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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第2章 新人アルバイト
30/42

2-16

 ******



 これから何をするんですか、と調味料棚の売価チェックをしながら傍らでボードファイル上の用紙にボールペンで書き込む女性に尋ねてみた。



 彼女は視線を由貴に向けず、時刻を確認し、英数字を罫線の内側に書き込んでいった。



 それから、ちょっとした狩りだよ、と笑った。



「狩り、ですか・・・」



「そう。狩りだよ。本当は、狩りにならねばいいんだけどねぇ」



 彼女は少しだけ笑みを含ませた表情で真直ぐ由貴を見上げると、視線を右通路に走らせ由貴と同じように左手で焼肉のタレの瓶を前出ししながらボールペンを持つ手で右耳に触れる。



「Y1からY2へ。対象補足に関して通達はあるか」



 彼にとって、吉村幸音は苦手な人物だった。



 真面目なフリをするかと思えば馬鹿馬鹿しい冗談交じりの会話をしてくる。掴みどころがなく、なにを考えているかわからない。心を見透かすような目をして、大体的外れでないことを言ってくる。



 彼女と対するたび、庄野由貴は厳重に隠していた箱を見つけられ、中身を暴かれたような複雑な気分になる。かき回され心うねるような、けれどどこか安心している自分がこれ以上ないほど苛立たしく由貴はその度に言葉を無くすのだった。



 今でなお、それは変わらない。



『Y2からY1へ。M18は棚7から棚9へ移動開始。所持物は帆船トートバック。色、藍。大きさB3。衣服は黒のキャップ、白いマスク。黒のジャンバー、灰のニット。財布チェーン付き紺のジーパン、黄色いスニーカー・・・・堂々としてますね』



「カゴは?」



『所持が認められません。入店の際から所持していないものと判断します』



「了解した。Y1はY3と随行してR通路から棚10へ移動する。Y2はそのまま現状維持」



『了解』



「さて、庄野くん次の棚いこうか」



「はぁ。でも前出し」



「半分以上残ってるとか言わない。ほらほら、時は金なり金なり」



 屈み込んでウースターソースの容器を前に出す作業を続けていた由貴は僅かに不満げな声を漏らしたが、幸音の声によって先を制された。



 彼女が先に歩き出し、右側の通路に姿を消してしまった。惣菜コーナーに群がる客にいつも通り愛想よく挨拶をしながら、ちょうど鮮魚コーナーから出てきたパート従業員と朗らかに目交わしをする。パートは銀色の長い板の上に乗せた出来立ての惣菜を手際よくケースに並べていく。



「いらっしゃいませ」



 何も変わらない。普通どおりの少女の姿。



 小柄な女性の後を付いて歩きながら由貴は右耳から断続的に聞こえてくる暗号めいた言葉の羅列に脳細胞を活性化させていた。



 やがて二つ棚を通過した幸音たちは中華料理の材料やレトルトパックが並ぶ棚に到着する。



『Y2からY1へ。M18、製菓用のチョコレート入れました。棚9を離脱、レジ方面に向かっています』



「了解。Y2は行動O進行して、副店長に10番連絡」



『10番連絡了解。O実施します』



 由貴は一瞬言われている意味がわからず幸音を見上げた。



 幸音はファイルにボールペンで何かを書き込みながら、笑った口の形で傍らの由貴に話しかけた。前髪が降りた目の奥の瞳に剣呑な光を浮かべながら。



「気を締めていこうか。今回も、楽だといいんだけど」



「はぁ」



 締りがない庄野の頷きを幸音は咎めない。



 ただ、再び棚から漫ろに歩き出し、店の出入り口付近へ向けて歩き出した。通り過ぎる家族連れ、老年の男性、女性。中年の婦人にいつも通りの挨拶を交わしながら。




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