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前編-コンタクト

1

Hello, CQ.──



 未だかつて誰も経験したことのない出来事は、僅か9文字のメールから始まった。

 暦の季節では秋にもなろうかと言ったところだが、まだまだ暑い日は続き、気温が下がるのを首を長くして待っている最中に、それは来た。


Hello, CQ.


 携帯がメールの着信を告げたとき、画面に表示されたのは、意図の分からない文字列。

 いったい、誰の悪戯メールだろう。僕は嘆息したのを覚えている。目の前に大学受験を控え、同世代の殆どは、机を友としている中、だれが心の安定を崩したのだろう、と。

 だが、僕も煮詰まった頭が休憩を欲していたことは否めない。

 いつも通りなら相手にさえしなかった一文に、僕の指は携帯に文字を打ち込んだ。


Hello, I'm Naoki. きみはだれ?


 普段よりもちょっと長めのメール送信に、さあ、次はどんな風に返ってくるのだろうと少しばかり笑った。

 けれども、この時、僕の予想に反してメールはすぐに返ってこなかった。

 後から分かったことだったが、『この時期』はまだ通信が不安定で、相手にメールが届くまで数日の時を要したのだった。もっとも、その時の僕はそれを知る術はない。メール自体もメールアドレスを変えた誰かの些細な悪戯だと思っていたぐらいだ。

 送ったメールが十分経っても返ってこないことで、僕の休憩は大きく削がれたような気がした。

 椅子の背もたれにもたれ掛り、大きく伸びをする。

 部屋の窓から外を見遣れば、そろそろ空が黒からオレンジに変わり始めていた。時計に目を走らせると、時間は5時40分。夜更かしというよりは、夜に寝るタイミングを逃したぐらいの時間だった。

 学校が自主登校になってから、どうにもルーズになっていけない。

 早朝を自覚すると、ぼんやりとした疲労感は、徐々に眠気となってやってくる。

 ──今日のノルマは果たしたことだし。

 欠伸をかみ殺す。

 部屋の中にあるベッドとタオルケットが、どうしようもなく魅力的に見えた。一旦区切りがついてしまえば、抗う必要もなかった。

 僕は、ふらりと立ち上がって、ベッドに倒れこむ。

「ふにゃ……」

 適当な柔らかさは極上で、働き続けていた僕の脳は、すぐさま一時停止した。


*


『じゃあ、最初のメールの時点では、まさか地球の外から送られていたなんて、思いもしなかったんだね?』

 隣に座るシャルフィスが、上目遣いで問いかける。

 うん、と僕は頷いた。

「当然だよ。メールを受けるのも送るのも、携帯やパソコンからで、友人の誰かが息抜きにそうしたんだと考えるのが普通だったんだ」

『携帯やパソコン……ナオキが持っているそれのこと?」

「そう、これが携帯」

 ひょい、と折り畳み式の携帯電話を放ってみると、彼女は髪を少しだけ逆立てながら危なげにキャッチする。黒と灰色が混じった瞳から、微かな安堵が見えた。

「別にこのぐらいの高さから落としたって、壊れはしないよ」

『物の強度なんて、知らないんだから』

 少し強めにねめつけられる。

『ふぅん。こんなものでメールをやり取りしていたんだね』

「銀色の突起を押すと、画面が見える。開いてみれば」

『これ?』かちり、と彼女の指が突起を押し込む。『わっ……』

 いわゆるガラケーと呼ばれるそれは、勢い良く開かれ、ディスプレイを見せた。液晶画面の上には、12月25日と大きく表示され、下の方には「・シャルフィス来訪」の文字があった。

『びっくりするなぁ。これを使うっていうのは、心臓に悪くない?』

「慣れの問題だよ。僕の方からしたら、シャルフィス達のやり方が戸惑うよ」

『これだね?』

 彼女も慣れた風で、8cmほどの細長いオブジェを放る。

『はい』

「うわっ」

 僕もまた慌ててそれをキャッチする。

『それも壊れないよ? 耐久性は向こうで実証済み。こちらのダンプカーに踏まれたって、動作にはまったく問題ないよ』

「耐久性はそうかもしれないけれど、こんな細長いの、溝に落ちたら戻らないぞ」

『…………それは考えてなかったよ』

「シャルフィス」

 僕は肩を落とす。

 そして、手の中にある細長い棒──彼女達に言わせれば、「アクト・フィー」と呼ぶらしい──を眺める。似たようなものを挙げるとすれば、銀色デザインのシャーペンだろう。片側のスイッチを押せば、針のようなものが反対側から出力され、それを握ることで彼女達の瞳には仮想ディスプレイが浮かぶような仕様らしい。

「これで、メール打ってたなんて、にわかに信じられないよ」

『ナオキが使うのは無理だね。手術の時間がないし、何よりも日本政府が許さない』

 そう、この技術のある意味ですごいところは、使うのに手術が要ることだ。道具だけを手に入れても、何も出来ないように設計されている。

「聞けば技術的にはすごいと思うんだけどさ、なんか不便そうだよね、それ」

『わたしにとっては、ナオキ達の技術の方がそうだよ。道具さえ手に入れれば、誰でも同じように使うことが出来る。オープンで素晴らしいけれど、セキュリティや制限についてはやや信頼性に欠けるように思う』

「まあ、確かに使おうと思えば、誰でも使えるけれど……」

『わたし達の星ロビンソンでは、アクト・フィーは成人まで使えないよ。善悪や理論の形成の前に、アクト・フィーを使い始めて、道を外すなどと笑えない話だから』

「そこら辺は考え方の違いなのか……」

 言って、僕はまだらの空を見上げる。

 青い空と白い雲。そして薄い月と────圧倒的な存在感を放つ、大きな球形。赤と緑と紫で彩られた漂流惑星ロビンソンがそこにあった。

 惑星の広さは地球の半分ほどと聞いている。何度かやり取りしたメールから、基本的には緑なんてものはなく、無機的なコロニーの集合体が中にあるとのことだった。

 かの星こそ、シャルフィス達が住まう惑星であり、地球人が初めて出逢う異星人の本拠地だ。

 本当に、と僕は言った。

「最初は、こんな大事になるとは思わなかったんだ」

『ナオキが、おかしいと思い始めたのは、どのぐらいからだった?』

「そうだな────」

 あれは確か、と僕は記憶の糸を再度手繰り寄せる。


*


 僕が目を覚ましたのは、蒸し暑さが我慢できなくなってからだった。

 うなされながら目を開けると身体は汗びっしょりになっており、喉は水分を欲していた。からからと感じる渇きに、唾を飲み込んだけれど、一向に満たされはしなかった。

 一区切り付いて、朝方にベッドに倒れこんだことは覚えている。

 どのぐらい眠っていたのだろう、とベッドの上にある目覚まし時計を手に取ると、短針は4の文字を指していた。無論、それは夜明け近い4時ではない。

「うう……」

 寝過ぎた、と僕は思った。

 昼前には起きて、また勉強するつもりだったのに。

 のろのろとベッドから起き上がり、肌に張り付く服を脱ぎたい衝動に駆られる。いや。喉を潤してから、シャワーでも浴びよう。床のあちこちに散乱した書籍──漫画本、文庫本や雑誌など──を踏まないように気を付けつつ、僕は自室から替えの服を取る。

 僕の部屋は2階にある。

 さして長くもない廊下を数歩進むと、1階に降りる階段がある。台所兼リビングもお風呂場も1階にあり、飲み物を飲むにも汗を洗い流すにも、2階では出来ないことだった。

 父親は仕事。

 母親も仕事。

 妹は2歳年下の16歳だが、いまの時間はまだ学校だろう。

 必然的に家の中には誰もいないことになる。

 冷蔵庫の中に野菜ジュースのパックがあることを認めると、栄養補給も兼ねて、それを飲むことを決めた。プラスチックの袋からストローを取り出し、パックにぷつと差す。

 ちるる、とやや間抜けの音を立てながら、僕はリビングにあったTVのリモコンを拾い上げる。何の気なしにTVの電源を入れると、ちょうどテロップが現れたところだった。


システムトラブルか?

メール大量送信の謎


 髪の長い女性キャスターが礼をし、神妙な顔をしてニュースを伝える。

『きょう未明、送信元不明のメールが大量送信されました。メール本文には、「Hello, CQ.」とのメッセージがあり、意図は不明です。このメールは国内外に存在する殆どのメールアドレスに送信されたものとみられ、IT専門家ではシステムトラブルによる一斉送信の可能性もあると──』

 TVの画面が、携帯の画面を映し出す。

 携帯の液晶画面には、寝る直前に見た「Hello, CQ.」があった。

 僕は思わずストローから口を離す。

 間違いない。受け取ったメールそのものだ。僕は自分の部屋に置いてきた携帯を思い浮かべ、思わず部屋のある方向を見遣った。

 友人誰かの悪戯だと思っていた。

 ──返信しちゃったんだけれど。

 一昔前に流行ったスパムメールの類だったら嫌すぎる。

 TVの前のソファに腰を落ち着けて、ニュースの続きを何ともなしに聞く。

 このタイミングで分かったことは、後に比べると驚くほど少なかった。


 1.メールは大量に発信されたこと

 2.受信メールから返信とすれば、とりあえず送信できること

 3.受信メールの送信元アドレスをコピーして送ろうとした場合、送信できないこと

 4.送信元アドレスの@以降のホスト名は、どこにも登録されていないこと

 5.システムトラブルの見方もあるが、そもそも国内外殆どのメールアドレスを網羅してなければ今回のような事象は起こらないことから、裏付け捜査が必要なこと

 6.特に返信等は返ってこないこと


 僕は残っていた野菜ジュースを飲み干し、TVの電源を落とす。

 背中には起きた時とは違う汗が噴き出していた。

 正直なところ、少しだけ気味が悪い感じがした。


*


『なんか、それは酷いよね』

 シャルフィスがむくれるようにして頬を膨らませた。

「仕方がないだろ。出所や何の為にってのが分からなければ、人間なんて不安になる生き物なんだから」

『そういうもの?』

「そういうもの」

『それは、今後覚えておくとします』

「今後って……ああ、そうか。シャルフィス達は、また異星人と逢う可能性が大きいんだっけ?」

『うん』彼女は頷く。『実際、こうしたコンタクトも、地球人が初めてではないよ。わたしの母も、また別の星の知的生命体と会っているしね』

「僕たちからしたら、途方もない話だよ」

 一つのところに留まっている地球とは異なり、漂流惑星ロビンソンは、宇宙を旅する星だった。彼女達が語ったところによれば、星そのものが宇宙船になっているようなものとのことだ。

 地球のように毎年決まった季節がある訳ではなく、漂流惑星ロビンソンは、いま巡航している外宇宙によって環境が大きく変わるらしい。爛れるような灼熱の日々が続くこともあれば、息をするだけでも凍り付くような絶対凍土の時もある。それにより、流行る病気も違えば、生きる習慣も変えなければならない。なかなか想像し辛い星環境だった。

「話を戻すよ。TVを見た時、僕は気味が悪いと思った訳だけれど、今振り返れば、本当に運が良かったと思っているよ」

『ふむ。それはなぜ?』

「だって、ね。あの時、友人の悪戯だと思って返信しなければ、こうして異星人とのコンタクトを行うことも出来なかったんだから」

 そう。こうして、シャルフィスと交流できるのは、一重にあの返信したメールのお陰だった。

 当然のことながらと言って良いものかどうか分からないけれど、あの「Hello, CQ.」のメールに返信した人はそう多くはなかった。僕のように勘違いして送り返す人、遊び半分で返す人、ニュースを見て試してみた人……返信の動機は様々だったけれど、いま、こうして異星人と交流できる権利を持つのはメールをやり取りしてきた人達だけだった。

 反対に、メールのやり取りさえしてこなかった人達は、交流する異星人が居ないとも言える。彼もしくは彼女との文章をやり取りし、多少ながらの信用関係を築け、──日本に設けられた「特区」にお互い来ることが出来る場合のみ、限定的接触が許される。

 僕の廻りに、同じようにコンタクトが取れた人を僕は知らない。

『やっぱり、地球人にとっては珍しいんだね』

「そりゃあ、ね。栄えあるファーストコンタクトだよ。そっちには、もう珍しさはないの?」

『珍しいか珍しくないかと問われたら、珍しいの方。意思疎通ができる知的生命体は、広い宇宙の中でも数少ないから。ただ、わたし達は何度もコンタクトを重ねているし、ちょっと前には別の星の知的生命体とも接触出来ているからね』

「地球の近くにも、交流できる異星人が居るんだ?」

 彼女は、ぴくり、と一瞬詰まった。

『う……あー、えと、オフレコにして欲しいんだけれどね』

「え、なんで?」

 僕は首を傾げる。

『過干渉になるから。そういう事は、やっぱり自分たちの技術の上で見付けないとダメなんだよ』

「向上心を挫くってこと?」

『真っ当な進化じゃない方法になるってことだと思う。わたし達の約束事のひとつ。その線引きは、実のところ、わたし達自身各々に委ねられているけれど』

「委ねられている? 禁止されている訳ではなくて?」

『何を伝えて、何を伝えないかは、個々人の思想によって変えられる。わたし達の星ではね、14で成人になって、それからは大人として扱われるんだ。こうしてコンタクトを取れるのも大人だけで、それぞれの行動の結果は、どんな風になっても大人が責任を持つの。単純に禁止だとか、そういうものは実はないんだよ』

「なんだか、すごく高度な心の在り方のように聞こえるよ」

 そうだね、と彼女は微笑む。

 手に持った花を顔に近づけ、香りに目を細めた。

『間違える人は居るよ。そうした人は程度にもよるけれど、多くは後悔で泣くんだよ。もちろん、泣いたって自分のしたことが変わる訳ではないから、結果は変わらない』

「中身を聞くのは怖いな」

『大丈夫。そちらは教えない。──きっと、知らない方が良いんだよ』

「そっちはってことは……」

『ちょっと前の、別の星の知的生命体のことは少し教えてあげる』彼女はベンチから立ち上がる。『地球ではアルタイル星と呼んでいるところに、彼等は居るんだよ』

 言って、数歩進む。

「って、シャルフィス?」

 呼び掛けると、彼女は振り返った。

 逆光と鮮やかな笑み。少しだけ伸びたシルエット。整備されたレンガの並びに、まるでドラマか映画のような出で立ちだった。

『ここでずっと話しているのも楽しいけれど、今日の時間は有限だから。少し歩きながら、話そうよ』

 手招きされて、僕は慌てて立ち上がる。

 ──シャルフィスが日本に居られるのは、今日一日限り。

 漂流惑星ロビンソンは、旅する星だからこそ……

 地球人が初めて出逢った異星人との直接的なファーストコンタクトに赦されたのは、時間にして僅か18時間しかないのだから。




2

 大量に発信されたメールの送信元が、地球外であったことを知ったのは何時だったか。

 調査に進展はなく特別な続報もなかった為、その話題が埋もれてしまおうとした矢先──返信の返信という形でアクションがあった。

 但し、この時には既に全体に向けた「Hello, CQ.」ではなく、特定の受け取り主を想定したプライベートメールとなっていた。

『実はその時には、ある程度篩にかけられていて、返信が送られたのはロビンソンで問題無しという判定が下っていたアドレスだけだったんだよ』

 外国風の公園を歩きながら、シャルフィスは言った。

「篩に掛けたって、基準は何だったんだよ?」

『さあ?』彼女は首を傾げた。『そこは上層部の判断としか。察するに、返信の内容が不適切だとか、そういう切り分け方だったんじゃないかな』

「元々送られた内容も意味不明なものだったけれどね」

『あれは、こっちの言葉に合わせたんだよ。「Hello, CQ.」って、誰か、って意味なんだって聞いているよ』

「アマチュア無線用語みたいだけれどね」僕は笑った。「最初、多くの人はそれを知らなくて、意図が不明の言葉ってなっちゃってたよ」

『それの割には、ナオキの返信はとても的を射ていたよ』


Hello, I'm Naoki. きみはだれ?


 ──確かに、僕の返信は知らない誰かに送っても問題のない内容だった。

「そんな効果があるとは思わなかったけれどね」

『他の返信メールも幾つか見せて貰ったけれど、ナオキほどベストな返信内容は、あまりなかったんだよ』

「多少は居たみたいだね?」

『ナオキ一人だけだと思った?』

「まさか。他の人は、理解して反応したのかなって」

『それは他の人に聞いてみないと分からないけれど』

 視界内に一組の男女が見えた。

 金髪のイケメンと、有名人と並んでも一切遜色のない美女。相手側もこちらの姿を認めると、ふわりと笑った。

 シャルフィスが、小さく手を振ると、美女の方が手を振り返した。

『あの人もロビンソンからの来訪者だよ』

 意外に思っていたところに、小さく訂正が入った。

「誰でもそうするのかなと思ったところだった」

『まさか』先ほど僕が言ったように彼女は声をあげる。器用にも肩を竦めても見せた。『あの人とは同郷という以上に、コミュニティでもそれなり親しかった』

「コミュニティ?」

『日本の言葉にあわせると、学校というものが近いかな。もっとも、わたし達はそこで本当の意味での集団生活まで実習するから、より、ひとつの家族に近い形にはなる』

 僕たちと同じ二人組が、すれ違う。

 シャルフィスと美女は笑って、一瞬だけ手を合わせた。

 僕と相手の男は、それらを見て、お互いを一瞥する。険悪さはなく、友好の雰囲気もない。知らない人と道ですれ違ったようなもので、たとえこういう場であっても、声を掛け合うような場面にはならない。

『挨拶とかしないんだね?』

「ロビンソンから来た人にってこと?」

『ううん。同郷の人間に』

「そういう国民性じゃないよ。お互い知らない同士だしね、よほどの事がないと声を掛け合ってなんてしない」

『異星交流はよほどの事ではないんだ?』

 いや、と僕は首を振った。

「それはよほどなんてものじゃないよ。でも、仲良くなるにはちょっと条件が違うかな。例えば、無人島に2人だけとかになったら、手を取り合うようになる」

『危機感が伴わなければ、手を取り合えない?』

「必要性がなければ、なんだと思う」僕は学校でのクラス替えの時を思い浮かべる。「一年過ごす場所で殆ど誰も知り合いが居なければ心細いけれど、ある程度知っていれば、それ以上の交友関係はなかなか広がらない」

『何て言うか……難儀な生き物だよね』

「そっちでは違うんだ?」

『そうだね。わたし達はナオキ達のように数が多い訳でもないから、ね。すれ違うのは見知った者ばかり。知らない人に会うことが稀なぐらいだよ』

「こちらでは考えられないよ」

 宇宙を旅するだけの技術を持ちながら、すれ違うだけの人数が居ない。それは、技術力の割に繁栄とは程遠い感じがした。あるいは、宇宙を旅するからこそ、そうなってしまったのかもしれない。突っ込んで訊くには、彼女の表情は憂いを帯びすぎていた。

 しばらく、公園の中を無言でとことこと歩く。

 居心地は悪くない。

 シャルフィスは、静かに廻りを眺め、時々足を止め、緑を手にし、香りを楽しみ、また次の興味へと好奇心を順調に移していった。

 言葉がなくとも、浮かべられる表情が優しい。

 シャルフィス達の星特有のことかもしれないが、僕たち地球人から見て、漂流惑星ロビンソンの人達はとても魅力的に思えた。スナフキンのように旅をして行く生き方には心惹かれるものがあったし、何よりもみな美男美女ばかりだ。彼女達の星には、平凡なんていう言葉はもしかしたら無いのかもしれない。

『あ──』

 不意に隣から小さく声が漏れる。

 彼女を見遣り、視線の先を追うと、そこには小さな出店があった。

 小さく広げられた幾つものパラソルに、移動式の機械類。普段来ても影さえ見えないのに、今日はコンタクトがあるからだろうか。公園の噴水を中心として、パラソルと椅子が広げられている。

 カフェ、だった。

『普段から、こうなっているんだ?』

 シャルフィスが問いかけた。声の響きから感銘を受けているようだった。僕はお財布の中に入っていた現金の額を思い浮かべ、ここでの出費は後ろに差し支えないと判断した。せっかく来たのだ。せめて珈琲の味ぐらいは、教えてあげたかった。

「ううん、たぶん今日だからこそだと思うよ。普段はこんな風じゃないから」

『コンタクトだから、だね』

「その通り。ここまで歩いてきたんだ。少し、寄って行こう」

 さりげなくシャルフィスの手を握る。────温かさとは少し違う。朝露の冷たさにも似た瑞々しい肌に、少しだけ胸が跳ねた。ひやりとする冷たさは、彼女が同じではないことを悠然と告げている。

 何気なくを装って、僕は笑いかける。

「たぶん、珈琲ぐらいは出してくれるところだろうから。飲んだことは?」

『……』

 彼女は何も答えず、ただ手を握り返した。

 肯定か否定か答えはどちらか分からないまま、僕は灯りに誘われる蛾のように珈琲を2つ分買い求め、彼女の手を引いたまま端の椅子に腰を下ろした。

 テーブルを挟んだ向かい側にシャルフィスは座り、そこで僕らの手は離れる。

 名残惜しさが僅かにあった。

 シャルフィスの指も微かに動いたように思うから、それは、僕だけの感情ではないと信じたかった。

『温かい』

 離れた指は珈琲カップを手にしていた。

 同じように口を付ける。苦味と酸味。わかるのはそのぐらいで、味の良し悪しの判断は、出来なかった。

「苦いとかはない?」

 彼女は首を振る。

『ロビンソンの食事は、時に苦いだけのものになるんだ。珈琲みたいに、苦さの中に楽しみを見付けようという姿勢は、とても興味深く思うよ』

「聞けば聞くほど、穏やかではなくなっていく気がする」

『宇宙を旅するとは、そういうことだから。わたし達は、どこから来て、どこへ行くのかを確かめる為に、こうしてコンタクトを重ねているんだよ』

「旅をするには理由がある?」

『その通り』シャルフィスは先ほどの僕の言葉を真似た。『そして、コンタクトを取り続けるのも理由があるんだよ』

 もう一口、彼女は珈琲を含む。味わうように目を伏せ、続けた。

『ねえ。こうして実際にコンタクトが出来るようになるまでの事を教えてくれる?』

 僕は抗いようがなく、また過去を振り返る。



3

Hello, Naoki。私はシャルフィス。Naokiとの会話を望む。


 次に受け取ったメールは、正直、どういう意図か分からなかった。

 少なくとも僕が送信してしまったメールをある程度模倣し、返信してきたことは理解できても、メール本文のぎこちなさは違和感となった。

 まるで機械的な日本語訳を掛けた時のように。

 この時はまだ、相手が異星人だと知らなかったし、無理もないことだろう。

 メールを受け取った僕は狼狽える──こともなく、部屋の中で携帯をかざして、どうしようかと思案する。

 最初にメール受け取ってから、既に4日の時が経っていた。

 TVや新聞からは出所不明の大量メールの話題は消え、次の次の次ぐらいの記事が画面や紙面を賑わせていた頃だ。

 もっとも、この程度の進展であれば、再びニュースになるかどうか……

 数日の時があり、僕の中で抱かれた気味の悪さも整理され、残っていたのは、好奇心だった。メールアドレスは既に知られているということも、ハードルの低さに繋がっていたのかもしれない。一度送ってしまったこともある。昨今、情報リテラシーの教育は向上し、これだけでは詐欺などの被害に遭うこともないと分かっていた。

 ふむ。

 行儀悪く、机に足を乗せながら、僕は頷く。


Hello, シャルフィス。僕はNaoki=ナオキ。楽しい会話をしようか?


 軽快に携帯のキーを叩いて、送信する。

 送信画面が数分続いた後、メールはまた何事もなく送信されていった。

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