお、彼我の距離は大きな隔たりがあったけれど。


「そう言えば、ナオキ。お前、告白されたって聞いたけれど?」

「……どこから」


 僕は苦い顔になる。

 春兎の言ったことは事実だったから、余計にしかめっ面にならざるを得なかった。


「サークル関係じゃ、有名な話。あの子も強いよなー。振られてなお、自分をネタにしてまで外堀埋めようとしてんだから」

「まさか、本人が?」

「そ。お前に変な虫が付かないようにってのと、まあ振り向いて欲しいんだろうな」

「だいぶはっきりと振ったつもりだったんだけれどな……それに愛想尽かされてもおかしくなかったんだけれど」


 ──告白をしてきた彼女とは、同じサークルだった。シャルフィスたちの影響で、少しでも彼女たちと同じものを見たかった僕は、天体観測を行うサークルに入ったのだった。そこで、彼女と知り合い、仲良くなった。彼女はひとつ上で、先輩ということになる。必死になって星を見る僕を見兼ねて、姉のように接してくれていたはずなんだけれど。


「『二度と逢えない人を想い続けるなんて、死んだ人を想い続けるのと一緒じゃない』」

「ナオキ?」

「振った時にね、先輩からそう言われたよ」


 星月夜の、蒸し暑い夜だったことを覚えている。

 あの時の先輩の声。涙。──そして、瞳の奥に確かに見えた激情。遠い遠い過去のことのように見えて、実のところ、まだ一ヶ月も経っていない。


「あの時、幻滅されて、嫌われたはずなんだけれどなぁ」


 春兎が肩を竦めた。


「そのぐらいじゃ、あの人は諦めないさ」

「妙に知ったことを言うね」

「だからこそ、いまだってサークル内で告白したことを隠してないんだろう? お前をさ、必ず振り向かせるって感じだった」

「……難儀だね」


 ため息を吐く。

 僕の心は数ヶ月前のクリスマスの日に、決まったのだというのに。

 たった18時間のコンタクト。

 人によっては、そのぐらいの時間で、というだろう。

 でも、僕にとっては時間の経過など関係のないぐらいに密度があって。

 あの人と共にありたいと強く強く願うには十分な経験だった。

 漂流惑星ロビンソンは、いまも旅している。

 仮にいま、地球上で同じ技術が生まれ、漂流惑星を追いかけて旅に出たとしても、何光年……いや、それ以上先に居るであろう、あの場所に追いつくことが出来るのかさえ怪しいものだ。

 それでも……

 僕は。


「ま、ナオキも精々悩むといいさ」

「まるで春兎は、それを乗り越えたみたいな言い方だね」


 指摘すると、彼は唇をわずかに釣り上げた。


「わかってるじゃないか」


 僕は少しだけむ、と臍を噛む。


「じゃあ、春兎の答えは?」


 にやり、と彼は笑って。


「教えない」


 さらに言葉を重ねようとしたところで、講義開始のベルが鳴った。

 その瞬間、見計らったかのように三十代半ばの教官が室内に踏み入る。

 怜悧な顔立ちと、冷たさを助長する細い眼鏡。

 しらっとした顔で、彼は教壇から講義室全体を見渡した。


「──講義を始める」


 見た目通りの冷たい声が、凛と室内に響いた。


*


「20日振りね」



 学食でランチセットを食べていたところに、対面から声が掛かる。

 目線をあげると、ふわりと柔らかそうな髪質とささやかに主張する胸が目に入った。さらに目を上にあげる。静かな慈しみのある目があった。

 我がサークルの麗しの先輩。

 20日前に告白され、そして僕が振った先輩がそこに居た。


「先輩……」

「前、座るね」


 手に持っていたトレイをテーブルへ置き、先輩は椅子に座り込んだ。


「さすがに気まずいかなと思っていたけど、そうでもなかったかな?」

「春兎から、告白の話が広まってるって聞きました」

「うん。言いふらしたし」


 言って、先輩はスープを一口含む。おいしい、と表情が語っていた。


「20日前は、とてもそんな風には見えなかったんですけど」

「そりゃあ、ね。あんな振られ方、納得出来ないもの」

「その結果が、いまの噂話ってことですか?」

「ええ。わたしね、自分が狙っているものを取られるのは大嫌いなの」


 そうですか、と相槌を打って僕もまた食事を再開する。

 我が道を行くという態度がどういうものか、僕はそろそろ理解しつつあった。


「『二度と逢えない人を想い続けるなんて、死んだ人を想い続けるのと一緒じゃない』」


 動かしていた箸が止まった。


「いまも、そう考えているわ」

「20日前も言いましたけど、僕の気持ちは変わらないですよ」

「そうかしら?」


 先輩は少しだけ首を傾けた。


「事実として、ナオキ君がシャルフィスさんに恋をしたことは変わらない。けれど現実として、シャルフィスさんとは逢えない。ロビンソンは旅する星で、わたしたちはそれに追いつけないから」

「技術革命が起きて、すぐに可能になるかもしれない」

「本当にそれ、信じてる?」


 僕は沈黙する。

 すぐに技術改革があり、ロビンソンを追っていける見込みがあるのなら……僕はここには居なかった。もともと志望していた専攻を変え、少しでも知識を蓄えようと日々を過ごし、天体を眺めることで無聊を慰める──そんな風にはなっていなかった。それは、コンタクトを行った誰しもがそうだろう。あの、おちゃらけた雰囲気のある春兎でさえ、もう一度心を交わした存在と会うために努力を重ねている。


「沈黙がなによりの答えよね?」

「そうなればとは、思っています」

「思うのは自由だよ」


 先輩は頷き、だから、と続ける。


「ナオキ君。誰もがそんな風に、隣に居ない人を想い続けられる?」

「先輩……」


 僕は相手を睨めつける。しかし、先輩はどこ吹く風とばかりに肩を竦めてみせた。


「正直な話を言うとね。わたしの方の気持ちが消えてしまうかもしれない。ナオキ君がシャルフィスさんを諦めるかもしれない。先がどうなるかなんて、未確定だもの。喋れない、触れ合えない、想い出も作れない。気持ちがずっと同じ保証は、それこそないよね?」

「シャルフィスとは連絡を取り合えてます」

「テキスト形式のメールで、だよね。それも、長くは続けられないって話だよね?」


 僕はほぞを噛む。その通りだった。メール周期は徐々に長くなり始めているし、次の連絡が届かないかもしれないという悪魔の囁きはいつだって傍にある。虚勢を張っていなけれ、すぐに折れてしまいそうになるぐらい細い細いルートでしかなかった。


「……そもそも、先輩はなぜ僕を好きになったんですか」

「君のひたむきさが素敵だと思ったから」

「いまの僕の?」

「そのとおりよ」


 瞬間、シャルフィスの顔が頭を過ぎる。

 そのとおりの口癖は彼女が地球に来ていた時に、覚えられたものだった。

 それは僕の口癖でもあった。

 ちくりとした痛みを抱えたまま、僕は止めた箸を再開する。

 やや冷たくなった白ご飯を噛み締めて、次の句を継ぐ。


「そのひたむきさは、コンタクトを行ったからこそ──シャルフィスと会ったからこそ得たものです」


 くすり、と先輩は笑った。

 屈託のない笑みだった。


「面白いことを言うんだね?」

「面白いこと?」

「別に誰と出逢ったから、誰に影響されたから……なんて一々気にしていられないよ。わたしのこの性格だって、考え方だって、誰かから影響を受けてここまで出来上がったんだよ。ナオキ君のひたむきさの過程なんて、どうでもいいんだ。意味があるのは、わたしがそこに惹かれたってことだけで」


 ──……。

 僕は一瞬だけ虚をつかれる。

 その言葉には一理があった。

 その隙に先輩はさらに僕の方へ踏み込む。


「別にいますぐどうこうなんてことは考えてないよ。気持ちはしばらく変わりそうもないし、時間をかけて隙間を埋めていくつもりだよ」


 手が伸ばされる。

 僕の手に先輩の手が触れる。

 振りほどくには強く、甘く、しなやかだった。


「隙間が、埋まることはないかもしれませんよ?」


 少なくとも僕はクリスマスの日、シャルフィスへの口づけとともに心を捧げたのだから。


「想い出って、ね」


 先輩は言った。


「必ず美化される。手が届かないから余計にね。そう言う意味では、現在進行形は少し不利かな。現在進行形の良いところは、いつだって新しい行動が出来るってことかな」

「先輩?」

「なんなら、シャルフィスさんともう一度会った時に勝負しても構わないよ」


 不敵な瞳が、輝いた。


「負けるつもりは、一切ないけれど、ね?」


 強い言葉に、少しだけ胸を打たれる。

 それは、これからの未来を少しだけ予感させるものだった。


短いですが、次話にシャルフィス版の未来へと続く道も投稿しています。

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