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スーパーの吉村さん  作者: 立花愛莉
第2章 新人アルバイト
16/42

2-2



 潮の大きな拳が幸音の頭頂部に落ちた。



 稲妻が目を走り星が舞う。



 容赦なく下された拳骨に幸音はたまらず頭を抱えしゃがみこんだ。ひどい痛みが脳細胞を確実に四万個くらい死滅させた。



 涙目で幸音が潮を見上げると、彼女は高級ブランド「ロイ・ビ・トン」の黒い薔薇柄の財布から千円札を取り出した。



「バカやってないでさっさと会計してよね。休憩時間が減っちゃう」



 鮮魚コーナーで魚をさばき続けるためだろうか、腰が痛いわぁと何故か肩を回した潮の男前な両肩から間接が外れたような音が響き渡る。



「よう。相変わらずだな。し、ず、お」



「ぎゃぁっ」



 ふうぅ、と潮の耳に息吹きかけ、彼女を飛び上がらせたのは例によって例の如く高良青年である。



「なにすんのよバカッ!!」



「ご挨拶だな。バカやってんのはお前だろうが、静男」



 潮は財布を握り締めたまま内股で片耳を押さえた。



 幸音は釣り銭台の上に落ちた千円札を掴み取るとレジ台の左側に存在するマグネットで千円を固定し、数字ボタンで千円を打ち込んだ。現計ボタンを押すと、商品合計564円の差額分436円との数字が表示される。



 お釣りである。



「んもう! 美宝ちゃんったら、誰よその静男って!」



「お前だ、お前。本名、潮静男。人の名前にケチつけるのはオレの道理に悖るが、お前の親父さん達、いったいうちの倅のどこが静男なんだかって歎いてたぞ、一昨日」



 高良が潮の相手をしている隙に、幸音はとっとと小銭を指先で拾っていく。一円たりとも違算が出ぬように慎重にすばやく。



 小銭を全て右手に乗せると、開いた左手でレシートを取りその上に小銭を乗せて潮の方へ突き出しかける。



「嘘言わないでよ! 大体、あんたこの一年間アタシの家に寄り付きもしないじゃないの!」



「そりゃあお前。お前が女装趣味なんぞに目覚めたからだろうが。この変態野郎、趣味で女装なんてやってんじゃねーよ」



 心は女、でも体は男という性同一性障害的な病であるなら仕方がないと思うし、幸音も心を捻じ曲げてまで望まない姿であろうとする必要はないと思う。



 しかし、この女性、でなく男性は正真正銘趣味の一貫として「女装」をしているのだ。



 胸のふくらみは肉まんなどという旧時代の遺物ではなく、ネット通販で購入したというオイル式胸パッド内臓の豊胸ブラジャー(色彩は黒)。さわり心地が最高なのよ、と幸音に見せびらかしに自宅を訪れたのは四日前のことである。



 自前だとAAカップのクセに、ブラジャーを装着してDカップになった静男を白々しく見つめ、幸音は息を吐いて新しい透明袋を取り上げた。その中にレシートと小銭を全部ぶち込んで潮の弁当の中に入れてやる。



 高良と潮は家が近所の隣同士の幼馴染で仲がいいのか悪いのか、顔を突き合わせるたびに目の前のような事態に発展する。



「なによ! 趣味と実績かねてやってるだけで誰にも迷惑かけてないからいいじゃない! それにアタシのこの美貌目当てで店に来るお客さんだっているのよ」



 噛み付く勢いで高良に向かい合う潮の目に、もはや幸音の存在が認知されているはずもない。



「誰にも迷惑かけてない? 寝言は寝てから言え、この勘違い男。誰もおぞましくて口に出せんだけだろうが。そこのあたりをきちんと弁えた上で頭に叩き込め。実績というが、いったいどこの誰がお前のビボーとやらに惹かれて店にやって来るんだ? そいつを連れて来い。病院を勧めるか目ん玉刳り貫いてやる」



「んまぁああああああ! いくら美宝ちゃんでも言っていいことと悪いことがあるのよ!」



 静かに嘲笑する高良の唇に皮肉な笑みが浮かぶ。



 潮に対する高良の態度を見ると、散々な言われようの陽子さんもずいぶん手加減されてるのだなあと、幸音は他人事ながら感想を浮かべる。



 金切り声を上げて高良にしか届かない言語で猛反発を始めた潮を観察していると、ふと背中から視線と気配を感じ、幸音は振り返った。



「あのぅ」



 おずおずというように片手を挙げて恵美子が立っていた。



「あ、恵美ちゃん」



 ショートボブの少し大人っぽい表情の彼女は、言うべき言葉を必死で頭から手繰り寄せようとし、結局上手く言葉が見つからないまま視線を動かした。



「あ」



 タレ目だ。



 緑のファイルを手に困惑気味の恵美子の視線が示すもの。



 ペコリと礼儀正しく頭を下げた白髪、タレ目の青年がそこに立っていた。






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