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「さっちゃんところの店の防犯システムがあまりにも使えないから、魔術で悪いやつを捕まえられるような装置を作ったらいいんじゃないかって言ってるんだよ」
「あー。なるほど。そういうことかー」
ざっくり説明しすぎだが透の言うことは間違っていないので幸音は曖昧に首肯した。
由貴が指摘するようにスーパーニコニコの防犯システムはザルだ。非常に原始的な手段を用いての防犯、つまり現在も二十年前に使用されていた古典的手法での防犯対策しかしていないのだ。具体的には防犯カメラと夜間の警備システムの導入で、それ以外は特に何もしていなかった。しかしこれには重大な理由があるので、店の事情を知るものは口を挟むことを避けてきたし、ある種の禁忌といってもよかった。
「え、防犯システムって。あの、あれって、あの・・・」
事態の深刻さを自ら認知し、気付かなくていいことにまで気付いた恵美子は泡を食ったように言葉を濁し始めた。顔面蒼白に色を転じ、視線をあらゆるところに彷徨わせている。
「でもまぁ、今回みたいな法を犯した窃盗犯が出現する確率自体は少ないし、現状発生した窃盗犯のほぼ九割は確保、警察への引渡しを経て店の出入り禁止の処置はとっているはずだから。今回の一件がとても特殊ってだけだよ」
「・・・・うん。でも」
両肩を情けなく落とした恵美子はちらりと幸音を窺った。
その心情が痛いほどわかり、幸音は曖昧に微笑がえすことはせず無言で首を横に振った。恵美子は僅かに不安げな表情を解いたが、次なる由貴の言葉に凍りついた。
「特殊って、気軽に言いますけど今回は怪我人まで出たんですよ。悠長に見逃し続けていたツケのせいで。この問題を放置し続けると、また同じ事態が生じるとも限りませんし、まだ犯人は捕まってません」
「犯人がもう一度店に来店する可能性は低いかもしれないよ?」
「予測予想で物事を解釈してもらっては困ります。今回が不測の事態とおっしゃるなら、また次回同じかもっとひどい不測の事態が生じるかもしれない。倉科だって処置が遅ければ一生動けない体になっていたかもしれないし、吉村さんだって」
「え、あたし? いや、あたしは全然平気。こんなの別に怪我のうちにはいらな」
「吉村さんであるということが重要なんじゃない。俺は、・・・・いや、僕は誰かが誰かのせいで怪我をするのを見るのはもう沢山なんです!」
拳を硬く握り締め、由貴がはじめて怒鳴った。
鳩が豆鉄砲食らったが如く目をまん丸にした面々は、続く力説に口を挟む隙を与えられない。
「とにかく、防犯システム、主に魔術系の対処方法について再考していただくか、システム自体の見直し、強化を求めます」
いつもの陽子なら「嫌なら辞めてもらってもいいんだよ」と零すところだが、今回は違った。何か思うところがあるのか高良の髪の毛を掴んで背中に圧し掛かった状態で、考え込むように目を閉じる。高良は背中のやんちゃ娘を負ぶさりながら暢気な声を出した。
「おい、お前。どうして現状の防犯システムがザルだとわかった」
システム担当の高良が興味深そうに尋ねた。その声音はどこか面白がっているようでもあり、倉科由貴という人間を試しているようでもあった。
幸音はなんとなく、壮絶に嫌な予感がした。
高良に話をふられ、由貴は一つ首肯すると慎重に答え始める。
「以前から、・・・・バイトとして入る前から気にはなっていました。それに、対象の捕縛行動を開始する前、吉村さんが今回も楽だといいと言っていました。彼女の言葉から、今までにも同じことがあったことに相違ない、と俺は予測します」
「・・・・」
苦々しい顔をして歯噛みした幸音の傍らで恵美子が不安げに眉を顰めた。
「うちのスーパーは田舎といっても学問機関が密集する地区に近い場所にある。利用客は十代前半から六十、七十代前半と幅広いですが中心層を担っているのが十代後半の若者や三十代から四十代にかけての主婦層です。昼間には役所の人間や学校関係者、ナマ協の社員、そして近隣大学や高校からの生徒の姿も見受けられます。俺を含めて、同じ年頃の人間はバカが多いですからね。色んなやつがいるし、全員がいいやつとは限らない」
「ほう。それで?」
背中から陽子をずり落として聞く体制に入った高良は面映げな光を生じた瞳を由貴に注いでいる。由貴は最初は戸惑いつつも、やがて滑らかに言葉を押し出していった。
「中にはゲーム感覚で万引きを繰り返す連中もいるってことです。失礼ですが、万引きの総てが従業員に認知されている可能性は限りなく低い。実際は見えないところでの犯罪が多いと、俺は思います。今回はたまたま棚卸し作業でいつもより注意力が散漫になるからインカムをつけただけで、偶然倉科が素行の怪しい人間を発見したに過ぎません。それに、その人物だけに着目して注意を向け続けているとかえって他の場所で生じている犯罪などには目を向けられなくなる。はっきりと言わせてもらえば、今回犯人が二人いたという事実も防犯システムが完備され、連動して作動していたなら誰も傷つかなかったし、犯人を手っ取り早く確保できたと思いますけどね」
「正論だな」
「どうも」
皮肉の混じる高良の声音にも表情一つ変えず由貴は小さく会釈した。
「じゃあお前さんもうちの防犯システムは強化が必要って言う立場なんだな」
「このまま働かせていただけるなら、是非もなくまずシステム強化が必要だと思います」
「ふーん。なるほどねー。ま、俺は最初から賛成だけど」
「ちょっと、高良さん!」
声を上げたのは恵美子でなく幸音だ。
寝台から体を動かして高良たちに鋭い視線を送っている。その顔には苦渋が満ちていて、お世辞にも穏やかとはいえない。
「さっきから聞いてればいいたいこと言いたい放題、ちょっとは事情ってものを加味して加減してくれてもいいでしょう!?」
「どうして吉村さんが怒るんです?」
急に声を荒げた幸音に驚いて、彼女のために言葉を紡いでいたはずの由貴は軽く目を見張って目を瞬かせた。
「怒るもなにもっ」
「―――吉村、俺は最初から言ってただろ。ちゃんと責任持てるのかってな」
「それは・・・」
「菅原もこの件については口を挟めない。お前の独断専行で店長に願い出たんだから、責任取るとなればお前の首だろうが。ま、パート如きのお前の首なんぞアテにもならんが、ないよりはましだ」
いつもは幸音に優しいはずの高良が敢えて痛烈な言葉を練りだすのは、彼にだって今回の一件に対する複雑な思いがあったからだろう。