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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第2章 新人アルバイト
19/42

2-5


 *****



 由貴を伴って事務所へ行くと制服は難なく見つかった。



 陽子さんはどうやら幸音に伝言するのを忘れただけで用意はしてくれていたようだ。



 事務所の入り口の棚に明日貼り付けのポップと重なって乱雑においてあったが、「しょうのくん用」と書かれているところから察するに間違いない。



 由貴が二階の男子用ロッカーで着替えている隙に幸音は彼のネームバッチを印刷していた。もう直クリスマスを迎えることもあり、おせち、クリスマスケーキの予約を謳う文句が赤と緑にカラーリングされた名札の上部に記されてあった。



 印刷の出来具合を確認しながらプラスチックの名札ケースにぐいぐいと紙を押し入れていく。これでエプロンの右胸に装着する名札の完成である。



「吉村さん」



 制服に着替えた庄野由貴が、眉根をかすかに顰めながら近寄ってきた。



「サイズはどう? 全部Mサイズだったと思うけど」



 真新しいトレーナーに砂色のズボン、濃紺のエプロンに袖を通した由貴は落ち着いた様子で頭一つ分背の低い幸音の目の前で足を止めた。



「ちょうどいいですね。まあ、しいて言えば腕丈と足丈が心許ないですが」



 それは遠まわしの自慢なの?



 両腕袖を引っ張りながら平坦な声で主張する由貴に幸音は綺麗に感情を押し殺し、聞かなかったことにして応じた。



「トレーナー、結構あったかいでしょ? 裏起毛なんだよそれでも一応」



「ああ。安物のわりに結構生地は分厚くてしっかりしてますね。まあ、俺暑がりなんで最終的には不要になるかもしれませんが」



「・・・。菅原チーフから聞いたかもしれないけど、初月給料から制服代は差し引かれるからね」



「必要」



「必要経費なのに? とか、ごにゃごにゃ言わない。みんな通ってきた道なんだからね」



「み」



「みんな一緒だからってどうして自分も同じ道を通らなければならないのかとか、テレビドラマ見すぎの台詞はいらないから。郷に入っては郷に従え。庄野くんもうちのスーパーに入ったからには不満があるとは思うけど、しょうがないって諦めて従ってください」



 パートの分際で偉そうにとか不満を抱いたのだろうか。



 口を閉じて幸音を真直ぐに見下ろすタレ目の双眸がいやに迫力があり、幸音は負けじと口角を上げたまま彼を見上げた。



「さあて。こんなところで腐ってても仕方がないから、挨拶回りと店内観光としゃれ込みましょうか」



「しゃれ・・・」



「言動が古いとか言わない。君より確かに年上だけど、そこまで年食ってないんだからね」



 潮が聞いたら腹を抱えておばちゃん認定されそうだが、ここは見逃してもらおう。



 幸音は微動だにしない由貴を引き連れて事務所の扉をくぐった。



 店内を一通り巡回し、挨拶回りも済ませるとなんだかんだで時刻は六時間近。初出勤のアルバイトは初日、三時間までというのが通例だったので、あと一時間程度で由貴を仕事場から追い出さなくてはならなかった。



 幸音は賑わいを見せる店内の様子を観察しながら、隣り合って進む白髪の少年を見上げた。店中を回っている時、やはり一言多いのが持ち味らしい由貴の性格は少々難はあるものの大人しく真面目な今時の大学生ということがわかった。快活さと明るさには欠けるが、悠馬と対比する方が間違っているので考えないことにした。



 問題は彼の頭髪の色なのだが。



「ね、由貴くん。何か音楽やってる?」



「音楽?」



 精肉作業室に入ったものの社員が帰っていることに落胆し、誰も周囲にいないことをいいことに時幸音は思い切って聞いてみた。



「えっと、例えばヴィジュアルとかパンクとか?」



「は? どうしてそういうことになるんですか?」



「じゃ、じゃあ音楽は好き? どんな音楽聴くの?」



「音楽・・・。好きかどうかといわれれば確かに好きですよ。ポップスとかロックとか結構聴きますし。友人とカラオケにも行ったりしますが、それが何か?」



 カラオケに行くんだ。



 しかも友達、いるんだ。



 こんなにとっつきにくいのに。



 由貴にとっては失礼そのものだが、表情が乏しく声も平坦で起伏がなく、寡黙そのものの少年に友達がいることが驚きだった。友人とカラオケに行き、流行の曲を歌う由貴の姿がいまいち想像できず幸音は想像力の限界を痛感する。



「そうなんだぁ。いや、ちょっと意外・・・でなくて、ある意味想像通りだったから」



 乾いた笑い声を洩らしつつ、幸音は愚案な質問をしたことを恥じた。





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