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「流石に来週からの一週間はマジ、超アリエナイくらい大変なんで、勤務時間チーフに変更してもらいましたけど」
「ヨーコさんに? 大丈夫なの、今未曾有の人手不足なのに」
「そうっスね。でも、大丈夫でした」
悠馬は頷きながら、蛇行していたカートの列を真直ぐ一列に揃え始める。
「なんか、明日? から新人アルバイト君入るかもしれないって言ってたじゃないっスか? 菅原チーフ。確か言ってたの、三週間くらい前だったかな・・・」
左に大きく首を傾けて悠馬が同意を求める。
幸音は眉根を寄せて右側に首を傾け「はて、そうだったか」と記憶を手繰り寄せた。ほどなくして、レジ部門担当チーフこと菅原陽子のおっとりとした微笑を思い浮かべた。
「ああ。そういえば、ヨーコさん言ってた言ってた。一人、新しく夜間のアルバイトさん入るかもしれないって」
「夜間、今人数キビシイっすからね。俺と、元森と高良さんと、三月さんと・・・。あと幸音さんだけっスからね。チーフと社員の岡本さんは基本五時上がりだし、店長は万年不在でどこ逃走してんのかわんねぇし。他社員つっても、ヤローと規格外ばっかだし。実質、店取り仕切ってんのチーフと幸音さんじゃないっスか」
「いやっ。そういうわけじゃないよ。チーフはともかくとして、たかだかパートの分際のあたしに権限ないしねー」
急に何を言い出すのやら、と幸音は誤魔化すように後頭部を掻いた。
悠馬は唇を一度閉じて、真直ぐに幸音の引き攣った笑顔を注視する。
本人は謙虚にもそう主張するが、実質スーパーニコニコの夜間などというものは彼女を軸に回っているといっても過言ではなかった。
チーフやパートのおばちゃんたち、その他社員が帰ってからの電話クレームがあれば誠意凛然と対処し、客からの相談が入れば「い」の一番で駆けつける。発注や在庫整理、日報処理なども彼女の仕事となっている。そのため、バイトの連中はもとより、社員や他パートのおばちゃんたちからの信用も厚い。
「まぁともかく、広くもなくて夜になれば客も少ないスーパーっスけど夜間を回す分に一週間五人だけじゃ正直キツイところがありますね。言うても元森と俺は学生だし、高良さんや幸音だっていつもいられるわけじゃない。副店長の三月さんは、正直言ってあまりレジに入って欲しくない」
「うわぁ。倉科くん、えげつないこというね」
「幸音さんだってそう思ってるんじゃないっスか? 社員のクセに、ありゃ、使えないっス。正真正銘、使えないレジっす。8月のアレ、思い出すまでもなく三月さんは使えないっス」
副店長こと、西山三月は聞けば驚くほど使えない、というか「レジに向かない」人材だった。
幸音はあの、見ているだけで陰鬱になりそうな外見と雰囲気を思い出し、口から砂を吐く勢いで両頬を痙攣させる。
「た、確かに」
「俺だって、この目で見るまでは元森の三月副店長使えない説は否定してたんスよ。だってあの人、外見はああで、勤務中もああですけど、人間としては出来て・・・・ないかもしれないスけど、いい人ですからね。たぶん。とりあえず、フィーリングが合うっつーか」
「いい人? なんだけどねぇ」
「・・・・・・。流石に目の前でレジを爆発させるとは思ってもみませんで。ハイ」
悠馬の表情は今でも信じられないという色を浮かべている。長い前髪の合間から除く鋭い瞳に同情と切なさが入り混じっていた。
「電子機器と相性の悪い人間くらいいくらでもいるっスけど、流石にあそこまではないっつーか。俺のじいちゃんだって、テレビの接続不良よく起こしたり、買ったばかりのマッサージチェア誤作動させてしまったことはありましたけど、あそこまでではないです。今時、魔術師でも電子機械に触れれませんって言う人間の方が珍しいし・・・」
さめざめと嘘泣きをし、口元を片手で覆う悠馬に静かに同意を示しながら、幸音は顔を動かしカートの向こうに直立する赤い自動販売機を見つめた。自動販売機の横には証明写真印刷機があり、今まさにそこへ向けて、人が歩を進めていた。
彼女はすぐさま顔を悠馬に戻し嘆息する。
悠馬も幸音の言わんとするところが理解でき、同じように長い息を吐いた。
「レジの次は自動販売機かよって、盛大に突っ込んだ自分が今でも憎いっス」
自分はボケ担当なのに、と悠馬がぼやく。
「あたしも雪崩の如く缶が取り出し口から出ては詰まるところ、マンガかアニメの世界だけかと思ってたよ・・・・」
両手に抱えきれないほどの缶を手に、「あっつう」「つめたぁ」と交互に叫びまわっていた副店長の様相を思い返し、幸音は再び溜め息をつく。
西山三月副店長が、通常通り金銭を自動販売機のアルミの口に飲み込ませ、出始めたばかりの「あったカボたーじゅ」という商品名のカボチャのポタージュのスイッチを押したのは、レジ破壊騒動からおよそ一ヵ月後の9月の半ばのことだった。
正確には9月11日、午後7時17分を数秒回った辺りだった。
防犯ブザーを示す音が店内にまで響き渡り、カウンターで配送の手続きをしていた幸音は「すわ犯罪か」と泡を食って店外に飛び出した。すると、呆然とする悠馬の体越しに「タスケテェ~」と情けない悲鳴を上げる副店長の姿を見つけてしまう。
両腕から零れ落ちる大量の缶と、足元に転がり流れる缶。
一瞬、幸音は三月が自動販売機の鍵を開けて中を整理していたのかと考えたが、それは全く不可能な事実に気が付く。外付けの自動販売機は「サンモリー」や「ゴジコーラ」の担当員が補充、棚替え、集金作業をするからだ。店員が自動販売機なぞの鍵を持っているはずがないのだ。
とすれば、行きつく結論はただひとつ。
極度に電子機器と相性の悪い副店長が、再びやらかしたと考える他ない。
呆気に取られ、助けることも出来ず顎を落としてた幸音の傍らで同じく様子を見に来た同僚の高良青年が「中年野郎の眼鏡ドジッ子属性なんてもの、俺は断じて認めん!」と意味不明な言葉を叫び逃走(仕事に戻る)。
長いアルバイト、そしてパート生活で三月の史上最大の問題点を熟慮していた幸音でさえも、踵を返して業務に戻りたくなる椿事だった。
「ともあれ、実質四人で一週間回すと、商品の前出しとか賞味期限チェックなんかもグダグダになっちゃうんスよね。そうすると、また先月みたいなクレームが起きるともしれませんし」
「う・・・」
副店長レジ爆発事件、自動販売機暴走故障事件、そしてクレーム問題。
簡潔に説明すれば、ちと厄介なとある常連客に賞味期限間近の商品が渡ってしまったことである。
賞味期限は購入日から二週間後。
日持ちのする食べ物だったのだが、あとたった二週間で食べきれるはずもないというクレームだった。製造年月日から消費期限までが一年半年と非常食としても人気の看板商品だが、この手の商品は消費期限、あるいは賞味期限の一ヶ月前になると店頭から取り除き、代わりに同商品の製造年月日の新しいものと入れ替えることになっている。
しかしこの時期、賞味期限チェックを可能とする人員が少なかったことと、例年にも増して仕事が増加し業務が滞ったこともあり(レジ爆発事件が元凶)、幸音たちは不運すぎるミスを犯してしまった。