2-17
やがて冷凍コーナーを通過すると、レジの様子が見えてきた。幸いなことにあまり多くの人の混雑は確認できない。緩やかにレジ通路に人が飲み込まれていった。
店内の凍るほど冷たい冷気が由貴の項にかかり僅かに身震いする。面接に来た時から気付いていたが、ここの冷気は異常だ。熱がりの自分でさえトレーナを着てちょうどいいと感じるほどに。それからもう一つ、おそらく幸音たちの今日のこの一連の行動に最も起因する問題点を由貴は早々から察し、長く疑問を抱いていた。
「吉村さ―――」
「ちょっと待って」
清涼飲料水の手前に作られた「島」と呼ばれる酒類の集合体の存在を認めると、幸音がぴたりと足を止める。つられて由貴も足を止め、あ、と声を上げそうになった。
青果方面に向けてレジを無視して足早に歩み去っていく、黒い帽子の男。猫背気味に両手で藍色の大振りなトートバックを握り締めている。歩くたびに尻ポケットから飛び出た銀色の財布チェーンが環のように弛んでいた。
「Y1からY2へレジ横通過を確認。M18、青果へ移動中。確認できるか」
『確認済みっス。常習犯っスねー。動きに無駄がねぇっスもん』
「・・・・。Y2の現在地は?」
『おっとすみません。Y2現在地は日配aです。―――っと、幸音さん、今出ました!』
悠馬が大声で叫んだと同時、キーンと共鳴が耳中で生じ、ひどいノイズが鼓膜と脳内を痛烈に刺激した。
由貴も幸音も同じ方向へ揃って同時に仰け反り、反射的にインカムを外す。
「っ」
「てぇ・・・」
レジ方面から「イッテェ!」と野太い男の声が聞こえた。おそらく恵美子や潮、悠馬やインカムをつけているパートに至るまですべて同じ感想を抱いただろう。
由貴はインカムの起動を確認するため僅かに耳を当てると、耳障りな音が続いていた。モスキート音に近い高周波を延々と流した針の先のような高い音と雑なノイズが連続的に入り混じっている。
すると今度は、遠方から悠馬の怒鳴り声が聞こえた。
「待て!」
幸音は由貴の苦渋に満ちた表情を確認し、僅かに躊躇したがこれまで手に持っていたボードファイルを青年に押し付ける。
「行くよ、庄野くん!」
「は!?」
説明もなしに幸音は由貴を放置して走り出した。
小さくなる幸音の背中に事態が把握できず手渡されたファイルに目を落とすと、由貴はく、と目を見開いた。そこには先ほどまでインカムで交わしていた内容の全てが一秒単位で事細かに記録されていた。
『窃盗用防犯通信』と刻印されたインクの黒文字が僅かに滲んでいた。
「くそっ。そういうことか!」
由貴は絡まりあっていた複雑な糸がほぐれ、この事案がいったい何で、どうして彼女達がこうしたまどろっこしいことをしていたのかようやく得心がいく。
ある程度予想はしていたが、まさか。
時間との勝負。
「時は金なり」と幸音が零した言葉の意味がくっきりと輪郭伴い明らかになる。
由貴は慌てて幸音の背後を全速力で追いかけた。
彼が幸音を追って、店の二つあるうちの一つの入り口―――、青果コーナーに接する扉外へ到着するとその前で悠馬が倒れていた。