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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第2章 新人アルバイト
25/42

2-11


*****



 真冬中、水濡れぼそる盗人の言い分はこうだった。



「だから、チーフにはめられたんっスよ!」



 パイプ椅子に荒縄でくくりつけられ、床に引き倒された挙句、陽子さんから容赦ない足蹴り攻撃(ご褒美)を頂いている少年、倉科悠馬は言葉の合間合間に「押忍! ごっつぁんです。姐御!」と叫んでいる。



 悠馬の白と黒のツートンカラーのコートが無残に埃まみれだ。



 幸音は悠馬の精神状態を哀れんでそっと目尻の欠伸涙を拭った。



「菅原にはめられたちゅーてもなぁお前。菅原はさっきまで休憩室でお笑い番組観ちょったんじゃぞ。いくらなんでも、二つの空間に二人の人間が同時に居れるはずがなかろう。魔術使うてもそんなことはできんっちゅーことは、お前さんがようわかっとるじゃろうが」



 仁王立ちをしつつ嘆息と憐憫の情を悠馬に下す二朗の言葉は正しい。万能と思われがちの魔術だが、空間と時間を歪めることは基本的に不可能とされている。基本的というのには注釈が付き、一部の例外が存在する。



 我々が現在、空間と称し時間と認識するものの概念には人によって捉え方や感じ方のばらつきが生じる。例えば老年者と若年者の一日の時の流れはまったく異なる。それは主観的な感覚の捉え方が個人によって異なるから、と考えられてきたがそれだけでないことがわかっている。



 時間は視覚化できず、「流れ」と称される時間の向きは未来から過去へ一方行のベクトルでもって通過していると考えられてきた。また、この理論は現在でも通説の一種である。光や熱といった感覚が物質が振動することによって生じ、体感覚的に察知できるものだとするなら、「体内時計」という言葉が存在するように「時間」と称する非物質的な存在はどういう現象が作用して「時が経過した」と感知するのに至るのだろうか。



 「体内」で「時計」を感覚しているものは、人体を構築する部位―――。骨や筋肉、臓器、感覚感知の中枢でありその集合体である神経、脳ではないかという仮説が立てられた。そもそも感覚という言葉自体も脳が取得している情報の一つに過ぎない。また、それだけでなく、「細胞性成長個体差異説(CIGD)」に裏づけされるように細胞が感知する分裂速度、成長のスピードこそが「時」そのものでないかと考えられた。



 ならば、仮説に従い時計というものの存在が脳によって作用されるとするなら―――。



 つまり、外魔術的な術の一貫で脳に与える情報を遅延させる、あるいは混乱させる術式を展開すれば一時的に「同じ空間」に「二人の人間が存在する」、あるいは「消えたはずの人間」が「再び現れた」と脳が錯覚する事態が生じる。人体の内部から外へ向けて魔術を作用されることは難しいが、外部から内部へ受動される情報を操作することは難しくない。人間は受動的な生物だからだ。



 よって、外部から脳に感知されうる視覚情報を混乱させる魔術を駆使すれば、表面的に「幻視」「幻覚」と称されるパフォーマンスも可能であり、これらはまったく月並みな古代からの手法に他ならない。



 結局、魔術をしても、人間生来の感覚を錯覚混乱させなければ時空間を操ることはできないのだ。



 そして、表面的にではあっても対人間の中枢に作用する例外魔術を扱うには特別な資格が必要で、陽子の持つ魔導師Cライセンスでは法律上この手の魔術の使用は、認可されていない。



「違うっスよ! 女王様、いや、菅原チーフは俺に清算押し付けて魔術で部屋に外から鍵かけて、閉じ込めた挙句、お気に入りのバラエティ番組見るためだけに出てったんすよ! 俺はただ、来月のシフト取りに顔出しただけなのに・・・」



「ヨーコさん・・・」



「菅原・・・」



「ただ、勘違いして欲しくないのは―――っ! 俺は密室放置プレイも嫌いじゃないっスよ。無論大好きっス! でも、いつまでもこんなところに閉じこもってるのも詰られがいがないっていうか。俺としては面と向かって罵倒される方が好きなんスよね」



「ディープじゃなぁ・・・わしでも大概引くわ」



「男に引かれてもなんも萌えないっス」



「大体事情はわかったけど、なんであんなに物音がしてたのよ」



 話がまったく進まない上に陽子は素知らぬ顔を決め込んでいる。事態の全体を把握するには当事者から話を聞くのが一番だ。



「まあ、最後まで聞いてください。俺がようやく清算業務終了して、さあ帰ろうとしたときですね、一時的だと思ってたチーフの閉じ込め魔術は呪解しない限り永遠に扉を封じ続けるという事実が判明しまして。あれこれ試してはみたんすケド、もちろん鍵はかかっりっぱなしだし、俺の力じゃ解除できないし。どうしようかと思ってたんスよね」



「・・・でも、扉の外から触ったとき、鍵はかかってなかったみたいだけど」



「ああ。それは、こうっス。閉じ込められ続けてなーんもしないっつーのも、俺の主義に反するって言うかぶっちゃけ暇で。じゃ、この時間を利用して予行練習すれば良いんじゃね? ってと考え付いて、ですね。ここなら失敗しても誰にも迷惑かかんないぜ、ラッキーと思ってあれこれ魔術を試してたんスよね。もちろん常識範囲内ではありますが」



「はぁ・・・。それでうっかり練習中にどうしてか鍵抜けの魔術が成功して、一瞬だけ鍵が開いたんだね」



「そうっス! で、俺超ツイてるじゃん。やばくね? 超天才って小躍りして脱出しようと思ったときにちょーど誰か来て。・・・・・実は、練習の結果、部屋中スモーク炊いたような魔術冷気で南極も目じゃないくらい凍り付いちゃって。これがチーフにバレでもしたら大問題と思ったんで、慌てて鍵掛けなおしたんっス」



 そのちょーど来た人間というのが幸音なのだろう。



 悠馬は白々しく見つめられていることが堪らないらしく身悶えしながら頬を赤らめる。



「それからは部屋の解凍作業に勤しみつつ、使ってた台を片付けようとして足を滑らせ後頭部をうったり、湯気のせいで先が見えず脛をぶつけたりと散々っした」



 幸音は転がったまま捩れた表情をする悠馬を見下ろして呆れ声で問う。



「諸悪の根源がヨーコさんだろうと、そうでなかろうと、仕事場の一部と備品使って練習するのどうかと思うよ。一体なんでそんなことしたのよ。中から助け呼べばよかったでしょうが。石崎さんいることだって二階の窓から見えてたんでしょ?」



「・・・・・・・・・・・・・・。石崎さんの車があるのは、見えたっスけど」



 そうして穿つ表情で悠馬は珍しく陽子のほうへ渋い視線を向けた。



「菅原チーフ、遠慮容赦なしに軽く防音加工までしてくれちゃってたんスよね・・・」



「防音加工・・・」



「おお。すごいな菅原。それなら中で何かが爆発しても、よほどの音じゃなきゃ外に聞こえんわ」



「えへへー。防音処理と密室加工は得意分野なんだ。完全犯罪の必須事項だよね」



 問題発言です、ヨーコさん。



 では、幸音が物音を聞いたのは本当に奇跡のようなものだったのだろう。



 防音処理と密室加工を陽子が「得意」と称するなら、生半の技術での呪解は困難だ。



「あとねー、印象操作もできるんだよー。気配を完全に絶つことができるのだ!」



「忍びみたいじゃのう」



「えっへん!」



 両腰に手を当てて胸を張る陽子を両手を叩いて賞賛する石崎の常識の行方性が理解しがたく、幸音は落胆じみた溜め息を長く吐く。ともかく事態全容解明をするのは、寸でで常識の崖っぷちに足を留めている幸音の役割だろう。




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