2-12
幸音は思考労働のため頭痛がし始めた脳内を落ち着けるように眉間に深い皺を刻み、目頭を指で押さえた。
「―――で、何の練習をしてたのよ」
「いや。大したことじゃないんスけど。毎回恒例のアレの練習してたっス」
「アレ?」
「あー。毎回恒例のアレね、アレ! へぇ、アレかー」
「なるほどのぅ。お前も憎い男じゃのう!」
陽子は両手で拍手を打ち、石崎は両腕を組んで納得したように首肯した。
その傍らで幸音だけが記憶の中に迷子となり、要領を得ない。
「前回俺、元森ん時大成功、いや、大失敗してイロイロ物足りなかったっスからねー。今回は是非良い反応が見たいので鋭意努力中っス!」
「悠馬くん。前回の、アレ。今回もまたするの?」
「いやぁ。流石に同じ轍を踏むのは怖いっていうか、二番煎じはつまらんっていうか。今回はちょっと趣向を変えてみようと思って試行錯誤中っス」
「ヨーコさん、アレってなんでしたっけ?」
「ありゃ? 幸音ちゃんは知らなかったっけ?」
会話に取り残され続けるのも寂しいので、幸音は傍らでぴょんぴょん跳ねる陽子にそっと尋ねてみた。すると、耳ざとい悠馬が大きな声を上げる。
「あー、チーフ。幸音さんは前回の時、その場にいなかったっスよ。後で高良さんと合流したじゃないっスか」
「そうだったねー。幸音ちゃん夜番、高良ちゃんと二人でやってくれたから来るのが遅かったんだよね、確か」
「恵美子ちゃんの歓迎会の時ですか・・・」
それなら確かにおぼろげに記憶がある。
確かあの時は、参加希望者が多すぎてシフトを組むのが困難になり、前座の悠馬と幹事の陽子を外すことができず休日だった幸音を駆り立てて店を閉店させたのだった。高良はあまり興味がなかったことと、幸音を会場まで連れて行く「足」となるべく夜間を引き受けたのである。
「あの時は、ゴメンネ。でも今回はちゃーんと幸音ちゃんの休日に合わせて歓迎会を開く予定なので、安心してください」
「今回、誰が閉店居残り組みですか?」
「えーっとね、店長と副店長と、潮ちゃん。潮ちゃんならレジも大丈夫だし、どうせあの人5時から仕事ないから」
あっけらかんと朗らかに語る陽子だが、潮本人が聞けば火山噴火は確定である。
5時から仕事がないのではなく、鮮魚室の掃除と殺菌除菌任務があるのだ。もちろん、陽子はそれも承知の上、潮にやらせつつシフトを組んでいるはずだ。
「開始時間は7時からでー、あたしは6時まで店にいるのね。で、そこから潮ちゃんとバトンタッチ」
「潮のやつ、休憩時間がないようじゃがそれは大丈夫なんか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。休憩時間って行っても潮ちゃんはご飯食べるだけだし。仕事終わって飲み会に参加するんだったら、そのとき残り物食べてもらえば良いでしょう?」
「なるほどのぅ」
「今から楽しみっスねー」
「うんうん。今回の新人くんは反応がすっごく楽しみだねー」
「それはいいんじゃが。だれぞ日程と店を決めたんかのぅ? 吉村、次の休みいつじゃ?」
「休みですか? 確か6日後だったかと思いますけど」
「何か聞いとるか?」
「いえ、初耳でした」
「え!? まだ決めてなかったんスか!?」
驚愕に見開かれる悠馬の双眸に深い落胆が浮かんだ。
がっくりと肩を落とし床スレスレまで顔を近づけぶつぶつと呪言のような声で呟き続けている。
あまりの落胆ぶりに必要以上の罪悪感に苛まれ、幸音は少し後ろに下がる。と、背後から「隣のメトロ」の可愛らしいオルゴール音が聞こえた。
「俺の苦労が。俺の苦労が。俺の苦労が。俺の苦労が。俺の苦労が」
「おっと。電話電話ーっと」