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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第2章 新人アルバイト
18/42

2-4



「制服は探してくるんだけど、もしなかった場合、その上にエプロンと寒いからジャンバー着てもらおうと思うのよね。で、半袖だったら寒いんじゃないかなって確認しただけなんだけど」



「はぁ」



 由貴は片腕を上げると視線を落とし、やはりしばらく間を置いてから視線を幸音に振り向けた。



「俺が寒いことと、アルバイト業務に何か関係があるんですか? 寒けりゃ仕事しませんなんて俺、言いませんけど?」



「ぷっ」



 頬を膨らませて潮が笑っているのが見える。



 あの女装趣味め、他人事だと思っていい気になって。



 休憩時間が減るってさっき言ってたじゃないか。



 新人アルバイトのしらっとした瞳から逃れるように幸音は爆発できない苛立ちを潮へ向けてやることにした。



「潮さん、潮さーん。早くご飯胃の中にぶち込まないと、潮さんにレジ業務押し付けますよー」



「あらやだ。人生潤いのないオンナってこれだから嫌いよ。潤いだけじゃなくってカルシウムも足りないんじゃない? だから貧乳なのよ。悔しかったら牛乳飲みなさいよ」



 ほら、と遠方で胸張る潮のニセ乳がたゆん、と揺れた。



 幸音は片頬が痙攣しそうになるのを必死で押さえ、潮の傍らでレジ台に片手を付いて笑いを堪えている高良から視線を外すと、真っ向から潮に対峙した。



「潮さんには言われたくないです。あたしのはいっときますけど潮さんと違って模造品じゃないですから。自前ですから、自前」



「んまぁああああ、かわいくない子ね!」



 一瞬酢を飲んだような顔をした潮に対する勝利宣言。



 へ、と鼻でせせら笑い幸音は皮肉な笑みを顔に浮かべた。



「クク・・・確かに」



 喉の奥で底笑いわき腹を抱えて痙攣し始めた高良を潮は凄まじい形相で睨みつけた。ぴょんこらぴょんこら跳ねながら、広い高良の背中をビシバシと叩いている。よほどツボに入ったらしく「腹イテー」といいながらしゃくり声を上げ、レジ業務に戻った高良の向こう脛を潮が蹴りつけた。



「イテ、ェだろうが、このバカッ! っとと、いらっしゃいませー。お買い物袋はお持ちデスカー?」



 仕返しとばかりに潮の腹部を肘鉄で殴りつけ、彼女が苦痛に呻いてしゃがみこんだところを袋を取るため振り返るフリをした高良の拳が襲い掛かる。潮は幼馴染の攻撃の軌道を見事に読み、紙単で避けたがバランスを崩して倒れかける。



「アリガトウゴザイマスー。1572円お預かりいたしマスー。ポイントカードはお持ちでしょうか?」



 ぐ、と足を踏ん張り、すんでのところで踏みとどまった潮が顔を上げると丁度釣銭を数えていた高良と視線が交わり、両者ともお互いの健闘を湛えるように満足げにしたり顔をした。



「それじゃ、アタシは休憩行って来るわー」



「丁度頂戴いたしましたので、レシートとポイントカードのお返しでございます。ありがとうございます、またお越し下さいマセー」



 蟹股で歩み去っていく潮の後姿とお客に頭を垂れる高良の動きが重なった。



 神々しいものでも見た気がして幸音は目を細める。



「あの。いつまで待ってればいいですか?」



 棘を帯びた若い男の声に幸音は肩を跳ね上げた。そうだ、すっかり忘れていたが新人アルバイトがいたのだった。



「それで、とりあえずさっきの質問の答えですけど。俺のこのシャツ、Tシャツじゃなくてランニングシャツですけど、その上からジャンバー? 着ればいいんですか」



「あ。ゴメンゴメン。そうそう。さすがにTシャツじゃ寒いからって、ランニングシャツ?」



 はて、今は11月の下旬に差し掛かろうとしているころだ。十二月まではあとたったの十日で手が届くというのに、この時期にランニングシャツとか言いやがる若者はアレですか。



 バカなのですか?



「は?」



「だから、ランニングシャツです。俺、極度の暑がりなんで、こうして薄手の上着1枚着てるだけでも相当暑いんですよね」



「あ、そうなんだ。庄野くん暑がりなんだー」



 それじゃ、仕方ないよねー。



 アハ。アハハハハ。



 って、そういう問題じゃねぇ!



 乾いた笑いが自然と口から毀れ、一緒に笑ってくれればいいのに向かいの少年は表情筋一つ動かさない。凄絶で無比無情の無表情で見下すように、哀れむように幸音を見つめている。「頭、大丈夫ですか・・・」と言われそうなノリだ。



 いつもならあの人が突っ込みを入れてくれるはずなのに、必要な時に限って必要な人材がいないことに幸音は深く落胆した。そもそも、この溜まりに溜まったフラストレーションをいったいどうしよう。



「コンチクショウめ・・・」



「は?」



「ううん、なんでもない! とにかく、突っ立っとくのもなんだから事務所まで一緒に来てくれるかな。名札とかも渡さないといけないし、店の案内もしたいから」



「店の構造なら理解していますが」



「そうじゃなくて、品物の位置とか、従業員さんへの挨拶回りだよ・・・」



「商品位置の把握は大切ですが、従業員への挨拶、今必要がありますか? 正社員ならそろそろ退勤時間だと思いますが、お邪魔じゃないんですか?」



 そうして由貴が鉄面皮で示すのは既に四時半を回った時計だ。



 くだらない言い争いをしているうちに新人アルバイトを三十分も放置していた自分が情けなくなった。



「うちのスーパー、みんな結構遅くまで仕事してるから大丈夫だよ」



「それは、退勤時間を過ぎてなお居残るということですか? それは職務怠慢とか無能とかそういう低次元のレベルのはな―――」



「とにかく、行くよ」



 一緒にいると疲れる人間というものは世の中に確かに存在する。



 吉村幸音にとって庄野由貴という人間が不幸ながらにそうらしかった。



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