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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第1章 魔術師に明日はない
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1-2

*****




 豊国佐伯郡大町町、国道二号線沿いに位置する大型風味のスーパー。



 スーパーニコニコ。



 ガソリンスタンドと併設する寂れた印象のチェーン店のひとつである。橙色の外装に白と緑の二本ラインが引かれ、開けた空間を利用して蕪、人参、南瓜、胡瓜、茄子、トマト、バナナなどの色鮮やかなイラストが描かれ、その中央にどや顔のニコニコマークが燦然と輝いていた。



 証明写真印刷機の設置された建物側の駐輪場には、買い物ラッシュ時を除いて毎時十台前後の自転車やスクーターが停車している。真新しい高機能の電動付き自転車がある一方で、いったいどこから盗んで(ひろって)来たのかという代物まで多種多様だ。



 売り場敷地面積は140平方メートル。これがスーパーでも広い部類に入るのか、狭い部類に入るのか、幸音にはわからない。駐車場スペースはおよそ四十台前後。



 昼間ともなれば、スーパー南東の位置に居を構える事前注文制配送サービス「ナマ協」の職員がわんさか昼食を求めて店に訪れる。ニコニコスーパーの裏手には大町町支部事務所と集積配収場が設置されている。多くの中型トラックが並び立ち、配送開始時刻ともなれば「ナマ協」トラックで二号線はちょっとした渋滞が生じる。



 その他に、徒歩で二十分、自動車等交通手段を用いれば十分圏内に存在する大学や高校から、暇を持て余した大学生や高校生がこれまた暇を潰すために来去する場所でもあった。



 店に訪れる客の年齢層は十代前半から七十代後半までと幅広く、田舎と学問施設が隣り合う場所としては当然のことかもしれない。



 そのおかげで店は生鮮食品はもちろんのこと、流行のちょっとしたアイテムや新発売の商品の入荷にも力を入れており、電車で十五分の距離にある隣町のスーパーよりも圧倒的な品揃えを誇っているのだった。



 ただ、唯一絶対の難があるといえば、施設が古いということだ。



 店外を見るまでもなく、店内はありとあらゆるところがとにかく老朽化している。窓ガラスはいうまでもなく、天井や棚、床は掃除をしているものの隠しようもないキズとひび割れ、黒いガムを潰したような跡がそこかしこに存在していた。



 二年前の地震の影響でひびが入り、台風の豪雨によって天井が雨漏りしたことを受けて、それはまずいだろうとようやく店長が重い腰を上げた。すぐに慎ましやかな補修工事が入ったのだが、それ以来目立った改修も行われていないのだった。



 その薄汚れたスーパーは今年で17周年を迎える。



「それじゃ、吉村さん。もやし明日分はいらないから」



「あ。はい。明日もやしなしですね。わかりました」



 深緑色の籠を自動ドアの前で片付けていた少女はしゃがれた声に顔を上げて笑顔で答えた。



 セミロングの髪の毛をうなじでひとくくりにして、人懐っこい笑顔を浮かべた幸音は小さく頷いた。



 黒いトレーナーに濃紺のエプロン。砂色のズボンに白いスニーカーというスタイルである。寒い時にはこの上にさらに萌黄色の店、ロゴ入りのジャンバーを羽織ることもある。



「よろしく」



 パンチパーマで背に観世音菩薩が後光を放つ黒ジャケットを着た男は、渋い顔に深い皺を刻み、片手を上げて幸音の横を通り過ぎる。「その道の人」、というあだ名がついているスーパーの常連客、仲川さんだ。



 いつも大体夕方の四時から四時半にかけて、特注のもやし420円分を購入してくれる。



 幸音はふと、視線を自分の黒い腕時計に向ける。



 今は五時半を二分過ぎたところだ。



 一時間も遅く、仲川さんが訪れるのは半月に一度あるかないかというところなので、幸音は少し不思議な心持でパンチパーマの観音様を目で見送った。



「ありがとうございましたー」



 面接の時間が予想以上に押していたため、正直仕事先に間に合わないと思ったのだが、幸運なことに魔術師である強みを最大限に生かした結果、5時5分前には職場で仕事に着手することが出来た。

間に合ったとはいえ時間ギリギリであったことには間違いない。



 そのせいか、妙な違和感が幸音の心に去来していた。



「幸音さん、なーに、黄昏てんスか?」



 ぽん、と幸音の肩に振動とずっしりとした重みが走る。



「わっ、なに!?」



「へっへー、油断大敵っスよ」



「なにもう。びっくりした」



 急に声かけられて幸音が全身をびくつかせて跳ね上がり背後を振り返ると、人懐っこい顔をした長身の少年がへらりと笑って立っていた。



 身長が今年の9月には180センチに迫ると万歳三唱をしていた高校生アルバイト、倉科悠馬(くらしなゆうま)である。目にかかる焦げ茶の頭髪は女の子の髪のように細く艶やかで、肌などは運動をしているせいか健康的に焼けている反面、女性の幸音が羨むほどきめ細やかで見るだけでつねりたくなってくる。



 年頃の少年らしく、悪戯っぽい笑みを含ませた二重の双眸を幸音に向けながら、悠馬は買い物カートを片手に大きくその長身を反り返らせ欠伸をした。



「ふぁあ。ねむ」



「倉科くん、今日も学校帰り出勤?」



 黒いトレーナーに濃紺というエプロンは全く同じだが、筋肉がついている割に細長い体をしている柳のような少年は体を揺らすと撓った竹のように見える。



 悠馬は生返事を繰り返しながらようやく正した姿勢で欠伸涙垂れる目尻を拭った。



「そうっス。もうマジ鬼畜っスよ。この時期、来年は受験生だからって二年連中にも先生容赦なし。鬼のように課題を出しまくった挙句、来月はクリスマスぶっ潰して冬期休暇前テストやるみたいっスから」



 ああ、めんどくさい。だるい。



 しかし呟く悠馬の表情はどことなく楽しそうだ。どんなに学校が忙しくても、悠馬はアルバイトを休まない。遅刻もしないし、仕事ぶりはいたって真面目だ。おまけによく気がついて有能で、頭の回転も速い。忙しければ忙しいほど、大変ならば大変なほど「萌えてくる」とは彼の口癖で、かなりのドMに幸音も少々引ほどだ。



 見た目は麗しく、中年主婦層に大人気の高校生アルバイトの唯一の欠点は、悪魔も恐れるマゾヒストっぷりだった。


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