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ヤバイ。
マズイ。
命が危うい。
幸音でなく、悠馬の命が。
「シャープ9番。呼び出し、倉科悠馬」
「了解でありマス!」
冷然たる口調で下された炎も凍りつかせるほどの声音に、幸音が抗う術はない。即効で指示された行動を遂行しなければ、今度は幸音の命が危うい。
元凶は幸音というよりむしろ悠馬のほうにあったので、今回ばかりは彼女も庇うことはできなかった。ただし、僅かばかりの同情心と友情はあったので、心の中だけで少年に謝っておくこととした。
幸音は白いカウンターの歪曲する台上、一番右部分にぽつりと置かれた電話に手を伸ばした。受話器を取り上げ、ぷるぷると小刻みに震える指先でシャープ、数字の9を押す。
『ピンポーン』
店内アナウンスの準備はこれで完了した。
幸音は背後でファイル片手に待機する陽子に、腰を90度折り曲げ両手で受話器を差し出す。
陽子は無言で頷き悠然と受話器を手に取ると、真直ぐに切り揃えられた前髪の下の瞳を伏せ、唇をゆっくりと開いた。
『本日もスーパーニコニコをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。業務連絡します、倉科さん、倉科さん。4番です』
キラキラと輝かしいまでに瞳を光らせて陽子は非常ににこやかかつ、滑舌よく手本となるべき口上を店内放送に載せた。最後の言葉を切ると、接続でも悪いのかスピーカーが大声も出していないのにワーンと鳴いた。
傍に控える幸音はまるで怒りの余波のようだと唾を飲み込む。
「幸音ちゃん」
「はっ」
通話終了ボタンを右人差し指で押し、受話器を静かに置きながら陽子は幸音を振り返らずに声をかける。
「しばらく、店内一人になるけど。いいかしら?」
常の子供じみた声音でなく、年相応のレジ部門チーフたるに相応しい声音に、幸音は即座に両足をそろえて直立不動で姿勢を正し、軍隊の号令のように鋭く声を上げた。
「問題ありません!」
「結構。それじゃ、幸音ちゃん。三十分、レジ、ヨロシクね」
足に合っていないのか、いつも歩くたびにぱたぱたと音を響かせる陽子のパンプスが半長靴が如く硬質の音を生じさせる。
やがて悠馬に訪れるであろう恐怖を想像し、幸音は普段より大きく頼もしく見える陽子の背中に敬礼を送り続けた。