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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第3章 誰が為に腕は鳴る!?
35/42

3-2



 陽子は口をつけていた紅茶から唇を外し、やや目をまん丸にすると今度は慌てて首を振った。



「さ、幸音ちゃんは悪くないよ! 悪いのは万引き犯!」



「そうだぞー。お前が謝る必要なんてどこにもない。と、菅原ー林檎もらうなー」



「ちょ、っと、何かってに人の食べ物許可なく喰ってんのよ! いいわけねぇだろ、この節操なしっ。―――高良ちゃんの言うとおり、幸音ちゃんが悪い要素は一つもないよ。悪いのは犯罪者! 大体なんで無抵抗な人に向かって魔術なんて使うかな。頭、沸いてたのかな」



「あ、それは俺も思った。いくら知識があるからってたかだが万引きだぞ。魔術まで使って逃げる必要あるとは思えんな。それに結構な健脚だったんだろ? 足に自信があるなら使う必要がそもそもないだろう」



「だよねー」



「たかだか、万引きって・・・」



 恵美子が失望したように両肩を落とした。



 透は恵美子の横で裁縫道具を広げながら、自作のクマのぬいぐるみのボタンを付け替え始めた。染み抜きのされた真白な割烹着にはパリッとアイロンが掛けられており、透の几帳面さがわかるというものだ。



「いやぁ、元森くん。高良の言うことにも一理あるね」



「なぁにー役立たず、今度はどーゆーいいわけ考えたの?」



「ヨーコさん」



「ふんだ」



 幸音がやんわり嗜めると彼女は頬を膨らませてそっぽを向く。



 まだ許したわけでないとの意思表示である。



 しかし通常ならここで陽子のご機嫌取りに手を打つ三月は軽く陽子を無視して背筋をただし、鬱屈とした闇色の瞳を幸音たちに向ける。由貴は軽く唇を引き結んでただ黙ってことの成り行きを見守っていた。



 三月はちょっとだけ薄い唇で笑みを作り、透が差し出した紅茶を受け取ると角砂糖のポットから山のようにざらざらと砂糖をカップにぶち込んだ。琥珀色の液体が僅かに水面から上昇するが、カップの外に零れ落ちることなく静かに水面上で波紋を連鎖させる。



 銀色のスプーンをかき回しながら三月はカップに視線を落とす。



「みんなが知っての通り、魔術師、魔導師なんて資格、国家資格というわりにずいぶん沢山の人間が取得してるよね。それこそ自動車免許か調理師免許みたいに。曲り形にも医師免許や看護師免許と準じるくらい責任を伴う資格だって言うのに、下は小学六年生の青少年、上は九十のご老体までさまざまだ。しかもこの資格はある一定の条件を満たさない意外、返還の義務がない」



 幸音は寝台脇の丸机に重湯の入った皿を置く。



 三月は砂糖湯同然の紅茶を優雅に啜りながら一息つくと、透が差し出した皿から礼を述べて林檎を一つ取り上げ、突き刺さっている爪楊枝をくるくると回した。ひっくり返った林檎ウサギが回転している。



「学校の教育も充実しているし、今からちょうど20年まえに当時の文科省が魔術を学問として学習指導要領に導入したかいあって、今ではどこでも珍しくない一般的な資格となってる。授業で扱われている英語のように、魔術も学問としての体系を社会的に認められたんだね。でもその一方で魔術は現代社会に大きな膿を生じさせてしまった。吉村くんや元森くんたちは生まれてない頃だから知らないだろうけど、昔ある事件があってね。自由と可能性の象徴として社会全体に常識として浸透していた魔術という存在に一石を投じるきっかけになった事件なんだ」



 知っているかい?



 ひょろりとした笑みを閃かせた三月は恵美子、幸音を順に見た。



 由貴は面を上げ口を動かそうとして失敗し、再び押し黙ってしまう。



「それ―――、今から二十八年前に社会問題を引き起こした魔術倫理問題ですね。生体に影響する魔術を利用して成長や能力を高めようとして子供達の多くが犠牲になった事件。確か、西梅田林臨海魔術事件でしたか」



 人形のボタン付け替え作業が終了した透がクマの人形の手足を動かしながら顔を上げた。



 物知りだね、と感心する三月に照れたようにフードの後ろを掻いて透は言葉を続ける。



「魔術とは、一種の自然科学的方程式の延長線上に位置し、術式を展開することで通常世界では考えられないような異常状態を生じさせる、一種の捩れた物質学なんです。物理学といってもいいかも。魔術ではざっくり分けて作用できないもの、作用できるものの二つに構造が分解されます。代表的な作用できないものは非物質的存在である、時間、空間、精神、心、魂、といった目に直接見えない存在。そして、作用できるもの」



「熱、光や風、水。物体の所持する振動数や固体元素が有する振動派、通常波長と称するものが操作できる存在だな。熱なら物体の振動数を増やして摩擦を起こせばいい、発火なら空中に散在する炭素原子を集積し摩擦で擦過熱を生じさせ、火種に与えてやればいい。風もこれを応用できるし、水なんかそれこそ空気中に粒子が存在してるからな」



 恵美子が食べない分の林檎を抓んで頭からかじりながら何の気なしに高良が応えた。



「魔術の術式は自然界の法則や物理秩序に従ったもので、その枠組みを超えて作用することは難しい。生体脳科学者なんかは魔術を使用できる人間の脳派を調査して、素質のない人間と素質のある人間の区分研究をしようとしてたが結局失敗してたな。スプーン曲げや念力、空中浮遊なんてやつはマジックじゃなけりゃ大概魔術の一部だ。超能力とかいわれてた存在も、概念としちゃぁ魔術と大差ない。いや、本当は言葉なんてどうでもよくて、事実どっちも同じものだ。言葉には力、波動が宿る。それが方程式内で世界という魔法瓶の中で化学反応を起こしているに過ぎないのさ」



「・・・・」



 恵美子がぽかんと口を開け、高良を真直ぐに捕らえる。幸音も恵美子とまったく同じ表情をして林檎にかじりついた高良をじっと見つめた。




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