2-9
ガタ、ゴトン。
再び耳を疑うような強烈な物音が耳朶を打つ。
幸音は扉から離れて壁に背中を預けた。ドアノブに着目すると小刻みに上下に揺れている。誰かが扉の向こう側から必死にノブを動かしているようでもあった。
よもや強盗か。
「ヨーコさん・・・」
彼女が、たかだが普通の強盗程度に遅れを取るとは思わないが、今回はどうだろう。いや、今日は石崎二朗がいるのだ。だとしたらやはり、陽子さんたちが予想外の事態で窮地に陥る可能性は限りなく低い。
それにしてもいったい事務室の中ではなにが行われているのだろうか。
ドアに鍵がかかる音がしたということは外部からの入室を拒んでいるということに他ならない。陽子さんが清算途中に鍵をかけていないことに気付いて慌てて鍵をかけたという可能性はないだろうか。
幸音は壁に背を預けたまま顎先に手を当てて深く考え込む。
「あれぇ? 幸音ちゃん、こんなところでどうしたのー? 何か忘れ物?」
「え」
「おー。吉村。今日も寒いのう。どうしたんじゃ、そんなとこで突っ立って」
伸びやかな声に顔を上げると、事務所の休憩室から缶コーヒー片手に現れた私服の陽子とBMWのロゴ入が入った帽子を被る同じく私服の二朗が不思議そうな顔をして歩み寄ってきた。
「陽子さん、石崎さん」
「どうしたんじゃ吉村。幽霊でも見たような顔して」
完全にからかうノリで二朗が大きな口をあけて笑った。
声は廊下を響き渡り空気を振動させた。その余波をおそらく受けて、事務所から何か金物が大きくひっくり返ったような音が沈黙降りた空間に響き渡る。
「誰?」
陽子は幸音に事務所を指差して問いかけるが、幸音がわかるはずもない。首を左右に振って神妙に眉を顰めた。
「二朗ちゃん」
スーパーの中で唯一、陽子がまともに会話できる男性にして巨漢、石崎二朗は凛々しく頷いた。
「そこどいとれ、吉村」
「石崎さん・・・」
「女子には危ないけん、わしが適役じゃろう。わしが今から中に入って様子を伺ってくるけん、お前らはそこでじっとしとれ」
某県の特殊なイントネーションがしっくり馴染む二朗の口調は「その道の人」仲川さんも家業に勧誘したいと太鼓判を押したほど、迫力があって恐ろしい。拒否する理由はないので幸音は陽子に招かれて、その傍らに進み寄った。
「幸音ちゃんは下がってて。いざってなれば、あたしが引導を渡す」
それが警察へ向けての引導なのか、冥府に向けての引導なのか。幸音は限りなく後者だとあたりをつける。幸音より背の低い陽子が一際大きく頼もしく見える瞬間でもあるのだが、いかんせん言葉内容が物騒すぎて諸手を挙げて万歳する気にはなれない。
スーパーのパート業務で久しく錆び付いているが、幸音だって魔術を使う人間の端くれだ。肉弾戦では石崎に及ぶべくなく、魔術の腕では陽子に劣るが何か役に立つことがあるかもしれない。
石崎が慎重に壁に背を預け爆弾処理でもするかのようにドアノブに手をかける。
息詰まる緊張に幸音も生唾を飲み込んだ。
指先に電撃が走る気さえする。
「開けるぞ」
押し殺した声音で二朗が唸った。
陽子は鞄の中から取り出したボールペンを両手に握り締めている。幸音は陽子の頭越しに、指先に神経を集中させた。
「いち、にの」
すぅ、と誰かが息を吸った。
「さん!」