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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第1章 魔術師に明日はない
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1-7


 ******



 きっかり三十分後。



 奇妙に上擦った店内アナウンスに呼び出された幸音は事務所のバックヤードに訪れていた。探すのは無論、陽子であるのだが時間に正確なはずの彼女が何故かいない。代わりに副店長、西山三月がココア片手にのんびりと応じた。



「やぁ。来たね。お疲れ吉村さん」



 天然ワカメのような黒髪が自慢の丸眼鏡、痩身長躯といった他に目の下に年中大きなクマを引っ下げ、栄養失調のため両頬がこけ、唇が紫色でパサパサという外見の一人の男が三台あるうちのパソコンの前でレンズを光らせていた。



「あれぇ? どうして三月さんがいるんです? 六時くらいに帰ったんじゃなかったですっけ?」



 陰鬱な表情で死神に取り憑かれた勢いで「帰ります」と申告して帰ったはずの副店長が、何故いるのだろうと幸音は至極まともな疑問を浮かべた。



「まあまあ、座りなさいよ。立ち話もなんだしネ」



 オカマっぽい喋り方が特徴の三月が勧めたのは事務室の中で一番まともな、綿の出ていない椅子だった。別段疲れてはいないが、幸音は好意を甘んじて受けることにし、今にも壊れそうなパイプ椅子に好んで腰掛ける副店長を不思議な面持ちで見つめた。



 服装は白いパリッとアイロンのかかったワイシャツに、伸びて毛玉のつき放題の黒いカーディガンと黒いスラックス、艶よく磨かれた黒い革靴を履くその姿は黄緑色のジャンバーさえ着ていればまさに営業時間内の副店長そのものだ。違うのは、喉仏が覗くワイシャツの襟元がくつろげられ、第二ボタンまでだらしなく開いた挙句、鎖骨が見え隠れしネクタイがないことだった。



「陽子ちゃんはね、さっき帰っちゃったよ」



「え!?」



「いや。元々勤務時間超過してたから、今日こそは早く帰ったらどうかって退勤する前にススメたんだけどね。そしたら彼女、もうちょっといるっていうもんだから、適度にして帰りなさいよーって言ったんだけどね」



「はぁ・・・」



 だんだん雲行きが怪しくなってきた会話に、幸音は真暗な画面が続くコンピューターのディスプレイを心配して、手垢で汚れた灰色のマウスを指でつついた。すると、画面はすぐさま待機画面を表示させ、副店長のせいで壊れたのでないとわかり安堵する。



 三月は猫のような瞳を細めて、いったいどこから取り出したのかブラック無糖の缶コーヒーを幸音に差し出した。



「ありがとうございます」



 両手で缶コーヒーを受け取ると、丁度良い温度に落ちていた。熱すぎて慌てることがなくほっとする。



 三月は頷いてかすかに微笑み、ココアを飲み干しながら缶コーヒーを飲むように指差しで促した。



 幸音は会釈してからプルタブをあける。きつく鼻孔をくすぐる、コーヒー独特の香りがふんわりと漂った。



「で、三十分くらい前、僕が自宅でテレビでバラエティ見ながら満天堂DSでゲームしてた時だよ」



「き、器用ですね」



「うん。意外にこう見えて、僕って器用なんだよネ。それでね、話を戻すけど、僕が自宅でゆっくり寛いでいた時電話が掛かってきたんだ」



 嫌な予感というか、予測がついて幸音は口をつぐんだ。



 三月は空になった缶を机の上において、キーボードをディスプレイ側に押しのけ、ほそっこい腕を机の上に投げ出した。それから深く項垂れて机に突っ伏する。



「陽子ちゃんがさ、鬼のような言語で僕に今から時間外労働しろって言うんだ」



「はぁ」



「そりゃ、僕は仕事場が家から三分、カップラーメンが出来上がる距離にいる男だよ。僕だって副店長だし、店のことは陽子ちゃんよりも大切だよ」



「はぁ・・・」



「でもね、一日十時間以上働くのは今日ばかりは勘弁して欲しいって言うか、僕だって一週間に一日くらいは。いや、一ヶ月に一度くらいはゆっくりしたい日があるんだよ」



 わかる、ねぇ、わかる?



 切実な表情で幸音に視線を振り向ける男を、少女は静かに見つめた。



 風呂上りなのか、風呂から出た所を狙われたのかまだ若干濡れぼそってくるくると巻きつく三月の頭髪を眺めやりながら、幸音は仕方なく耳を傾けてやることにした。



「それなのに、陽子ちゃんったら、自分が勝手に残ってるくせに『気分を害したから帰らせてもらう。だけどまだ売価変更が終わってないから、後ヨロシク』って一方的に押し付けて電話切っちゃうんだよ」



 ポロリ、と中年男の目尻から零れ落ちたのは透明な涙だ。



 外見が性格を裏切っているのはなにも菅野陽子に限定されたことではなかった。超絶乙女チックロマンチストで性格がそんじょそこらの乙女よりはるかに乙女らしい副店長はぐず、っと鼻を啜りながら幸音に切実に訴える。



 なんだか聞いているこちらの身の上まで悲しくなりそうだったので、とりあえず幸音は男らしく机の端っこにおいてあるティッシュの箱を無言で三月に差し出した。




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