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「まさか、ね」
幸音は吉村家居候の住人恵美子とは異なり、「幽霊某」の存在を全面的に信じている。
信心深いという話でない、歩く実物が自宅にいるのだから信じないと強情を張る方が難しいのだ。ただし、幸音と同じスペースで暮らす恵美子とといえば「目に見えないものは信じない」を座右の銘としているだけあり、「目に見える」存在はイコール幽霊でないと決定付けている。なぜなら常人には「見えないこと」が世の定説となっている幽霊という存在を「ただの人間である」自分が見えるはずがない、と自称常人恵美子は主張していた。
あながち間違ってないその論点を指摘するようなマネはしなかったが、幸音をはじめとしたスーパー一同は、彼女がその言葉をいけしゃあしゃあと吐いたとき揃って同じ感情を浮かべた瞳で彼女を見たものである。
「いやいやいや。やめよう。考えない考えない」
努めて明るい声を出しながら幸音は階段を上っていく。
何事もなく一番上まで到着し、扉を開くと煌々と光灯る事務室前通路が広がっていた。入り口すぐ左手が女子用ロッカールームで、もう七歩先に行った右手側中央が事務所である。そのほか男女兼用トイレや休憩室が二部屋、会議室、給湯室、男子ロッカールームなどが設置されていた。規模としてはあまり大きくないが、必要最低限の施設だけは揃っている。
まずは着替えるためロッカールームに足を向け、電気をつけ戸締りの確認をしながら自分専用のロッカーへ至る。寒いので手際よく着替え終わると制服を丁寧に折りたたんでしまう。ロッカーの戸を閉め立ち上がって再度戸締り確認をし、電気を消して部屋を退出した。本来なら、このあと帰宅の手はずなのだがなんとなく事務室とあの車が気になって幸音は左手前方に視線を投げかけた。
そこには沈黙を続ける茶色の扉がある。
内側には清算業務をしているはずの陽子がいるはずだ。
幸音は少し迷いながら扉前まで進み、ドアノブに手をかけ緊張した面持ちでノブを下げた。
「陽子さん?」
突如、ガタ、ガタンと内側から騒々しい音がし、幸音は思わず手を跳ね上げた。
ガチと錠が閉まる音がし、異様な気配に幸音は目を見張る。
通常、清算業務中は強盗などの侵入対策として非常に原始的な手法ながら扉には内から鍵がかけられる仕様となっている。
「・・・・・」
しかし、ドアノブは下がったのだ。
片手で軽く押し下げただけでいともたやすく下がる。
鍵などかかっていなかった。
あの陽子が鍵などかけず清算業務をするということがあるだろうか。
確かに天然素材で抜けたところが多々ある陽子だが、仕事にかけては誰よりも熱心で容赦も隙もない。一緒に仕事をさせてもらっている数年間のうち、彼女が鍵をかけ忘れたのは実に二度しかない。
その限りなく低い確率が今日であるはずがどこにあるだろう。
幸音は嫌な予感が的中したのではないかという不安に苛まれ、不穏な考えを払拭するようにゆるく被りをかぶった。
だが。