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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第2章 新人アルバイト
17/42

2-3

 ******




 新人アルバイト、庄野由貴。



 恵美子が困惑している理由も十分承知できるが、それ以上に幸音は驚いていた。白髪というよりも、タレ目に。ここまで見事なタレ目を、幸音はお目にかかったことがない。



 長い睫に整った眉、すっと通った鼻梁に形良く引き結ばれた唇。白皙の肌に刺す朱は薄く、かといって副店長より血色が悪いわけでもない。ただ、どんよりと気だるげに幸音に向けられ続ける双眸は目尻が外側に向かってなだらかに傾斜していた。



 どんくさいという印象でなく、不思議と青年の雰囲気に合っていることは合っているし、醜悪な外見でもない。親しみをもてるかと聞かれれば、即座に「NO」と答えることはできるが、庄野由貴ほどタレ目が似合う人物を幸音は知らなかったし、たぶん他の面々も同じ感想を持つだろう。



「幸音さん、レジ代わります」



 するりと無駄なく幸音をレジから追い出し、責任者番号を自分の番号に差し替えた恵美子は、必死に笑いを押し隠すように肩を小刻みに震わし、顔を幸音から背けていた。



 呆気にとられる幸音の彼方で言い争いをしていた声がぴたりと静止する。



 幸音はこれ以上なく嫌な予感がして、彼らが動き出す前に先手を打った。



「ま、待たせてゴメンネ。ええと庄野由貴くん、ですか?」



「はぁ、まぁ」



 なにが、はぁまぁ、だコラ。



 年上に対する礼儀というものがわからんのかテメェ。



 と、陽子なら我慢せずに言っただろうが幸音は陽子ではないので、笑みの裏にひっそり言葉を隠した。



「はじめまして、こんにちは。パートの吉村幸音です。今日は、庄野くんの指導を菅原チーフから任されています」



 日本人らしく笑顔と軽い会釈で由貴に自己紹介をすると、彼は視線を逸らし耳の裏を手で掻いて肩を竦めるような会釈を返す。



「コンバンワ。庄野由貴です。よろしくお願いします」



 気恥ずかしいのか、どことなく憮然とした声音で由貴は応じた。



 生来無口なのか緊張しているのかわからないが由貴が大した反応を見せないので、幸音は間を持たせるために背後で首を長くして待っている人々を紹介してやることにした。



「それじゃ、簡単に紹介するね。二番レジにいる男の人が美宝高良さん、白い服のオネ・・・・エさんが潮さん。あなたを案内してくれたのが、元森恵美子ちゃん。他にも従業員はいるけど、それはおいおい紹介するね」



 オレンジ色と紫色のツートンリュックを右肩に下げた少年は、ややあって静かに頷いた。



「はい。よろしく・・・お願いします」



「ヨロシク」



「よろしくね!」



「よろしくお願いします」



 高良、潮、恵美子の声が続く。



「えーと。ロッカールームとかの説明、したほうがいいよね?」



「ロッカールームですか? 二階の事務所の左手にあるやつですよね? それなら採用が決まったとき聞きましたが」



 しれっと由貴は答え淡々と言葉を走らせた。



「それじゃ、制服は受け取った?」



「いえ。なんでしたっけ、菅原? さん? 彼女から今日来たとき一式貰い受けるように言われました」



 ちょっと待ってヨーコさん。あたし、何にも聞いてないんすけど。



 制服が手渡されていないとなると、就業自体に差しさわりが出るではないか。



 幸音はざっと由貴の服装を確認した。



 長袖の綿シャツの下に黒いTシャツ。プリントは白抜きの童話「三匹の子豚」がモチーフのようだ。まるっとした三匹の子豚が頭上の吹きだしに「狼に注意!」と叫んでいた。若干シュールである。



 ズボンはパリッとアイロンの効いたチノパンで、本人が汚れるのを厭わなければ初日くらいは制服の代用として使用できる。さすがに靴はオシャレ靴でもなんでもなく、ごく一般的なスニーカーであるため、こちらは何も差しさわりがなさそうだ。



 問題は制服が見つからなかった場合、上着を脱いで黒いTシャツで接客をしてもらうはめになることだ。プリント柄は何とかエプロンで隠せそうだし、無理だとなれば黄緑色のジャンバーを着てもらってもいい。ただ、スーパーニコニコの社員用ジャンバーは綿が入っているのかが疑問なほど薄手で通気性がよすぎて寒い。梅雨の間あれを一枚羽織って丁度いいというくらいなので、防寒性を期待してはいけないだろう。



 出勤初日から冷凍庫のような店内に防寒対策もさせずに居させるわけにはいかない。



「制服はちょっと待ってね、事務所まで探しにいってくるから。ところで、聞きたいんだけどそのTシャツは長袖?」



「と、いらっしゃいませー。お買い物袋はお持ちですか?」



 恵美子が接客を始める声が聞こえる。



 幸音は彼女の邪魔にならないようにカウンターの奥にいま一歩入り、むっつりと唇を閉じている青年に愛想笑いを浮かべて招きいれた。



「それが何か関係あるんですか?」



 ヨーコさん! ヨーコさん! 



 この子、なんかとってもあたしの手に余りそうな感じがするんですけど。



 とはもちろん口に出さず、幸音は務めて穏やかに口を開いた。




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