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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第3章 誰が為に腕は鳴る!?
37/42

3-4



 誰もが当たり前のように取得する魔術のライセンス。それ故に、魔術を防御以外の目的で人に向けることは禁止されている。大体、日常生活で魔術などという代物はまったく不要だった。作物は水と光があれば成長するし、現在の科学技術では品種改良がなされ、より質が良く病気にも強く成長しやすい品種が多く誕生している。火を熾す道具も昔ほどではないにしろ、ガスやライターなどの代物もあるし、少数派ではあるが魔術とまったく無縁の生活をする人々も存在する。



 ファンタジーの世界ではないのだから、魔術と魔術で戦いあうという事態はほぼありえない。それこそ、犯罪と位置づける事案でなければ登場さえしてこない。



 魔術があらゆるところに当然の顔をして存在する中で、現在生じている殺人事件の主要凶器は刃物であったし、銃社会でないにしろ魔術は命を奪う道具としてそのずっと低い位置にある。



 望めば空を浮遊したり、肉体にかかる負荷と四肢を千切らす危険を顧みなければ可能な限り早く疾走することも可能だ。火の玉や水の玉だって作り出すことも出来る。



 しかし、魔術は世界の法則の枠組みの中にあり、それを使う人間も法則の内側に存在する。発火を伴う魔術を使うのだって指先から炎を生じさせる場合も、「いかに自身の指を火傷しない方法」を編み出すことが最重要なのだ。魔術で容易に火は出せるが、扱うとなると何でどう扱うかが重要になる。



 木の杖であれば熱で焼けるか焦げるか、燃えるかであるし、前述したように指先であれば皮膚が熱傷を追う可能性も考慮しなければならない。現実はゲームではないのだ。魔術は必ずしも万能でないし、無から有を生み出せないのは世界の理である。



 高位ライセンス保持者はその理の中で自在に魔術を操っているように見えるから、高位ライセンスを取得するに至るのである。



「そう考えると、魔術なんて学問まだまだ発展途上もいいところで、かなり危険な学問なのかもしれないけどね。とにかく、ライセンスという枠組みが体系化され、魔術に倫理が伴われるようになったのはこういう経緯があったからなんだ。だから、魔術を使うものは魔術による身の防御、もしくは命の危機に関わる場合の他は生体を対象にその使用を全面的に禁止されている」



「西村さんは今回の一件をどう処理するつもりですか?」



 透が三月に視線を投げた。



 狐面に額から鼻頭にそって描かれた三本の赤い線が白い光沢を放つ。



 三月は静かに微笑を湛え、はて、と小首を傾げる。



「まあ、僕に判断できることじゃないからそれは店長と役所の人たちに任せるよ。捕まえたあとね。時に庄野くん君はどう思うね?」



 長い間押し黙って沈黙を守ってきた由貴に三月は唐突に語りかけた。由貴は驚いて顔を挙げ、そしてまた俯いていしまう。何か言いにくいことでもあるのだろうか。



 幸音はまだ鈍い痛みを放つ指先に込めていた力をそっと外し、会話の中心となった由貴の白髪を注視した。



「どう、とは?」



「おや、僕の勘違いだったかな。君は今回のこの一件に関して何か含むところ、いや、言いたいことがあるように見えたんだけど」



 軽く苦笑して肩を竦めた三月に、由貴はぎょっと目を剥いた。波打つワカメの隙間から真剣な色をした三月の瞳があった。



 由貴はすっかり冷めてしまったカップを机の上に置くと、三月に倣って足を崩し僅かに身じろぎすると隣横の男ではなく寝台の上の女性に顔を向けた。顎にガーゼを貼り付け指には包帯がぐるぐると巻かれている人だ。



 あの時、幸音が由貴を引き倒していなければ間違いなく寝台にいるべき存在は自分自身だったし、彼女は無事だったはずだ。だが、彼女は己の身を優先せず愛想も協調性もない自分のような人間の安全を優先した。



 ひどく、それがイラついて由貴は瞳に複雑な色を浮かばせる。



「別に、俺は。個人的に含むところがあるわけじゃないですけど」



 ぽつりと呟いた由貴の言葉に誰もが動きを静止した。



 慎重に言葉を選びながら青年はその白い前髪を指先で弄ぶ。



「・・・・、あえて言うなら。店の防犯面はもう少し強化できなかったんですか? 他店のスーパーと比べてうちの店のセキュリティは甘すぎますよね。むしろないほうがマシというくらい穴だらけで、警備も店独自の防犯システムというより外部民間企業に委託しているみたいですし。これでは今回のような魔術的事案についての対処がしかねます。防衛防御主体の魔術防犯システムが店で認可されていれば、逃亡した窃盗犯に対し店の財産権利を守るためという名目で捕縛遅延系の魔術の使用が許可されるはずですが」



「まじゅ、え、ぼう? 幸音さん、あたし頭悪いからよくわかんないんですけど、庄野さん、え、何言ってるんですか?」



 とても理解が追いついていかないと恵美子は引き攣った声を喉から押し出した。幸音は呆れるでもなく失笑するでもなくやや困った顔で恵美子を見つめ、噛み砕いた説明をしてくれるものはいないか周囲に視線をめぐらせる。しかし陽子と高良は部屋の中心でプロレスを始めてしまっているし、副店長は副店長で新しく注がれた紅茶に砂糖をぶち込むので必死のようだった。



 上手く説明できる自信がないものの、恵美子を放置するわけにはいかず幸音が口を開きかけた時だった。



「恵美子ちゃん、いたって簡単にざっくり説明するとね」



「よっちゃん」



 狐面の透が深く頷いた。


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